はいくる

「きたきた捕物帖」 宮部みゆき

別作品のレビューで、「小説には、主役にしやすい職業がある」と書きました。ミステリーなら刑事や法曹関係者、ジャーナリスト。経済小説なら銀行員や証券マン。では時代小説はというと、ダントツ一位とまではいかずとも、上位三位に確実に入るのが<岡っ引き>だと思います。これは奉行所の役人などの手足となって働いた協力者のことで、主な役目は情報収集。正式な役職ではなく無給のため、自身あるいは妻が本業を持っているケースが大半だったとのこと。大勢の人間と接触して調査活動を行うという役目の性質上、事件と絡めやすいですし、登場人物も膨らませられるので、時代小説では重要なポジションを担うことが多いです。

岡っ引きが登場する作品と聞いて、一番連想されるのは『半七捕物帖』『銭形平次捕物控』ではないでしょうか。どちらも繰り返し映像化された人気作品ですし、漫画やドラマなどでオマージュ要素が出てくる機会も多々あるので、小説は未読でも名前を知っているという方も多いと思います。今回取り上げる作品も、上記二作品に並ぶ人気シリーズになるのではないかと予想しています。宮部みゆきさん『きたきた捕物帖』です。

 

こんな人におすすめ

人情味溢れるお江戸ミステリーが読みたい人

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時は江戸、舞台は深川。頼れる岡っ引きの親分・千吉を亡くした見習いの北一は、一人前の男になるべく毎日を懸命に生きている。まだ半人前のおいらに岡っ引きの跡が継げるはずもないし、親分の本業だった文庫(こまごました物を入れる箱)売りで身を立てられるよう頑張ろう。そんな決意とは裏腹に、北一の周囲では謎めいた出来事が次々と起こる。しくじることなく顔を作らないと不幸が起こる福笑い、升目に書かれた出来事が現実となる双六の謎、熟練の差配人が巻き込まれた誘拐事件の顛末、幸せなはずの祝言の日に起きた生まれ変わり事件の真相・・・・・江戸を舞台に繰り広げられる時代ミステリー新シリーズ、開幕!

 

著者の宮部みゆきさんは、前書きにも書いた『半七捕物帳』の大ファンであり、「いつか<捕物帖>と銘打ったシリーズを書きたい」と願った末に本作を執筆されたとのこと。ストレートに<捕物帳>とするのは畏れ多くて<捕物帖>にした、というところが、なんだか微笑ましいですね。ただ、『半七捕物帖』の半七が、ガンガン功績を上げて岡っ引き仲間の間で頭角を表していくのに対し、本作の北一はまだ十六歳の子ども。捕物どころか、日常生活のあれこれもよく分かっていないところが多々あります。そんな彼が、周囲の協力を得つつ少しずつ成長していく様子は、読んでいてとても爽やかでした。

 

「ふぐと福笑い」・・・北一が尊敬していた千吉親分が、ふぐに当たって死んでしまった。悲しむ暇もなく日々の暮らしに追われる北一に、長屋の差配人である富勘がとある話を打ち明ける。なんでも、一度遊び始めたら最後、間違えることなく顔を配置しないと災いが起きる福笑いがあるそうで・・・・・

第一話ということもあり、主人公の北一をはじめ、亡き千吉の跡を継いで文庫屋を営む万作・おたま夫婦、一筋縄ではいかない差配人の富勘、明るく思いやりのある女中のおみつなど、準レギュラーキャラクターが続々出てきます。中でも存在感を放つのが、千吉の妻である松葉。彼女は盲目ながら五感が非常に鋭く、人間心理を見抜く聡明さを持っています。北一が考え、松葉が行う福笑いの解呪は実に巧妙かつ温かなものでした。なお、収録作品中、唯一このエピソードのみちょっと怪談めいており、『三島屋変調百物語』シリーズとも通じる雰囲気です。

 

「双六神隠し」・・・十一歳の少年が巻き込まれた神隠し事件。遊び仲間の子ども達曰く、みんなで偶然見つけた双六で遊んだ時、少年は神隠しを連想させる升に止まったという。やがて少年は五体満足で帰ってくるものの、失踪中の記憶はなし。間もなく、今度は遊び仲間だった子どもの一人が消えた。その子どもは双六で遊んだ際、死を連想させる升に止まっていて・・・・・

