一昔前、<世話をする><面倒を見る>と言えば、大人が子どもに、若者が老人に、健康な人間が病人や怪我人に等、<エネルギーがある者がない者に対して行う>という認識が一般的でした。生き物には、どうしても弱い時代が存在するもの。そんな時に他者の手を借りることは、罪でも恥でもありません。
しかし、昨今、<面倒を見る>という行為の形式が変わってきた気がします。高齢の親が引きこもりの子どもの世話をしたり、ティーンエイジャーが大人に代わって家事や介護の一切を担ったりする話は、世間に溢れています。やむを得ない事情により一時的に行うならまだしも、それが恒常的に行われるとしたら・・・・それが不自然だと思うのは、果たして私だけでしょうか。今回取り上げるのは、中山七里さんの『ヒポクラテスの悲嘆』。家族というものの在り方について、改めて考えさせられました。
こんな人におすすめ
・引きこもり問題に関心がある人
・『ヒポクラテスの誓いシリーズ』のファン
同居する家族にすら気づかれず衰弱死した女性の秘密、餓死した男性はなぜ食料に手を付けなかったのか、老いらくの恋の果てに待つ哀れな別離、死後も散歩姿が目撃されていた老人の謎、息子の心を案じる家族が陥った負の連鎖・・・・・五つの死体から、光崎教授が見出した真実とは。死者達の声なき声を聞く、人気法医学ミステリーシリーズ第五弾
浦和医大法医学教室の奮闘を描くこのシリーズも、早くも五作目。一作目ではピカピカの新人だった真琴も、今や立派な戦力になっています。その代わりなのか、傲岸不遜な凄腕法医学者・光崎教授の出番がやや少なめだったのが寂しいかも・・・とはいえ、要所要所で相変わらずの腕前を見せ、存在感を発揮してくれています。
「7040」・・・浦和医大法医学教室に運び込まれた女性の遺体。ミイラ化したそれの死因は餓死だ。故人・邦子は長年に渡って自宅で引きこもり生活を送っており、ここしばらくは同居する親との接触も絶っていたという。人生に倦み、緩慢な自殺を選んだのか?だが、光崎教授の解剖の結果、体内から意外な物が発見され・・・・・
とにもかくにも、邦子が引きこもり生活を送っていた部屋の描写が壮絶です。荒れ放題の室内に、尿が入ったペットボトル。そこに引きこもって何年も暮らしてきた邦子は、最期に一体何を思ったのか・・・その心情に思いを馳せ、どうにか解剖に持っていこうとする真琴の奮闘ぶりが救いでした。キャシーの独特なキャラも相変わらずで嬉しい限りです。
「8050」・・・とある一軒家で、この家に住む隅田堅市が餓死した状態で発見された。三十年近く引きこもり状態だった堅市は、両親に暴力を振るうこともしばしばだったという。今回の悲劇は、同居する母親が堅市の暴力のせいで入院、父親もその付き添いで三週間不在にしている間に起きたらしい。不思議なのは、父親がちゃんと食料を用意しておいたにも関わらず、堅市がそれらに一切手を付けず餓死したことで・・・・・
<引きこもりの人間が餓死する>という点は第一話と一緒。ただ、自殺説が濃厚と思われていた第一話に対し、この話は最初から<同居の親の留守中、なぜ堅市は大量の食料を食べなかったのか>という謎が提示されています。物語が、堅市の暴力に苦しむ父親目線で始まることもあり、一話以上に悲しさと理不尽さを強く感じました。両親は、労わり合ういい夫婦なのに・・・
「8070」・・・近所でおしどり夫婦と名高い小田嶋夫妻。だがその実、夫・伸丈は痴呆症を患う妻の介護に嫌気が差しており、なじみのキャバ嬢とのひと時にのめり込んでいく。妻が死んでくれれば、保険金でもっと楽しい人生を送ることができるのに。暗い欲求が頂点に達した時、ついに悲劇が起こり・・・・・
この話は、収録作品の中で異彩を放っています。親子ではなく夫婦間で起きた出来事であり、妻は引きこもりではなく痴呆症。夫婦の生活は苦しいものの、その一因は伸丈のキャバクラ通いであり、「介護疲れはあるにせよ、無条件に同情はできないなぁ」と思ってしまいます。ミステリーとしての構成は、この話が一番好きでした。
「9060」・・・民家の床下から、白骨化した男性の遺体が発見された。死亡推定時期は約一年半前。遺体の身元は、この家に住む九十代の楠村かと思われたが、不思議なことに、近隣住民達は楠村が散歩する姿を最近まで見かけていたという。楠村は、六十歳になる引きこもりの息子・繁一郎と同居していたのだが・・・・・
九十代になって尚、最後の最後まで息子の将来を案じていた彼の人生が切なくてなりませんでした。本当なら、のんびり楽隠居していいはずの年なのに・・・また、この話の場合、収録作品中唯一、引きこもりの子どもが生きた状態で捜査陣と出会います。そのせいか、甘ったれた言動に対する憎たらしさが半端なかったです。九十代の父親に食事の支度させるなよ!!
「6030」・・・経産省で働く枡沢の頭痛の種。それは、三十代の長男・俊哉が十年以上引きこもり状態だということだ。ある日、同僚の息子が俊哉と同じく長年引きこもり生活を送った挙句、通り魔事件を起こしたと知り、余計に憂鬱な気分に陥る。そこへかかってきた、長女からの電話。長女曰く、今回の通り魔事件の犯人のブログに、俊哉が賛同の書き込みをしていたらしく・・・・・
本作は、基本的に家庭内の事件をメインテーマにしていますが、この話のみ、無差別通り魔事件という大規模な犯罪が出てきます。また、この話の桝沢は官公庁で働く現役勤め人。必然的に、リタイア後の高齢者だった他の話の親達と比べると、体力や精神力にも若干の余裕があるわけですが・・・なまじギリギリ現役世代だったからこそこんな結末を迎えたのかと思うと、やりきれない気持ちになりました。桝沢だけでなく、長女の今後も心配です。
どの話も濃密な良作揃いですが、本作の白眉はプロローグとエピローグ。冒頭の悲惨な通り魔事件が、まさかこう繋がるとはね。どこかでどんでん返しがあるのかなと思っていたにも関わらず、完全に予想外でした。これだから中山作品はやめられません。
こんなことが我が家で起こるはずがない度☆☆☆☆☆
プロローグをよく覚えておいて!度★★★★★
ヤングケアラーの逆パターン?!
プロローグの通り魔事件が悲劇の始まりとはやるせない内容でした。
火消しどころか火に油を注ぐ行為は、まさに少子高齢化の悪循環。
古手川と真琴の微笑ましいエピソードに救われました。
相変わらずの一気読みでしたが、危機感を嫌でも感じる中山七里さんらしい1冊でした。
櫛木理宇さんの「骨と肉」~内容的には面白かったですが何か物足りないのは複雑過ぎただけか?今でも疑問です。
各話の密度の濃さもさることながら、やっぱりプロローグとエピローグの繋がりがインパクト大でした。
もし光崎教授がエピローグの対決場面に居合わせたら、一体何を言ってやったのか、少し気になります。
こちらは「死蝋の匣」が図書館に入ったので、早速予約しました。
現在、順位は四番目。
早く読みたいです。