はいくる

「いつか、ふたりは二匹」 西澤保彦

「人間が動物に変身する(逆もあり)」というのは、SFやホラーでお馴染みの設定です。お馴染みすぎて初めて見た変身ものが何だったか思い出せないくらいですが、記憶に残っているのは映画『ウルフ』。段々と狼に変わっていくジャック・ニコルソンの変貌ぶりが印象的でした。

人間が違う生き物に変身するというシチュエーションは、古今東西、たくさんの創作物で扱われてきました。青年が獣に変身する『美女と野獣』はその代表例ですし、フランツ・カフカの『変身』で主人公は巨大な毒虫に変身します。中島敦さんの『山月記』には、挫折の末に人喰い虎に変身する男が出てきますね。これらの作品の中で、登場人物達は人間の体を捨て、動物に姿を変える羽目になってしまいます。ですが、この作品の主人公の変身はちょっと違いますよ。西澤保彦さん『いつか、ふたりは二匹』です。

 

こんな人におすすめ

人の残酷さをテーマにしたミステリーが読みたい人

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寝ている間だけ猫の体に憑依できるという能力を持つ主人公・智己。セントバーナード犬のピーターという友達もでき、気ままな猫ライフを楽しんでいる。そんな智己の周囲で起きる、少女を狙った連続襲撃事件。その事件に、義姉の久美子が関係している可能性に気付いた智己は、猫の体を利用して真相究明に乗り出した。猫と犬、奇妙なコンビが辿り着いた恐ろしい真実とは・・・・・

 

「就寝中だけ猫の体に乗り移れる」というファンタジー色たっぷりのシチュエーションが魅力の本作。「なぜ主人公はそんな能力を得たのか」という作中最大の謎が最後まで解けないという所が、いかにも西澤さんらしいですね。突飛な設定と、動物や少女を狙った卑劣な犯罪とのギャップも印象的でした。

 

主人公・智己は「眠ると猫の体に憑依できる」という特殊能力を持つ小学六年生。偶然知り合ったセントバーナード犬のピーターとも親しくなり、不思議で楽しい生活を送っています。そんな中、智己の周りで少女が相次いで変質者に狙われるようになりました。誘拐未遂に車の暴走、そしてついに犠牲者が・・・・・狙われた少女たちの共通点は、智己の義姉(母親の再婚相手の連れ子)・久美子が家庭教師をしていたということでした。まさか久美子が事件に関係している?不審に思った智己は、猫の身軽さを使い、事件について調べ出します。

 

この智己がすっごくいい子で微笑ましいんですよ。新婚気分が抜けない両親や、ズボラな大学生の義姉に代わって家事一切を担当し、年齢不相応な落ち着きから「トモジイ」とあだ名されている男の子。彼の一人称で進むせいか、最初から最後までほのぼのした気分で読むことができました。

 

とはいえ、メインの事件は陰惨そのものです。無理矢理車に引きずり込んでの誘拐未遂を皮切りに、次々と狙われる少女達。犯人の目的がいまいちはっきりしない(恐らくは歪んだ性衝動)という辺りも妙に現実的で、背筋が寒くなるようです。中盤、犯人が猫(智己が憑依している)を襲う場面があるのですが、ここでの犯人の常軌を逸したサイコパスぶりは「これ、児童向け小説で書いて大丈夫なの?」と思うくらいの恐ろしさでした。

 

それと同じくらい恐ろしく描かれているのが、子どもの持つ未熟さ故の残酷さです。彼らは幼く、無邪気で、時に周囲の都合や気持ちを考えられず、自分の欲求を満たすために平気で他人を踏みにじります。こんな風に、人間の負の部分を切れ味鋭く書くところが西澤さんの特徴ですよね。ネタバレになるので詳細は伏せておきますが、ある人物が一連の事件をどう受け止めているのか、智己と同様、気になって仕方ありません。

 

残忍な出来事が次々起こりますし、結末も「みんな幸せの大団円」とは言い難いものです。ですが、このレーベルらしいテンポの良さ、スピード感のせいか、中だるみを感じることはないと思います。智己、いい男になるだろうなぁ。久美子さんともずっと仲良くねと、思わず応援したくなる良作でした。

 

相手の気持ちを想像できない人間はどうなるか・・・度★★★★☆

ポール・ギャリコの『ジェニイ』が読みたくなる度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    「秘密のアッコちゃん」や猫と会話している「魔女も宅急便」をイメージしましたが、そんなに微笑ましい作品ではなさそうです。
    残忍な事件を猫に憑依する能力で調べる展開は面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      児童書ですし、いかにも子どもが喜びそうな設定にも関わらず、救いがたい出来事がてんこ盛りでした。
      サイコパスの犯罪も怖いけど、子どもの無自覚な残酷さも恐ろしくて・・・
      ただ、ラストには救いがあるので、後味は悪くないと思います。

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