はいくる

「隣はシリアルキラー」 中山七里

<シリアルキラー>という言葉が使われ出したのは、一九八四年、捜査関係者がアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディを指して言ったことが始まりだそうです。意味は、何らかの心理的欲求のもと、長期間に渡って殺人を繰り返す連続殺人犯のこと。<serial=続きの>という言葉が示す通り、複数の犠牲者を出すことがシリアルキラーの定義とされています。

シリアルキラーが小説に登場するパターンとして一番多いのは、<犯行を繰り返す殺人鬼vs犯人と戦う善人>ではないでしょうか。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』はこの典型的なケースですし、貴志祐介さんの『悪の教典』や宮部みゆきさんの『模倣犯』などもこれに当たります。今回取り上げる作品もそのパターン・・・と思っていたら、ちょっと予想外の展開を迎えました。中山七里さん『隣はシリアルキラー』です。

 

こんな人におすすめ

連続殺人が出てくるサスペンスミステリーが読みたい人

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俺の隣人は凶悪殺人犯なのだろうか---――工場勤務の青年・神足の悩みは、寮の隣室に住む中国人労働者が、深夜に長々とシャワーを浴びること。音が気になって熟睡できず、苛立つ神足だが、ある日、恐ろしい疑惑を抱く。連日繰り返される、あまりにも長いシャワーの音。何かを切断するような鈍い音。もしや、隣人は死体を解体しているのではないか。神足の不安を煽るかのように、付近では切断された女性の体の一部が発見されるという事件が発生。真偽を確かめるため、神足は隣人を尾行することにするのだが・・・・・

 

表紙からして「グロい展開が苦手な人は読まないでね」という制作側の配慮がプンプン香ってきます。何しろ、排水口に流れていく大量の血液の絵なわけですから・・・事件自体も、女性のバラバラ殺人という惨いもので、ここ最近の中山作品の中では屈指の生々しさだと思います。救いは、残酷な監禁・拷問シーンなどはないことと、捜査に当たるのが『夜がどれほど暗くても』に続き宮藤・葛城刑事コンビということでしょうか。特に葛城刑事の、関係者全員に言われる刑事らしからぬ雰囲気は、事件の陰惨さを中和してくれていました。

 

主人公は、メッキ加工工場に勤める作業員・神足。独身寮の隣に住む中国人・徐が深夜に大音量でシャワーを浴びることに悩んでいます。寮の壁が薄いため安眠を妨害され、硫酸などの危険な薬品を扱う業務に支障が出るのです。直接抗議しようとしても、たどたどしい日本語しか話せない徐にはうまく伝わらず、苛立ちが募るばかり。そんなある時、シャワーだけでなく、何か重い物を切断する音を聞いた神足は、一つの疑念を抱きます。もしや徐は、殺した人間の死体を浴室で解体しているのでは?同時期、付近では切断された女性の体の一部が発見されます。徐の振る舞いにおかしなものを感じた神足は、深夜、外出する徐の後をつけました。そこで、驚愕の光景が待ち受けているとも知らず・・・・・

 

と、こんな感じで進んでいく展開は、まさにシリアルキラーものの王道をいく不気味さです。よくあるパターンと違うのは、まず、主人公は隣室の不気味な物音を聞いただけであり、徐が連続殺人鬼だと確定したわけではない点でしょう。作中でも、神足が信頼できる同僚やガールフレンドに不安を打ち明けると、「気にしすぎ」「外国人への偏見があるのではないか」とやんわり窘められてしまいます。実際、神足の徐を見る目は公平とは言えない模様。また、神足が徐についてあれこれ思索する過程で、日本で働く外国人労働者の過酷な生活環境も見えてきます。事件の本筋とは直接関係ないながら、こういう問題をさらりと絡ませるのが、中山七里さんの巧いところですね。

 

そして、本作が世に数多あるシリアルキラーものと違うもう一つのポイント。それは、主人公の神足自身、大きな秘密を抱える身というところです。途中、徐に関するあまりに凄惨な光景を目撃した神足ですが、自身の秘密のせいで、堂々と警察に通報することができません。ガールフレンドが狙われる可能性が浮上しても、自分でこっそりボディガード役を務めるのみ。なんでそんなにこそこそしているの?という謎は中盤で解けるのですが、ここは非常に読みごたえありました。ネット上の読者の感想を見ると、事件の真相そのものより神足の真実の方がインパクトあったという声もある様子。正直、私も同意見です。

 

ちょっと面白いなと思ったのは、レビューサイトなどで本作を褒める人とイマイチと言う人、どちらもほぼ同じ内容を言っていることです。褒める人は「真相にリアリティがある。現実の事件って感じ」、イマイチと言う人は「呆気なさすぎる。これじゃまるで現実の事件じゃん」。その評価はどちらも正しく、本作の真相はあまりに呆気ないものですし、登場人物数が少ないので犯人も割と簡単に分かると思います。中山七里さんのシリアルキラーものでいうと『連続殺人鬼カエル男』のような衝撃は感じないかもしれません。ですが、現実世界で起きる事件の真相なんてそんなもの。<何百年も前から続く血の因縁>だの<政府を巻き込んだ陰謀劇>だのがそうそう転がっているはずもないことは自明の理です。ジャンルがジャンルなので爽快感は低めなものの、リーダビリティの高い中山ワールドを味わいたいという読者なら、まず満足するのではないでしょうか。欲を言えば、切れ者であるはずの宮藤刑事の見せ場が少なかったので、次は活躍してほしいです。

 

あそこで終わるはずがないと思ったよ度★★★★☆

職場の緊張感が凄まじすぎる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    中山七里さんデビュー10周年連続刊行企画も終わって寂しいです。
    これもなかなか衝撃的でした。
    主人公神足の人生背景もまた驚かされました。
    オチがなんとなく読めたと思ったら裏をかかれた~と言った感じです。
    なかなかグロイ内容でした。
    先ほど櫛木理宇さんの「殺人依存症」を読み終えました。
    全く救いのない終わり方でどんよりした気分になりました。
    「隣はシリアルキラー」の方がまだマシ?と思ったぐらいです。

    1. ライオンまる より:

      本作の場合、主人公を除くと、殺人者に襲われる当事者視点の描写がないため、グロくはあってもあまり陰惨な
      感じはしませんでした。
      対して、「殺人依存症」のはこれでもかこれでもかというほど陰気な気分にさせられそうですね。
      まだ図書館に入庫されていませんが、読む時はちゃんと覚悟を決めておこうと思います。

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