はいくる

「二百十番館にようこそ」 加納朋子

<ニート>の正式名称をご存知でしょうか。<Not in Education,Employment or Training>の略称で、勉強することも就労することも職業訓練を受けることもない者を指します。年齢は、一般的には十五歳から三十四歳までと定義されているとのこと。「五体満足な人間が、教育や勤労の義務も果たさずだらだらしているなんて」と、世間の厳しい目に晒されることが多い立場です。

ニートが小説の主要登場人物になる場合、いかにして彼(彼女)はニート生活に終止符を打つかがポイントになることが多いです。例を挙げると、里見蘭さんの『さよなら、ベイビー』や、過去にブログで取り上げた近藤史恵さんの『歌舞伎座の怪紳士』がそれに当たりますね。上記の作品の主人公達は、それぞれ思いがけない形で再出発の機会を掴み、一歩を踏み出します。では、この作品の主人公はどうでしょうか。加納朋子さん『二百十番館にようこそ』です。

 

こんな人におすすめ

ニートの再出発を描いたヒューマンドラマが読みたい人

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何かを変えるなんてできっこない・・・そうだろうか、本当に?---――自堕落なニート生活の末、親から離島に島流しにされた<俺>。資産と呼べるものは、五十万入りの通帳と、親戚の遺品である建物一軒のみ。このままではいずれ干上がると恐れ戦いた<俺>は、似たようなニートを呼び集めてシェアハウス<二百十番館>生活を始めようと思い立つ。これなら金銭面でも防犯面でも安心だし、なんて名案!と思いきや、それは波乱万丈な島暮らしの始まりだった。一癖も二癖もある新住民、か弱そうに見えて肝の据わった島の老人達、いきなり館内に乱入してくる猪、母子共に危険な状態で発見された妊婦、二百十番館での暮らしに隠された意外な秘密。空と太陽の下、新たな一歩を踏み出す人間達を描いたハートウォーミングストーリー

 

ニートの社会復帰をテーマにした作品は数多くあれど、ニートがいきなり離島暮らしをする羽目になるってなかなか斬新ではないでしょうか。これが櫛木理宇さん辺りなら、田舎の狭さや暗さをこれでもかこれでもかと描いてくれそうですが、そこはやっぱり加納朋子さん。持前の温かな筆致で、登場人物達をほのぼのユーモラスに見守ってくれます。それでいて、田舎の不便さや暮らしにくさもちゃんと感じさせるところに、加納さんの描写力の巧みさを感じました。

 

主人公の<俺>は、うまくいかない就職活動で心が折れ、オンラインゲーム三昧の日々を送る自称・自宅警備員。そんな彼のもとに、亡き伯父が離島に建つ館を遺してくれたという知らせが届きます。早速下見に出向いた館は資産価値こそ低そうなものの、売れば二束三文にはなるはず。これでゲームに課金できる!<俺>は喜びますが、なんと彼が下見に出かけている間に、両親はすべての連絡手段を絶った上で家から引っ越していました。定職のない<俺>が住める場所は、遺産である建物のみ。ですが、収入のない身では遠からず食い詰めることは必至です。苦肉の策として、<俺>は建物に<二百十番館(210=ニート)>と名前を付け、ネットやチラシで入居者を募ってシェアハウス暮らしを始めようと考えます。そうして集まったのは、<俺>の予想を遥かに超える個性的な面々でした。

 

 

このシェアメイト達が一筋縄ではいかず面白いんですよ。密着型の母親の影響でコミュ障となったヒロ、過酷な経験から職を辞した元医者のBJ(オンラインゲーム上の名前)、男子小学生並の精神構造を持つサトシが定住メンバーで、時折、チャラ男風イケメンのカインが登場。それぞれの理由で社会に馴染みきれない面々ですから、当然、共同生活も上手くいきません。それは主人公も同様で、特に序盤の甘えぶりには本気でイライラさせられることでしょう。そんな彼らがどうやってコミュニケーションを取り、生活を回していくかが、本作の重大なポイントです。

 

ここで役立つのが、主人公達が熱中しているオンラインゲームの存在です。彼らは同じRPGゲームにハマることになるのですが、これはプレイ中に参加者同士が自由に交流できるゲーム。面と向かってはなかなかすんなりやり取りできないメンバーも、ゲーム内でならきちんと話せます。オンラインゲームの特性を活かし、思いがけない相手と繋がることもできます。ニートを扱った作品の場合、現実逃避の象徴として扱われがちなオンラインゲームですが、本作ではネットが持つメリットをきちんと描いてあって好印象でした。

 

あと、主人公達が頑張る理由が、基本的に己の欲求を満たしたいためというところも親近感湧きましたね。パソコンで楽しく遊びたいから島のネット環境を整え、熱々のラーメンが食べたいから運搬システムを整備し、気軽にコンビニに行きたい(離れた大きな島には店舗がある)から交通手段をひねり出す・・・「真っ当な社会人になりたい」とか「こんな自堕落なままじゃダメだ」とかいう理由を持ち出されるより、よっぽどリアリティあるんじゃないでしょうか。私もそうだから分かるのですが、自分のやりたいことのためには馬力を出すというオタクの性質がよく表れていると思います。

 

田舎特有の閉鎖性などはほとんど描かれておらず、「うまくいきすぎ」と感じる読者もいるかもしれません。ですが、何かと心配事の多いこのご時世、こういう人の善性を素直に信じられる物語も必要だと思います。終盤ではちょっとしたミステリーが仕掛けられているところも、推理小説好きとしては嬉しい限りです。こんな島が本当にあるなら、ぜひとも行ってみたいなぁ。

 

じーちゃんばーちゃんがいい味出しすぎ!!度★★★★★

漫画とアニメの知識があればより楽しめる度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    面白かったですね。親にほぼ強引に追い出だされて放り出されたニートが自分で工夫して生活していく過程が面白かったです。有川ひろさんの「フリーター家を買う」などニートの自立は小説の題材になりやすい~と感じました。
     読んでいてドラゴンボールの鳥山明さんもニートだったと漫画の短篇集コミックに書いていたのを思い出しました。

    1. ライオンまる より:

      ニート時代の主人公の怠惰っぷりにイラつかされた分、彼が少しずつ前進していく様子が清々しかったです。
      ところで、鳥山明さんってニートだったんですか!!
      全然知らなかったので驚きです・・・

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