はいくる

「バベル島」 若竹七海

私は短編小説が大好きでよく読みますが、その上で、一つ問題があります。短編小説の場合、アンソロジー等に収録される可能性が高く、短編集発売の情報に期待していたらすでに読んでいた、ということがあり得るのです。優れた短編は何度読んでも面白いものですが、それでも、初めて読んだ瞬間の驚きはもう得られません。

その点、最初に<文庫オリジナル>とか<単行本未収録作品集>とか書いておいてもらえると、がっかりする心配がなくて安心ですね。過去にブログでも紹介した今邑彩さんの『人影花』などがいい例です。それからこの作品も、<単行本未収録作品を集めた>としっかり書いてあるのでがっかりせずに済みました。若竹七海さん『バベル島』です。

 

こんな人におすすめ

ホラーミステリー短編集が読みたい人

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ある一族に伝わるおぞましい伝承、ホラー作家が車中で味わう身の毛もよだつ恐怖、妻を裏切った男を待つ哀れな末路、亡き父の遺品から見つかった凶行の記録、幼い息子と共に旅立とうとする男が辿った戦慄の旅路、富豪の妄執から始まった血まみれの悲劇・・・・・この世はこんなにも救いがなく、冷酷で、恐ろしい。ブラック・ミステリーの女王が贈る、十一の静かな恐怖小説集

 

若竹七海さんのノン・シリーズ短編集と言えば、他に『スクランブル』や『サンタクロースのせいにしよう』があります。ですが、それらはすべて同じ主人公が登場し、収録作品もミステリー一辺倒でした。対して本作はすべて、異なる立場や性別の人物が主役を務めますし、話もかっちりしたミステリーから幽霊の気配漂う怪談、理不尽なモダンホラーまで色とりどり。すでに絶版になっているのが惜しいくらい満足度が高かったです。

 

「のぞき梅」・・・少女時代の友人が死んだことを知った主人公は、遺族に招かれ、友人宅を訪れる。その際に知った、一家の梅に対する異様な恐れ。家を辞去した後、友人の妹からその理由を聞かされる。それは、遥か昔に起きた陰惨な出来事に由来するようで・・・

このエピソードの場合、主人公が直接恐怖体験をするわけではなく、友人の妹から過去の因縁話を聞くのみ。そこで語られる惨劇の内容も怖いのですが、やはりインパクトあるのはラストでしょう。もしやこれはただの古い怪談ではないのでは・・・?と思わせるラスト一行が破壊力抜群でした。

 

「影」・・・友人の家を訪ねた際、塀に浮かんだ奇妙なしみに気付いた主人公。それは灰色がかったしみで、見方によって動物にも人にも見えるのだ。おまけにその塀には、花束が供えられていて・・・・・

これ以上ないほど正統派のジャパニーズホラーですね。雰囲気は映画『呪怨』『仄暗い水の底から』が近いかな。<しみ><影>という、顔も声もない存在をこの上なく巧みに料理していました。こんなの読んだら、これから壁のしみや影を見るのが怖くなっちゃいそうです。

 

「樹の海」・・・ホラー作家が語る奇妙な出来事。ある時、ひょんなことから知人の妻の車に乗ることになるが、彼女はむっつり黙り込んだままで、作家の方をろくに見ようともしない。おまけに車のトランクからは不気味な物音までして・・・・・

ホラー風味のエピソードが二話続きましたが、この話はどちらかというとミステリー寄り。そこはかとなくコミカルなムードもあるし、これはいい箸休めになりますね。このホラー作家、実際に居たらかなり面倒そうだけど、小説の登場人物としては面白いので、『葉村晶シリーズ』辺りで再登場してほしいです。

 

「白い顔」・・・女癖の悪さで何度もトラブルを起こしてきた主人公は、今も懲りずに不倫を堪能中。ところが、愛人の周辺に不審な女の影がちらつき始める。まさかその女の正体は、不倫に気付いた妻なのか。主人公は不安に恐れおののくが・・・

一言で言えば、不倫男、ざまあみろ!なエピソード。不貞を繰り返す主人公が辿った運命は悲惨なものですが、痛快復讐劇という感じではなく、じめじめした陰気な仕上がりになっています。謎の女の正体は予想外だった・・・幽霊も悪魔も出てこないけど、ラストの光景を想像したら寒気がしました。

 

「人柱」・・・刑事の一条は、友人から亡父の日記について相談を受ける。彼の父は実直な男だったが、死後に発見された日記には、連続殺人を連想させる記述があったのだ。亡き父は殺人犯だったのかと、苦悩する友人に一条が出した答えとは・・・

『製造迷夢』に出てくる一条刑事が再登場します。現職刑事が絡むからか、このエピソードにホラー要素は少なく、小粋で上質なミステリーサスペンスでした。伏線もしっかり張ってあるし、解決、と見せかけてさらにもうひとひねりされたオチも実にお見事。あと、謎とは無関係ですが、一条と友人が向き合う喫茶店に関する描写がなかなかニクかったです。

 

