はいくる

「さらさら流る」 柚木麻子

携帯電話やスマートフォンを持つようになって以来、写真を撮る機会がぐっと増えました。わざわざカメラを引っ張り出す必要がないわけですし、撮影後の編集も簡単にできるんですから、当然と言えば当然ですね。自他ともに認める甘党ということもあり、スイーツを買った時は食べる前に写真撮影しておくのが習慣です。

こんな風に誰でも手軽に写真撮影できるようになると、それによる危険も発生します。何の気なしに撮り、インターネット上にアップした写真に、個人を特定できる情報が写っているかもしれない。あるいは、自分でなくとも他人にとって撮られたくない瞬間かもしれない。もしそうだった場合、そんな写真をネットに公開した時のダメージは計り知れません。今回は、一枚の写真がもたらす苦しみをテーマにした作品を紹介します。柚木麻子さん『さらさら流る』です。

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家族や友人、仕事にも恵まれ、穏やかな日々を送る菫は、ある日、自分の裸の写真がネットにアップされていることを知る。それはかつての恋人・光晴に撮らせたものだった。確かに消去されたはずの写真が、なぜ今ごろ出回っているのか。これは光晴による復讐なのか。戸惑い、怯えつつも周囲の支えを得て事態解決を図る菫。脳裏によぎるのは、人懐っこいようでどこか不安定だった光晴のこと。悩み苦しむ菫が、煩悶の果てに辿り着いた答えとは・・・・・

 

優しいタイトルに綺麗な表紙、冒頭で描かれる菫と光晴の交際前の場面などから、爽やかな恋愛小説をイメージしがちな本作。しかしその内容は、元恋人に撮られた全裸写真の流出という恐ろしいものです。リベンジポルノに関する事件がいくつも起きている昨今、決して絵空事では済まされないと思いました。

 

主人公・菫は、二十八歳のOL。仲の良い家族や頼れる友人を持ち、広報の仕事にもやり甲斐を感じ、特に不満のない毎日を送っています。そんな菫の目に飛び込んできた、ネット上の一枚の写真。それは、六年前に別れた光晴が、交際中に撮った菫の全裸写真でした。酒を飲むと人が変わったように粘着質になる光晴に疲れ、別れを切り出したのは菫の方。まさか光晴が、ふられたことを恨んで写真をネットに晒したのか。恐れおののきながらも、菫は写真の削除に努め、同時に光晴との付き合いについて回想し始めます。

 

「裸の写真なんて撮らせる方が悪い」そう切り捨てることは簡単ですし、実際、菫も同じようなことを言われます(言うのが女性というのが興味深い!)。ですが、これは菫の友人の台詞にもありますが、都合の悪い写真を生涯に一度も撮られたことのない人間が果たしてどれだけいるでしょうか。今回はたまたま全裸写真でしたが、人目に晒されたくないプライベート写真の一枚や二枚、誰だってあるはずです。それが事故か故意かでネット上に流出してしまったら・・・こういう問題を「私は裸なんて撮影させないから大丈夫だもん」ではなく、「もしかしたら自分にも起こるかも」と思わせる描写力、巧いなぁと唸らされます。

 

物語は「写真流出を知り、怯えつつも立ち直ろうとする菫」「大学時代、初めて二人きりで過ごしてからの菫と光晴」「塾講師として働く現在の光晴」の三パートで構成されています。この三つの視点が切り替わることで、菫の家族との絆や、複雑な家庭に育った光晴の孤独が分かってくるという展開・・・なんですが、そこで「光晴も気の毒な人なんだ」とならないところが、柚木さんの技なんでしょうね。むしろ、親との確執が明らかになればなるほど、嫌っていた父親と同じように酒癖が悪く、身勝手で自己中心的な光晴に苛立ちます。いや、本当、君は嫌な男だよ、光晴(怒)

 

とはいえ、この手の話としては珍しいですが、決して暗い気持ちになりっぱなしというわけではありません。明るい家族や芸術家肌の女友達、何より菫の真っ直ぐさにより、段々と光が見える物語になっています。ここ二、三年ほどで女同士のマウンティングや夫婦のすれ違い、婚活殺人などシビアなテーマを取り上げることが多い柚木さんですが、最後には必ず希望が残っているので安心して読めますね。願わくば、実際にこんな恐怖を味わった被害者の方が、菫のように希望を持ってほしいものです。

 

ヒロインの恐怖は想像を絶する度★★★★☆

彼は進み出せるんだろうか度★★★★★

 

こんな人におすすめ

インターネットの危険性を扱った小説が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    柚木麻子さんの作品に登場する男性は、「伊藤くんAtoE」や「ナイルパーチの~」など頭が良いのに軽薄で身勝手ですが、今回の光晴はまさにそれだったと思います。
     ネット社会、手軽に写真が撮れる~便利さの裏にある危険さをリアルに語ったストーリーでさらさら流れるという風に思えない雰囲気でした。
     監視カメラもあちこちにあり、盗聴も簡単に出来るご時世であることを改めて意識させられました。

    1. ライオンまる より:

      タイトルの爽やかさとは裏腹に、現代社会への警告に満ちた作品でしたね。
      光晴の自分勝手さは許し難い!
      柚木作品の男性キャラは、イライラさせられつつもどこか憎み切れない部分があるんですが、本作の光晴は本当にどうしようもなかったです。

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