はいくる

「黄泉醜女」 花房観音

昔、家にギリシア神話の本が置いてありました。子ども向けにリライトされたバージョンだったので、私へのプレゼントか何かだったのかもしれません。子ども向けとはいえ当時の私にはショッキングなシーンが多く、驚いた記憶があります。

ギリシア神話に限らず、神話はしばしば残酷だったり生臭かったりするものです。それは、かつて神話が教訓や警告の役目を果たしていたからかもしれませんね。恐ろしいといえば、日本神話だって負けてはいませんよ。今日は、日本神話に登場する禍々しい鬼をテーマにした作品を紹介します。団鬼六賞で文壇デビューを果たした小説家、花房観音さん『黄泉醜女』です。

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100キロを超える巨体、お世辞にも美しいとは言い難い容姿。にもかかわらず、複数の男性から金銭を搾取した挙げ句に殺した容疑で逮捕された女、春海さくら。男たちは、なぜ彼女を「女神」と崇めたのか。その謎を追い、女流官能作家と編集者の二人はさくらについて調べ始める。かつての知人、元同級生、被害者の姉、そして母親・・・女たちの目を通して語られる春海さくらの異様な姿。果たして彼女は、向かい来るすべてを貪り食う鬼女「黄泉醜女」なのだろうか。どす黒く渦巻く欲望の行方を描いた傑作ホラーサスペンス。

 

「黄泉醜女」とは、日本神話に登場する鬼女です。その顔は醜く、とても足が速く、障害物を食い尽くしながら標的を追う姿はまさに地獄の鬼そのもの。日本神話の中でもトップクラスのホラー度を誇る黄泉醜女と、現実の事件を彷彿とさせる連続不審死事件を絡めた構成がなんとも毒々しく、面白かったです。

 

「序章 さくら」・・・この章には物語性がなく、「さくら」を崇める男の独白に終始します。男性目線で語られるさくらの容姿は決して美しいものではなく、むしろ極度に肥満した醜いものであるはずなのに、語り手は「天使、女神」と誉めそやします。初っ端からこの異様なムード、うん、掴みはオッケーです。

 

「第一章 桜川詩子 四十二歳 官能作家」・・・垢抜けない容姿と「官能作家」という肩書のせいで、ネット上で中傷の的になっている作家・桜川詩子。ある時、なじみの編集者・木戸アミから執筆の打診を受ける。それは、死刑判決を受けて控訴中の被告人・春海さくらをテーマにした本だった。

決して不美人ではないにも関わらず、肩書きと地味な容姿のせいで「デブス」「ブス豚」と中傷されまくる詩子の心情が息苦しいの一言に尽きます。おまけに詩子の経歴って、著者の花房観音さんとよく似ているんですよね。おかげでどこまでが現実でどこからがフィクションか分からない、不思議な感覚を味わえました。

 

「第二章 島村由布子 三十九歳 人材派遣会社経営」・・・女社長という肩書と若い恋人を持ち、それなりに活躍して生きる由布子。由布子はとある料理教室で春海さくらと出会った。由布子はさくらに対し、「バランスが悪い」という印象を受け・・・

本章の語り手・由布子は、登場人物の中でも成功者の部類に入ります。にもかかわらず、疲れ切った内面の描写がものすごくリアル。必死で頑張っているのに女だからと見下され、色眼鏡で見られる日々はさぞ疲れることでしょう。だからこそ、欲望の赴くままに生きて男に賛美されるさくらに敗北感を抱く気持ち、なんとなく分かります。

 

「第三章 佳田里美 四十二歳 パートタイマー」・・・夫と子どもと平凡に暮らす里美は、かつて春海さくらと高校の同級生だった。スクールカースト最下層の者同士、肩を寄せ合って過ごす日々。そんなある日、一つの噂が飛び交って・・・

「特に仲良くないけど、一人でお弁当を食べていると思われたくなくて一緒にいる」という心理、すごく共感しました。どんなに下らなかろうと、学生時代では大事なことなんですよね。そしてグループ内でも「彼女より私の方がマシ」「私の方が上」とマウンティングし合う感覚も・・・認めてしまいますが、この章に一番感情移入しました。

 

「第四章 高坂愛里香 五十三歳 家事手伝い」・・・愛里香の弟は春海さくらに殺された。以来、一人で寝たきりの母を介護する毎日だ。被害者なのに中傷される弟の名誉を守りたい一心で、詩子らの取材を受けることにするが・・・・・

婚期を逃し、老母の介護に追われ、唯一の希望だった弟も殺された-――となるとひたすら愛里香が哀れですが、彼女は彼女で「弟が働き者のお嫁さんと結婚して、介護を代わってほしかった」等々、けっこう勝手なことを考えているんですよね。被害者側が持つ生臭い一面の描き方がすごく巧いと思います。短いながら印象的な章でした。

 

「第五章 佐藤佳代子 六十七歳 主婦」・・・実母の口から語られるさくらの過去。さくらは食欲旺盛で太った子どもだった。だが、夫は娘の肥満にも、とある不名誉な噂にも知らんぷり。佳代子は密かに一つの疑惑を抱いていて・・・・・

幼少期から「女」の匂いをさせるさくらの姿が生々しいです。このさくらの姿が、実母の目を通しているという所が何とも意味深ですね。果たしてさくらは本当に幼い頃から毒婦だったのか、母親が冷え切った夫婦仲の果てに抱いた思い込みだったのか・・・こういう母親は嫌だなぁというのが正直な感想です。

 

「第六章 木戸アミ 三十六歳 フリーライター」・・・美貌と実績を持つライター兼編集者のアミ。そんな彼女が詩子に春海さくらの本執筆を持ちかけたのには理由があった。人も羨む立場であるはずのアミが、さくらにこだわる理由とは。

詩子と共に取材を続けてきた編集者・アミの語りです。三十代半ばにしてライターとして実績を積み、容姿にも恵まれたアミが、なぜさくらを追いかけるのか。確かに、アミのような立場からさくらを見ると、アイデンティティが崩壊しそうになるかもなぁ。恵まれているからこそ持つ劣等感や嫉妬心の描写が秀逸でした。

 

「終章 さくら」・・・取材を続ける詩子とアミのもとに飛び込んできた一つのニュース。驚愕するアミに向けられる、詩子の言葉。さくらはなぜ男たちを殺したのか。目の前のものを貪り尽くす黄泉醜女の正体とは。

一人称ではありませんが、本章もアミが中心となって進みます。面白いのは、ここまで来て詩子の人物像がガラリと変わるという点。第一章の本人による語りでは、誹謗中傷に悩む中年作家だった詩子。それがアミの視点だと・・・最後の何とも言えない余韻で、この小説が「ホラー」に分類されている理由が分かった気がします。

 

作中に春海さくら本人が登場することはなく、本当にさくらが犯人なのか、本当だとしたら動機は何なのかも、正確なところは分かりません。ですが、ラストで提示される一つの仮説は、ストンと心に落ちるものでした。首都圏連続不審死事件をテーマにした作品は色々ありますが、切り口のインパクト度合では本作がトップクラスだと思います。

 

黄泉醜女はそこにいる度★★★★☆

食われたのは男だけではなく・・・度★★★★★

 

こんな人におすすめ

嫉妬と欲望渦巻くサスペンスホラーが好きな人

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