「長編小説は読むのに時間がかかる。短い時間でも気軽に読める短編小説の方が好き」という意見をしばしば耳にします。長編と短編、どちらが優れているかは決められないものの、所要時間の少なさという点では、短編に軍配が上がるでしょう。その短編よりさらに短い小説が<ショートショート>です。何をもってショートショートとするか、明確な定義はないようですが、<一ページから数ページに収まる長さであり、意外な結末を迎えるもの>という解釈が一般的なようですね。
ショートショート作家と聞いて多くの日本人が思い浮かべるのは、恐らく星新一さんでしょう。<ショートショートの神様>と呼ばれ、生涯において生み出したショートショートの数は一〇〇〇編以上。『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』『ゆきとどいた生活』など、翻訳され世界中で読まれている作品も数多くあります。星新一さん亡き後は、阿刀田高さんや江坂遊さんが優れたショートショートを書いてくれていますが、一つのジャンルを盛り上げるためには、やはり新たな人材にもどんどん出てきてほしいもの。あんまりショートショートのイメージはないけれど、この方には期待しています。坂木司さんの『短劇』です。
こんな人におすすめ
ブラックユーモアが効いたショートショートが読みたい人
満員電車がもたらす一つの出会い、買い物に来た男女が交わす切ないやり取り、エレベーターに閉じ込められた男女の悲喜こもごも、パソコンに張り付く女が抱いた恐ろしい疑惑、人生最後の日を楽しむ男達の思わぬ末路、暴力的な欲求を持て余す男が始めた意外な仕事、若者たちを震え上がらせる祭りの真相・・・・・予想外の結末が読者を待つ。謎と驚きに満ちたショートショート傑作集
ただの短編小説とは違い、ラストであっと驚かされるというのがショートショートの定石ですが、その点で本作は花丸評価と言えます。本の紹介文に<坂木司版・世にも奇妙な物語>と書かれているだけあって、オチの捻り方やキレ具合は折り紙付き。ほんわかと心温まる作風が持ち味の坂木さんが書いたとは思えない、苦かったり怖かったりする世界観にすっかり魅せられてしまいました。収録話数が多いので、その中からお気に入りのものをご紹介します。
「目撃者」・・・会社の片隅、給湯室にひっそりと佇むステンレスシンク。社内の人々をいつも温かく見守っている。健気な若手女子社員に好感を抱くも、彼女は女性管理職に目を付けられ、嫌がらせされる日々。身動きできない我が身を嘆くシンクだが、ある時、女性管理職が給湯室にやって来て・・・・・
宮部みゆきさんの『長い長い殺人』を読んだ時、財布が語り手になっていて驚きましたが、このエピソードの語り手は会社の給湯室に設置されたステンレスシンク。でも、給湯室ってどんな社員も気が抜けて本音を出しやすい場所だし、物語の設定として面白いですね。意地悪な女性管理職に対するシンクの仕返しには拍手喝采!この話を読んだ後は、周りの備品を大事にしようという気になります。
「MM」・・・派遣社員として働きつつ、実家暮らしを続ける独身女性。インターネットでお気に入りのスレッドをチェックすることが一番の楽しみだ。ところがある時、スレッドの常連<MM>なる人物が、明らかに自分のことを書き込んでいると気づき・・・
正体不明の人物が、インターネット上に自分の挙動を事細かく書き込んでいたら・・・ネット利用者なら、ゾッとすること必至でしょう。ただこの主人公の場合、生活態度をちょっと見直した方がいい気もしないでもないので、あんまり気の毒な感じはしないかも?最後、恐ろしい可能性に気付いた彼女が、これから一体どうするのか気になります。
「ケーキ登場」・・・同僚に誕生日を祝われる女性、彼女に思いを寄せる後輩男子、仲良くテーブルを囲む夫婦、娘に会いに来た老人、ハムスターを可愛がる少女、バースデーケーキを運んできたパティシエ。各々の思いが、とあるレストランで交錯し・・・・・
これは上質な群像劇ですね。一見、レストランで和やかに過ごしつつ、実は腹の底では全然違うことを考えている人たち。楽しそうな外見と、実はちっとも楽しんでいない本音のギャップが印象的でした。ただ、いくら三十九歳の誕生日とはいえ、バースデーケーキにロウソク三十九本立てられた女性がウンザリするのは分かるなぁ。
「ほどけないにもほどがある」・・・主人公の仕事は、電柱に使い捨ての看板を設置すること。無許可なので見つかるとまずいが、暮らしのためだから仕方がない。ある時、同じ仕事をしている男と偶然出会い、何の気なしに話し始めるが・・・・・
き、気色悪い・・・!!主人公らが行う<看板を所定の位置に取り付ける>という仕事が、まさかこういう形で活かされるとはね。趣味嗜好は人それぞれとはいえ、いつか物騒な事件に繋がりそうで怖いです。オチまで読んでみると、全文字ひらがなのタイトルが妙に不気味に思えてきました。
「最後」・・・<最後の日>をより良いものとするため集った四人の男。お喋りを交わし、食事を楽しみ、女性とベッドを共にし、充実したひと時を過ごす。これぞ<最後の日>に相応しい。やがて一日が終わる時がやって来て・・・・・