「上下する地獄」・・・地方の高層ビルで勤務する主人公は、ある夜、若い美女とエレベーターで一緒になる。ラッキーと浮かれる間もなく、主人公が感じた一つの不安。そのエレベーターには不気味な怪談話が伝わっていて・・・

第二話とは方向性は違えど、これまたスタンダードな怪談話でした。閉所恐怖症気味で、エレベーターもあまり好きじゃない私にとって、この状況は鳥肌もの。狭いエレベーターの中、見知らぬ誰かと二人きりで過ごすって、なんだか不安じゃないですか?しかも主人公がいるのは高層ビルで、目的の階に着くまで時間がかかるのですから・・・我が家は高層ビルじゃないけど、しばらく階段ユーザーになろうかと思います。

 

「ステイ」・・・夏休み、小さな旅行代理店でアルバイトすることになった男子高校生。彼の主な仕事は、社長の息子二人の世話だ。子ども達の母親は失踪しているのだが、ある時、二人は母親を見たと言い出して・・・

そこの描写がなんだか目に付くと思ったら、そういうことだったのね。事の起こりとオチがばっちり噛み合っていて、惨い状況にも関わらず「ほほう」と唸ってしまいました。でも、ラストで広がる光景を想像するとショッキングすぎるなぁ・・・現実的なグロテスクさ、という点では、このエピソードが収録作品中一番かもしれません。

 

「回来」・・・妻を事故で失った主人公は、心機一転、幼い息子と共に東京で暮らす決意をする。所用で東京に出る友人の車に同乗させてもらうも、まるで行く手を阻むかのようにトラブルが起こり・・・

<出られない>という状況が好きな人はあまりいないと思いますが、主人公親子が出られないのは、密室でも孤島でもなく一つの町。その不条理さがなんともイイ味出してました。住民を町から出さない怨霊がいる、とかいう分かりやすい話ではないところが余計に不気味です。この親子、町から出られる日は来るのかしら。

 

「追いかけっこ」・・・幼馴染の少女を巡り、常に争い続けてきた剛と雪彦。大人になった彼らは、新宿で起きたホテル火災に巻き込まれる。そこから浮かび上がる、予想を遥かに超えた三角関係の末路とは・・・

腕っぷしの強いガキ大将と、賢く計算高い優等生。正反対な二人が恋のさや当てを繰り広げる、というところまではよくある話ですが、その真相は予想外でした。というかこの二人、自分の長所ばかりこれみよがしに挙げ連ねているけど、傍から見れば五十歩百歩。こんな二人に見初められた少女が気の毒です。

 

「招き猫対密室」・・・ふいに、車の中で目を覚ました主人公。当初は混乱状態だったが、次第におぼろげだった記憶が甦ってくる。すべては自由気ままに動き回る招き猫から始まっていて・・・・・

タイトルといい、招き猫というキーアイテムといい、どことなくユーモラスな話を想像してしまいそうですが、そこはやっぱり若竹七海。どうあがいてもどん詰まりになりそうなラストに向けて、一気に突っ走ってくれます。ただ、できればタイトルは、他の収録作と同じくミステリアスなものにしてほしかった気がしますが・・・

 

「バベル島」・・・イギリス、ウェールズ地方にあるバベル島で起きた悲惨な出来事。一人の日本人が、その出来事の隠れた真相を日記に記していた。それは約六十年前、富豪の子息がバベルの塔の物語に魅せられたことが発端で・・・

表題作なだけあって、緻密さといい衝撃度といい作中トップクラスだと思います。神の怒りに触れたことで崩されたバベルの塔と、その名前を冠したバベル島。これは最初から示されていたにも関わらず、ラストまでどう活きるか気づきませんでした。作中に葉村姓の登場人物がさらりと出て来るのも、若竹ワールドのファンとしては嬉しいですね。それにしても子守係、罪なことを・・・

 

ちなみに複数のレビュアーさんが指摘していますが、本作に収録されている短編はすべて、前の話の中に次の話に関するキーワードが紛れ込んでいます。例えば第四話「白い顔」には<人柱>という用語が、第五話「人柱」にはエレベーターという用語が・・・という具合にです。本作は単行本未収録作品を集めた短編集ということなので、これはたまたま?それとも加筆?あるいはいつかこういう短編集を出すことを予期して仕掛けておいたの?色々と想像してしまいます。

 

曖昧な結末がかえって怖い!度★★★★★

最終話の主人公はやっぱり彼女?度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    バベルの塔をテーマした短編集は興味深いです。
    昔のアニメ「バベル二世」を再放送で何度も観たのでバベルの塔と聞くと反応します。
    若竹七海さんはまだ未読でした。
    短編集が微妙に繋がりがあるのも面白そうですね。

    1. ライオンまる より:

      バベルの塔が出てくるのは最終話だけですが、他にも面白い話がたくさん収録されていました。
      若竹七海さんの作品は、ジャンル分けするならイヤミスになるのでしょうが、ドロドロという感じではなく
      乾いたシニカルさが特徴です。
      救いのない話も多いので好き嫌いは分かれそうですが、私は大好きです。

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