はいくる

「鬼の跫音」 道尾秀介

<鬼>という言葉を聞くと、頭に角を生やし、口から牙がむき出しになった猛々しい姿を想像する人が多いと思います。意外かもしれませんが<鬼>の語源は<隠(おぬ)>が転じたものであり、本来は<姿が見えないもの>という意味なんだとか。能楽で鬼が<人が孤独や憎悪などから怨霊と化したもの>として描かれるのは、案外、この辺りに理由があるのかもしれません。

現代を生きる身としては、角を生やして棍棒を振り回す鬼よりも、何らかの理由で鬼になってしまった人間の方が恐ろしいです。この短編集の中には、鬼になった、あるいはならざるをえなかった人間がたくさん登場します。道尾秀介さん『鬼の跫音』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをテーマにしたホラーミステリが読みたい人

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恋敵を殺した容疑をかけられた男の運命、椅子に掘られた奇妙な文章の謎、時を経て甦る若き日の罪、元空き巣だという男が語る意外な告白、災難の末に幸福を掴んだ女性の究極の愛、いじめに苦しむ少年に差しのべられた救いの手・・・・・鬼はすぐそこにいる。影の中で、じっと息を殺して待っている。日常に巣食う鬼に魅入られた人間達の、恐ろしくも悲しい運命とは

 

道尾さん初の短編集です。伏線の回収され方といい、後味悪いながら捻られたオチといい、熟練の域に達していると思ったので何だか意外でした。道尾さんといえば『向日葵の咲かない夏』『カラスの親指』『光媒の花』といった長編の方が有名な気がしますが、個人的にはこういうコンパクトな短編の方が好みです。

 

「鈴虫」・・・警察の取り調べを受ける主人公。主人公には、十一年前に大学の同期であるSを殺した容疑がかかっている。それに対し主人公は、自分はSの死体を埋めただけと供述。当時、Sが交際していた女性は、今は主人公の妻となっているのだが・・・・・

大の虫嫌いな私は、作中に散りばめられた鈴虫描写にゾクゾクゾク・・・そんな個人的な感想はともかく、これ、オチ自体は割と簡単に気付くと思います。ですが、作中の事件と鈴虫の特性が上手く絡んだ構成には、いい意味でイヤ~な気分にさせられました。なるほど、そういう暗喩だったのね。

 

「犭(ケモノ)」・・・主人公はエリート一家の中のみそっかす。ある日、ふとしたことで苛立った彼は、腹立ち紛れに配達されたばかりの椅子を壊してしまう。と、脚の断面には奇妙は文章が彫られていた。その椅子は、刑務所内の作業で作られた物なのだが・・・

落ちこぼれ青少年が日常の謎を追いながら成長する正統派青春物語・・・かと思ったら!!!明らかになった椅子の、そして主人公の、もはや取り返しようのない真実に唖然呆然です。無事に謎解きも済み、主人公が一歩踏み出すと見せかけられた分、オチの救いのなさが強烈でした。イヤミス好きなら間違いなく気に入るエピソードだと思います。

 

「よいぎつね」・・・故郷の神社で行われる行事の取材のため、二十年ぶりに帰郷した主人公。主人公は少年時代、悪仲間だったSに女性を暴行するよう強要されていた。ところが、久しぶりに訪れた故郷の地で、主人公は事件の意外な顛末を知り・・・

ホラー風味ながらしっかり現実の話だった前の二話と違い、こちらは<過去の自分に出会う>という幻想的な要素が絡んできます。そのせいか、起こっていることが陰惨な割に、綺麗にオチがついた印象ですね。このエピソードに限った話ではありませんが、狐ってこういう不可思議な物語にぴったりです。

 

「箱詰めの文字」・・・作家である主人公の家を、一人の男が訪れる、曰く、男はかつてこの家に空き巣に入っており、貯金箱を盗んだらしい。謝罪とともに返された貯金箱には、<残念だ>と書かれた紙切れが入っていて・・・・・

これは読み手によって解釈が分かれそうです。二転三転する状況に、結局どうまとまるんだろうと首を捻りっぱなしでした。全体的にじめじめと湿った雰囲気の作品が多いなか、このエピソードのカラッとした感じは妙に印象に残ります。「よいぎつね」とリンクした部分には「おお~」と思わされました。

 

「冬の鬼」・・・一月八日から始まり、一日に向かって遡っていく女性の日記。女性は無事に大願が叶ったため、両目を入れただるまをどんど焼きで焼くことにする。幸せな暮らしを送るため、女性がどうしても叶えたかった願いとは。

文章形式で進む構成が、本エピソードの耽美的な雰囲気とマッチしています。日付を遡って記述されていることからして、きっと一月一日に何か起こったんだろうなと予想できるんですが・・・真相は予想以上でした。この状況で、登場人物がやけに幸せそうなところが恐ろしいです。

 

「悪意の顔」・・・クラスメイトからのいじめに悩む主人公。ある時、主人公は一人の女性と知り合う。女性は人でも物でもキャンバスに封じ込めることができると言う。いじめの話を知った女性は、いじめっ子をキャンバスに閉じ込めてあげると持ちかけて・・・

ラスト数行の恐怖度は収録作品中随一だと思います。てっきり「よいぎつね」と同じ幻想ホラーかと思いましたが、そう簡単に予想させてはくれませんね、道尾さん。主人公へのいじめの理由がよく分からないままなところも、リアリティあって逆に怖いです。結局、あの女性の話は本当だったのかどうなのか・・・

 

特に覚えておく必要はありませんが、どの話にもキーパーソンとして「S」という人物が出てきます。そういえば、『向日葵の咲かない夏』にも「S君」が登場しますよね。これは作者である道尾<秀>介の「S君」なの?それとも特に意味はないの?うーん、気になる!!

 

その跫音が聞こえてきたら、もう逃げられない度★★★★★

昆虫や動物の存在感がありすぎる度★★★★☆

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