どんなに安い食事や酒でも、「これが人生最後」となるとこの上なく価値あるものに思えるでしょう。「これが最後なら・・・」と、同情してサービスしてくれる女性だっているかもしれません。そんなこんなで<最後の日>を堪能した四人が迎えた結末がなんとも皮肉。でもこの<最後>を招いたのは自分たちだし、あんまり善良な人たちじゃないみたいだから仕方ないかな。
「しつこい油」・・・不器用な人と言われつつ、懸命に生きてきた主人公。私を邪魔する奴は許さない。そんな信念の下、恋のライバルを悉く排除してきた。社会人になってできた恋人を略奪された彼女は、またしても復讐を企むが・・・・・
一見、要領の悪い真面目人間ながら、実は卑怯な手で恋敵達を追い詰めていく主人公が粘着質でイヤ~な感じ。ただ、自分の狡猾さを過信したのが誤りだったね。手痛い目に遭ったことだし、ここできちんと改めるべきところを改めて、もうちょっと健やかな人生を歩んでほしいものです。
「最先端」・・・昨今の流行は、コンピューターで作った画像に爪に映し、華麗なネイルアートを楽しむこと。だが高価なため、施術を頼むのも一苦労だ。ある日、主人公は同僚から、安く施術してもらえる方法を教えられるが・・・・・
要するに<実施前にきちんと注意書きを読みなさい>ということなんでしょう。目先の安さに釣られ、後悔を味わう羽目になるのは現実でもままあること。軽率だったとはいえ、こんなことを背負いこんだ主人公は気の毒・・・これからさらに被害が広がりそうなラストが不穏です。
「ゴミ掃除」・・・暴力衝動を抱えた主人公は、ある時、ネットで美味しい仕事を見つける。素性を伏せたまま落ち合い、標的が来るのを待つ男達。その間、彼らはそれぞれの歪んだ欲望を語り合うのだが・・・・・
これは予想外で面白かった!てっきり闇サイトで仲間を募って女性を襲うクズ達の話かと思ったら、まさかこういうことだったとは。確かにこれはタイトル通り<ゴミ掃除>ですね。主人公も破壊欲求を満足させられるし、八方丸く収まってめでたしめでたし・・・じゃないんだけど、思わずそう言いたくなるほどスッキリしました。
「物件案内」・・・結婚生活が破綻し、独りぼっちの主人公は、新生活を始めるための家を探し始める。不動産屋に紹介されたマンションは近隣住民との交流が盛んで、孤独な主人公の心を癒すのにぴったりだった。どうやらあの不動産屋には不思議な力があるらしく・・・
こういう不動産屋が存在するなら、料金は多少高くていいから利用したいです。きっと、孤独死や隣人トラブルの発生率もぐっと下がるんでしょうね。主人公も、序盤で思われていたほどか弱くないみたいだし、せっかく得たチャンスを生かして幸せになってほしいものです。
「試写会」・・・妻も仕事も失った男が出かけた試写会会場。そこで上映されるのは映画ではなく、人間達の様々な行動を映した映像だ。試写会参加者達は、その映像を見て、映った人物の行動が許せるか否かを議論し合うのだが・・・
これはなかなか怖い話だなぁ(汗)主人公が身勝手な横暴男なのは間違いないんですが、誰だって三百六十五日二十四時間清廉潔白ではいられないもの。自分の行動をこっそり記録され、晒され、裁きを下されるなんて、想像するとゾッとしちゃいます。この試写会は、今までもこれからも同じことを繰り返していくのかしら。
「ビル業務」・・・とあるビルの片隅で隠し通路を見つけた主人公。好奇心から通路を進んでいくと、思いも寄らない場所にたどり着いた。素敵な街を作り出すため、密かに進むとある作戦とは・・・・
ある意味、とてもリアリティのある話でした。お洒落なレストランやショップをたくさん並べれば、若者達は集まって来る。でも、それでは騒々しい遊び場ができるだけ。本当に垢抜けた愛される街を作るにはどうすればいいか。こういうプランって現実にもありそうですね。でも、誰も不幸になっていないからいいのかな。
「秘祭」・・・静かな田舎町でひっそりと行われる祭り。十七歳になった男女に参加資格があるのだが、なぜか祭りのおかげで、この地には素行不良の者が少ないという。謎に満ちた祭りに参加する機会を得た語り手が、そこで目にしたものとは・・・・・
こここここ怖っっっ!!!若者達を礼儀正しく従順にする祭りの真相が、こういうことだったとは・・・こんな手段使われたら、そりゃ非行に走りたくても走れないでしょう。もしも、十七歳だった頃の自分がこの祭りに参加していたら、その場で舌を噛み切りたくなるかもしれません。こんなやり方、現実に考える大人が現れないよう天に祈ります。
坂木さんにはもう一冊、『何が困るかって』というブラックな味わいの作品があります。この二冊を読めば、黒・坂木作品のレベルの高さが否応なしに伝わってきますが、一つ気になるのは、本作も『何が困るかって』も短編集だということ。坂木さんのビター短編が面白いことはすでに証明されたので、今度はぜひ、この作風で長編をお願いしたいものです。
今までの坂木作品を想像しているとちょっと驚く度★★★★★
日常のどこにでも<穴>はある度★★★★☆
ほのぼのとしたイメージの坂本司さんの作風とは違った短編集ですが日常に潜んだ落とし穴、闇がリアルに伝わってきそうである意味注意喚起も含まれている気がします。これも読んでみたいですね。
かなりブラックな味わいですが、これはこれで大いにアリです。
基本、どの話も平凡な日常世界が舞台になっているので、恐ろしさ倍増でした。