一説によると、<毒殺>は弱者の犯罪だそうです。凶器となる毒さえ手に入れてしまえば、腕力や特殊技能がなくても殺人を実行できること、標的と直接相対する必要がないことなどが理由なのだとか。この使い勝手の良さ(と言ってはいけないのでしょうが)から、古今東西、犯行方法に毒殺を選んだ殺人者は数多く存在します。
フィクション作品でも、毒殺がテーマとなったものは数えきれません。あまりにありすぎて例を出すのが難しいのですが、世界的な有名作品だと、アガサ・クリスティーの『蒼ざめた馬』を挙げる方が多いのではないでしょうか。タリウムを使った殺人事件が出てくるのですが、あまりに有名になりすぎて、この作品の読者が現実のタリウム中毒事件に気付き真相解明に至ったというエピソードもあるほどです。毒の存在を楽しむのは、あくまで創作の世界の中だけに留めておきたいものですね。今回ご紹介するのは、赤川次郎さんの『ポイズン 毒 POISON』。毒がキーワードとなる、上質のサスペンスミステリーでした。
こんな人におすすめ
毒をテーマにした連作短編集に興味がある人
絶対に犯行が露見しない毒薬が手に入った時、人はどうするのだろうか---――輝かしい将来のため、恋人を葬ろうとする男。自身と家族を守ろうと、因縁の相手の殺害を目論む刑事。自らの地位を脅かす存在を消し去ろうと企むアイドル。大義のため、大量殺人を計画したテロリスト。彼らの手に毒が渡った時、運命が動き始める。その先にあるのは栄光か、絶望か。毒を手にした人々の運命を描く、ミステリー連作短編集
二〇一二年にピースの綾部祐二さん主演でドラマ化されています。赤川次郎さん原作の映像化作品は『三毛猫ホームズシリーズ』『三姉妹探偵団シリーズ』等のように、どちらかといえばユーモラスな作品が多い気がしますが、本作は皮肉の効いたサスペンスミステリー。一話一話の雰囲気は結構重めなのですが、毒を回収しようと奮闘する主人公コンビの姿が軽妙なせいか、すっきりと読み終えることができました
「第一章 男が恋人を殺すとき」・・・服用者は二十四時間以内に心臓麻痺を起こして死亡し、解剖しても絶対に検出されない究極の毒薬。そんな毒の存在を知った記者・秋本は、とある企みを胸に、毒を盗み出す。秋本は出世の邪魔となった恋人に毒を盛ろうとするのだが・・・
本作で毒殺を計画する首謀者達の動機は、なかなか特殊なものが多いのですが、この話の秋本は別。<将来のため、邪魔になった恋人を殺す>という、ある意味、ミステリーではありふれた動機を胸に殺人を決意します。ここでそのまますんなり行けばよくある話になりそうなところ、被害者の状況を突飛にする辺り、さすが赤川次郎さんですね。それにしても秋本、恋人がいて、縁談があって、おまけに主人公の直子とも関係を持つなんて、節操なさすぎでしょ!
「第二章 刑事が容疑者を殺すとき」・・・刑事である中野の近所に、かつて少女殺害の容疑で取り調べた男・原田が住み始める。証拠がなく逮捕できなかったが、原田が犯人だったことは明白だ。今更近くに現れるなんて、きっと報復を企んでいるに違いない。かといって、ただ近くにいるというだけで原田を追い払うことは不可能。自身も幼い子を持つ中野は、己と家族の安全のため、原田の殺害を決意するのだが・・・・
赤川次郎さんはユーモアミステリーの名手として名高いですが、時に、一欠片の救いも希望もない物語を書かれたりします。この話は、まさにそれ。誰の努力も何一つ報われず、ただただ絶望感漂うラストに呆然としてしまいました。中野の行いは人としても刑事としても間違いだったのだろうけど、その代償がこれだなんて・・・彼は今後、正気を保っていけるのでしょうか。
「第三章 スターがファンを殺すとき」・・・国民的アイドル・弥生の唯一の悩み。それは<ファン>を名乗る正体不明の人物から、自身の立ち居振る舞いや演技の粗を事細かく指摘する電話がしょっちゅうかかってくることだ。指摘自体は的を射たものであり、誹謗中傷や暴言はないため完全に無視することもできず、ストレスが溜まる一方。そんなある日、弥生は<ファン>の電話により、事務所が今後後輩タレントをNO.1アイドルとして売り出していく計画だと知ってしまう。弥生は後輩の殺害を目論んで・・・・・
自身の地位にあぐらをかく傲慢なアイドルと、彼女の一挙手一投足をねちねち指摘するファン、アイドルの地位を脅かしかねない後輩タレント。これらの絡め方が見事で、クライマックスでは「ほほう」と唸ってしまいました。弥生の何がいけなかったかというと、たぶん、人生すべてに対し<軽すぎた>んだろうなぁ。殺人という人生最大の修羅場に対してすら、どこかお気楽で他人任せな雰囲気が否めません。まがりなりにも一度はトップアイドルになったんだし、真面目に仕事に取り組めば、別の道があったかもしれないのにね。最後の一行が印象的です。
「第四章 ボーイが客を殺すとき」・・・ホテルマンとして働く裏で、無政府主義組織のメンバーの顔も持つ笹谷は、絶対に証拠を残さない毒薬を手に入れる。タイミング良く、近々、勤め先のホテルで総理の息子が挙式予定であり、政府要人が大勢出席するはずだ。そこで料理に毒を入れ、大規模なテロを実行してやろうと画策する笹谷だが・・・
今までの三話の首謀者達は全員、個人的な感情のために毒殺を目論みますが、この話の笹谷と相棒の女性闘士が抱くのは崇高な(と本人達は思っている)大義。そのために個人としての人生を台無しにしてしまう二人の姿は、恐るべき犯罪者であると同時に、どこか物悲しかったです。エピローグで見せる主人公カップルの温かさ清々しさと対照的でした。
小説を映像化する場合、多かれ少なかれ改変が行わることがしばしばですが、本作では主人公である松井のキャラクターが激変しています。小説では、毒を管理していた大学教授で、どこかとぼけた愛すべき学者馬鹿。毒を取り戻せねばと使命感に駆られ、職員の直子と共に奔走します。対してドラマでは、殺意を秘めた人々の前にふらりと現れ、「その気があるなら使ってみろ」と毒を渡しては顛末を眺めるという、得体の知れない人物になっていました。かなり大胆な改変ですが、これはこれで丁寧に描写してあり、結構面白かったです。機会があれば、ぜひ見比べてみてください。
人を呪わば穴二つ度★★★★☆
そんな危険物、もっとしっかり管理しておいてよ!度★★★★★
綾部祐二さんがポイズンと言っていたドラマはこれだったのですね。
綾部さんが登場する時点でコミカルな内容だと思いましたが、救いがないとは意外でした。
毒殺という殺人法は解剖すればほぼ必ず毒の成分が検出されるので解決しやすいと思いますが、複雑な設定がありそうです。
ドラマ版は全話視聴したわけではないので定かではありませんが、原作はなかなか重めの雰囲気です。
実写化された場合、原作よりややマイルドになることが多いので、もしかしたらドラマの方は多少救いがあるかもしれません。
毒の設定を「海外で見つけた、絶対に検出不能の毒薬」で押し切り、科学的な説明を一切しないところが、逆に分かりやすくて良かったです。