はいくる

「ボーダレス」 誉田哲也

本好きなら恐らく誰もが持つ娯楽、それが本屋巡りです。当たり前の話ですが、本屋は見渡す限り本、本、本。新刊コーナーをチェックしたり、気になる本をめくって内容を確認したりするだけで、時間はあっという間に潰れます。コロナ禍ではどうか分かりませんが、以前は店内の各所にソファやテーブルが設置され、購入前に座ってゆっくり読むこともできました。初めて本屋で閲覧席を見た時、ここは地上の楽園かと思ったことを、今でもよく覚えています。

そして、本屋巡りの楽しみの一つに、特設コーナーの存在があります。季節や社会情勢、大きな賞の受賞など、その時々の状況に応じてテーマが設けられ、相応しい本が集められた特設コーナー。書店員さんが工夫を凝らした演出も多く、ここで読みたい本を見つけることも多いです。今回ご紹介する本も、とある本屋の特設コーナーで見つけました。誉田哲也さん『ボーダレス』です。

 

こんな人におすすめ

群像劇から成るサスペンスが読みたい人

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小説を書く同級生に興味を持った女子高生。父親が襲われ、森の中を逃げ惑う姉妹。美しい年上の女性との恋に溺れる令嬢。好きだった音楽の道に挫折しそうな姉と、そんな姉に苛立つ妹。バラバラに見えた四つの物語が、クライマックスで結びつく。絡み合う糸を辿った先にあるものは何なのか。混乱の不安の末に彼女達が見たものは果たして---――

 

本屋の<映像化原作本コーナー>で見つけた作品です。本作は、三月七日からひかりTVで配信されたそうですね。映像版は未見ですが、あらすじは超好みな感じだったので早速読みました。誉田哲也さんは、その気になればとことんバイオレンスな世界も描ける方ですが、本作の雰囲気は比較的爽やかで軽快。その一方、ハラハラドキドキさせられる展開も結構あるため、「誉田哲也さんがどんな作品を書いているのか知りたい」という時にぴったりだと思います。

 

物語を構成する世界は四つ。一つ目の主人公は、平凡な女子高生・奈緒。自分の凡庸さにコンプレックスを持つ彼女は、ひょんなことから小説を執筆する同級生・希莉と交流を持つようになり、その独創性に惹かれていきます。二つ目の主人公は、芭留と圭の姉妹。元格闘家の父親が謎の男に襲撃され、二人で必死に逃げ出します。圭は盲目の上、連絡手段もなく、困り果てているところに救いの手が差し伸べられました。三つ目の主人公は、療養のため訪れた土地で、謎めいた美女と知り合った少女。二人はすぐさま惹かれ合い、心身共に結ばれます。四つ目の主人公は、音楽の道に迷いを感じ、帰郷して家業の喫茶店を手伝う琴音。妹の叶音はそんな姉が腹立たしいらしく、ろくに口もきこうとしません。一見無関係に見えた四つの世界。しかしそれらは、暴力的な一人の男によって結びつき、予想もつかない方向に転がっていくのです。

 

どこでどう結びつくのかはネタバレになってしまうので伏せるとして、特筆すべきは誉田哲也さんの女性描写の巧みさ。特に、奈緒を中心とした女子高生の世界の描き方なんて、作者名を伏せていれば絶対に女性作家と思われそうなほどリアルです。奈緒だけでなく、訳も分からず森の中を逃げる芭留らの不安とか、年上の女性との恋愛に溺れていく令嬢の揺らぎとか、将来が見えない琴音のもどかしさとか、臨場感ありすぎて誰に感情移入したらいいのか迷うくらいでした(全員にしていいんですが・・・)

 

あと、四つの世界のてんでばらばらっぷりもイイんですよね。彼女たちの運命がどこで交わるのか、終盤に差しかかるまでさっぱり分からない。特に、静養中の令嬢と年上美女の恋物語なんて幻想的な雰囲気たっぷりで、異国のおとぎ話かと思うほどです。他の三つの世界とは隔絶した空気が漂っていて、たぶんここが一番のポイントなんだろうなと予想していましたが・・・真相を知って、あー、そこで繋がるのかと納得。個人的には、大人になりかけの葛藤を抱える琴音のパートが好きでした。ここは主役だけでなく、脇を固めるキャラクターもいい味出してるんですよ。琴音の父であり、喫茶店マスターでもある静男が出すコーヒー<渾身の静男>とか<休日の静男>とかって、一体どんな味なんでしょう(笑)

 

作中、誉田哲也さんの著作である『ストロベリーナイト』に言及する箇所があり、ああいうハードな内容なのかと思いましたが、実際は瑞々しい青春ミステリーです。登場人物も個性豊かだったし、俄然、映像版が気になってきますね。残念ながらひかりTVは見られなかったので、レンタルを待とうかな。

 

誰もが自分の人生の主人公だよ度★★★★★

女の子はか弱いもの・・・?☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    誉田哲也さんの作品で気になっている作品です。
    パラドックスワールド?と思うほど奇想天外な内容と展開ですがかなり興味深いです。
    誉田哲也さんの剣道女子の武士道シリーズで女子高生の心理の描写の上手さが伝わりました。ストロベリーナイトの姫川玲子の心理もまた男にも分かりやすく男性ながら女性の気持ちをよく理解していると感じました。
    ストロベリーナイトも関わってくるので尚更楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      年齢・立場の違う女性達の心理描写が丁寧で、物語に入りやすかったです。
      終盤、ある人物が大活躍する場面は拍手喝采すること必至!
      ストロベリーナイトへの言及部分はほんの一瞬ですが、誉田ワールド好きならきっと「おおっ」を思うはずですよ。

  2. しんくん より:

    面白かったです。
     意外なところで見事に繋がって終盤の視力を失った少女の見事な活躍、自信を失った父親にを前向きにする娘さんたちのしっかりした言動は拍手したくなりました。
     武士道シックスティーンを思い出す若い少女たちの心理描写に誉田哲也さんらしい鬼気迫る犯行の場面の組み合わせに興奮しました。

    1. ライオンまる より:

      繋がり方が予想外でしたよね。
      逃げる姉妹の話は、てっきり女子高生が執筆する小説かと思いました。
      終盤の大逆転劇は爽快です。

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