第一話とは打って変わって、人間の業の深さをこれでもかと感じさせる内容でした。そこに子どもが巻き込まれると、より一層やりきれなさが高まりますね。救いは、周囲に手助けしてくれる人間がいることでしょうか。いつか、彼らが屈託ない気持ちで一堂に会せる日が来ることを願ってやみません。あと、行方不明の子どもを探す北一の「誰も怒ってないぞ。叱らないから出てこい」という呼び声が優しくてほっこりしました。

 

「だんまり用心棒」・・・ある日、富勘は女たらしの道楽息子と、彼に弄ばれた町娘の揉め事を仲裁することになる。富勘の機知により道楽息子は勘当、町娘には相応の慰謝料が支払われるも、時置かずして富勘が誘拐されてしまう。勘当されたことを逆恨みした道楽息子の仕業ではないか。北一は、とある人間の手を借り、富勘を救出しようとするが・・・・・

冒頭で見せられる道楽息子の品性下劣さが凄まじく、彼が鼻っ柱を折られて勘当される展開は拍手喝采!・・・なのですが、事はそう簡単には終わりません。富勘の失踪事件と、正体不明の人骨を掘り返す羽目になった北一の行動がうまく絡み合い、終盤の大捕物に結び付く流れは実に痛快でした。さらに、ここで湯屋で釜焚きを行う謎多き青年・喜多次が登場します。背景が一切不明ながらやたら腕っぷしが強いというミステリアスな人物で、どうやら北一の相棒になる様子。色々と秘密がありそうなので、今後が楽しみです。

 

「冥土の花嫁」・・・とある味噌問屋の跡取り息子が再婚することになった。前妻と早くに死別し、意気消沈していた跡取りのようやくの再婚だ。ところが祝言当日、「私は死んだ前妻の生まれ変わりだ」と主張する女が現れる。最初は誰もが不審がったものの、女は前妻にまつわるありとあらゆる事柄を熟知していて・・・・・

第一話と同様、怪談寄りの話かと思いきや、ごく一部の身内を除き、ほとんどの人間は「生まれ変わりなんて嘘っぱち。仮にそんなことがあったとしても、祝言当日に乗り込んでくるなんて怪しすぎる」ときっぱり言い切っています。その中でも、これまで悩める北一の助言役を務めてきた松葉が、「そんな騙りは悪質だ。許せない」と激怒し、自ら関係者のもとに乗り込んでいく姿が印象的でした。夫と死別したばかりの彼女には、亡き人への想いを利用する悪党が許せなかったんでしょう。そして、このエピソードで、北一の人生もターニングポイントを迎えます。喜多次とも段々と信頼関係を築けているようだし、これからの二人の名コンビっぷりが早く読みたいですね

 

なお、本作は過去の宮部作品とリンクしています。北一が住む長屋は、『桜ほうさら』で主人公が住んでいましたし、名前がちらりと出てくる岡っ引きの政五郎は『初ものがたり』『ぼんくら』シリーズにも登場していました。さらに、『初ものがたり』既読の読者なら必ず知っているであろう稲荷寿司屋の親父さんに言及する部分まで!未読でも全然問題ありませんが、読めば本作の面白さが増すこと間違いなしです。『桜ほうさら』は、読んだのが昔すぎて忘れている部分があるので、近々再読しようと思います。

 

登場人物達の今後が知りたすぎる!!度★★★★★

人は美しくも醜くもある度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    時代劇~「銭形平次」「大岡一前」などで岡っ引は町人としては良い給料を貰っているというイメージでしたが無給だったとは初めて知りました。今でいう刑事が使っている情報屋に近かったみたいですね。役人から手間賃を貰う副業のような仕事で本業が別にあるからこそより小説に使いやすいと感じました。まさに時代劇そのままの江戸の下町情緒が楽しめそうです。

    1. ライオンまる より:

      宮部みゆきさんの他の時代小説の記述によると、他に正業を持たずに食べていける岡っ引きがいたら、それすなわち「賄賂をもらいまくっている」
      ということらしいです。
      岡っ引きだけでなく、文庫売りという主人公の本業も活かした時代ミステリーでした。
      早くも次作が楽しみです。

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