はいくる

「あぶない叔父さん」 麻耶雄嵩

<身内同士が協力して(あるいは影響を受けて)事件に挑む>という設定は、バディ系ミステリの王道パターンです。刑事や探偵というならともかく、素人が謎解きに挑戦する場合、「そもそもなぜ彼らは組んで事件を追うのか→身内で信頼できるから」という理由づけがしやすいからかもしれません。

このパターンの場合、親兄弟が協力するケースって少ない気がします。私が知る限り、親子で協力し合うのは都築道夫さんの『退職刑事』、兄弟は綾辻行人さんの『殺人方程式シリーズ』くらい。あとは、中山七里さんの『TAS 特別師弟捜査員』での従兄弟、宮部みゆきさんの『淋しい狩人』での祖父と孫のように、親兄弟より少し離れた関係の方が多いように思います。親兄弟だと繋がりが近すぎる分、色々と面倒も多いからでしょうか。この作品の場合は、<叔父と甥>でした。麻耶雄嵩さん『あぶない叔父さん』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたミステリが読みたい人

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三百六十五日、常に霧に覆われた霧ヶ町。そこに住む高校生・優斗には、大好きな叔父さんがいる。いい年ながら<何でも屋>を名乗り、周囲に白眼視されつつふらふら暮らす叔父さん。それでも、優斗は知っている。叔父さんにはすごい秘密があることを。名家令嬢が巻き込まれた心中事件、町で起こる連続放火の謎、エリート一家の家長の不可解な縊死、旧友を襲った惨い運命の顛末・・・・・事件の陰にはすべて叔父さんがいる。あなたはこの真相を果たして見破れるか。仰天の結末が詰まったミステリ連作短編集

 

探偵役が神様だったり決めつけで推理したりそもそも推理しなかったりと、一筋縄でいかないのが麻耶ミステリのお約束。本作の探偵役・叔父さんのトンデモぶりも突き抜けていて、顎が外れそうになる読者も少なくないでしょう。表紙を見れば分かる通り、叔父さんの容姿が恐らく日本一有名な名探偵にそっくりなのにはニヤリとさせられました。

 

「亡くした御守り」・・・旧家の令嬢が駆け落ちし、間もなく男と共に死体となって発見された。当初は心中かと思われたが、後に殺人と発覚。そんな騒ぎを後目に、優斗は彼女とペアの御守りをなくしてしまったことで頭が一杯で・・・

<密室から人が消える><雪の上の死体>という、古き良き推理小説を思い起こさせるエピソード。謎自体はいたって正統派であると同時に、第一話に相応しく、本作のぶっ飛び具合を読者に知らしめてくれます。これを読み終えたら、一体この本がどういう趣向なのか、誰しも悟ることでしょう。優斗も感心している場合じゃないってば・・・

 

「転校生と放火魔」・・・優斗のクラスに、優斗の元彼女である明美が転校してくる。明美はいったん違う学校に転校した後、再び戻って来たのだ。そんな状況の中で起こる連続放火事件。どうやら次に狙われるのは明美の家のようで・・・

元カノと今カノが同じクラスの上、元カノは優斗に迫る気満々という、どこの恋愛ゲームだと突っ込みたくなるような状況です。が、起こる事件は死者まで出た連続放火という深刻なもの。本来陰惨な雰囲気になるはずですが、予想の斜め上をいく叔父さんのおかげで妙にコミカルなのが凄いです。犯罪計画の突飛さ具合も印象的でした。

 

「最後の海」・・・優斗のいい兄貴分・司は、美大進学を望むものの、医者になって病院を継ぐよう強要する親との確執に悩んでいる。そんな中、司の父が首吊り死体となって発見された。どうやら自殺ではなく絞め殺されたようなのだが・・・

お、叔父さんがちゃんと推理してる!!普通のミステリなら当たり前のことなんですが、前二話を読んだ後だとやけに新鮮に感じます。でも、叔父さんが頑張って推理したのは、優斗に疑われたからなんですよね。叔父なら当然の心境・・・と言いたいところですが、これまでしでかしたことが大きすぎるっちゅーねん!

 

「旧友」・・・三年前に妻を伴って帰郷し、豪華な洋館を建てて暮らす柳ヶ瀬。実は彼と叔父さんは幼馴染だった。ある日、柳ヶ瀬夫妻が自宅で殺害され、犯人と思しき男は自宅で首を吊った状態で発見される。事件は解決したかと思われたが・・・

前のエピソードで叔父さんがきちんと探偵役していたので、今回はどうなることかと思いましたが、やっぱり安定の叔父さんでした(笑)とはいえ、脱力させるだけではなく、謎の本質が分かることでトリックも判明するところには「なるほどなぁ」と唸らされました。私の一番お気に入りのエピソードです。

 

「あかずの扉」・・・旅館の息子である友人に頼まれ、清掃のアルバイトをすることにした優斗。作業後に一風呂浴び、忘れ物に気付いて風呂場に戻ると、なんとそこにはついさっきまでなかったはずの死体が!死体出現の謎を前に、叔父さんが語った真相とは。

あんまりと言えばあんまりなトリックに、呆れを通り越して爆笑してしまいそうです。それ、本当にバレないの!?その場の状況を想像したらおかしすぎるでしょう!一応、真相に繋がるヒントはきちんと明示されているんですが・・・それでもこの仕掛けが見破れる人はほとんどいないんじゃないでしょうか。

 

「藁をも掴む」・・・校舎から抱き合った状態で転落死を遂げた二人の女子高生。二人は一人の男を巡って争う恋敵同士だった。いがみ合っていたはずの二人が、なぜよりによってこんな死に方をしたのだろう。一方、優斗の私生活にも危機が訪れて・・・

肝心の女子高生転落死事件の真相は、状況およびこれまでの流れを考えると、比較的簡単に分かると思います。むしろ強烈なのは、元カノと今カノの板挟みになり、とある行動に出ようとする優斗の姿。そして、可愛い甥を守ろうとする叔父さんの言葉。これまで叔父さんがやらかしてきたこの数々を思うと、この展開が実にブラックでした。

 

でもこれ、タイトルは『あぶない叔父さん』ですが、一番危ないのは優斗じゃないかなぁ。友達にも恋人にも冷めてるくせに、叔父さんのことは全面的に受け入れ慕う優斗は、もはや何かの病気なんじゃないかと思うほどです。本作は、悪趣味と取るかブラックユーモアと取るかで評価が分かれそうですが、個人的にはアリですね。

 

これだけ天然だともはや奇跡!度★★★★★

でもトリックはロジカルです度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    初めて聞いた作家さんです。
    短編集ミステリーでも一つ一つが複雑な設定と想像もつかない展開が期待出来そうです。叔父さんと甥のコンビは読んだこともある気がしますが、片方が型破りで片方が冷静沈着の組み合わせだったと思います。
    両方危ないコンビという組み合わせは新鮮味を感じます。

    1. ライオンまる より:

      叔父も甥も、一見冷静そうに見えて実は・・・というキャラ設定がユニークでした。
      けっこう癖のある作風の作家さんなので好き嫌いは分かれるかもしれませんが、ハマる人はとことんハマると思います。

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