はいくる

「七色の毒」 中山七里

<色>には、人の気持ちに働きかける力があるそうです。赤やオレンジは活力を呼び覚まし、緑は心をリラックスさせ、ピンクは幸福感を感じさせるのだとか。そういえば一昔前、戦隊ヒーローは、行動派の<赤>やクールな<青>というように、各々の個性と色が対応していることが多かったですね。実際にはそこまで明確に性質が分かれるようなことはないのでしょうが、色が印象を左右することは確かだと思います。

小説の世界においても、色をテーマにした作品はたくさんあります。昔、当ブログでも取り上げた加納朋子さん『レインレイン・ボウ』でも、各話の主人公と、タイトルとなる色が上手く組み合わされていました。これはヒューマンドラマですが、色をテーマにしたイヤミスなら、今回ご紹介する作品がお勧めです。中山七里さん『七色の毒』です。

 

こんな人におすすめ

どんでん返しのあるミステリー短編集が読みたい人

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バス事故が呼び覚ます過去の業、いじめ事件の背後から浮かび上がる残酷な悪意、有名作家の不審死から垣間見える欲望劇、人生の春を謳歌する男が陥った惨い罠、ホームレス襲撃事件の裏に潜む妄執の行方、二人分の人生を生きる子どもが知った冷たい真実、不可解な保険金騒動に隠された悲しい思惑・・・・・七つの絡み合う人間模様に、犬養隼人が鋭く挑む!!

 

中山七里さん本人が「間違いなく、私の最高傑作です」と言い切った作品です。その言葉通り、収録作品のレベルは総じて高く、短いページ中に仕込まれたどんでん返しの切れ味も抜群!私にとっては、人生で初めて読んだ中山七里作品ということで、思い出深い一冊でもあります。

 

「赤い水」・・・複数の死傷者を出す大規模なバス事故が発生。運転手は取材陣を前に自身の非を全面的に認め、事故は自動車運転過失致死傷罪で落着する・・・はずだった。捜査に臨む交通捜査課を、犬養隼人が訪れるまでは。

『刑事犬養隼人シリーズ』は、基本的に犬養隼人目線で進んでいきますが、本作は事件の関係者目線で物語が進行することが多いです。この話で視点となるのは、交通捜査課で働く犬飼の同期・蓬田。主観抜き、他人目線で見た犬飼がこれほど有能かつ油断ならないのかと、しみじみ感じ入ってしまいました。本懐を遂げたはずなのに希望のないラストが印象的です。

 

「黒いハト」・・・その日、一人の男子中学生が投身自殺を遂げた。いじめを苦にしての自殺であり、親友・春樹は見て見ぬふりしてしまったことを後悔する。事態は日に日に大きくなり、ついには警察が捜査を開始。いじめ主犯格の生徒や、いじめを黙認した学校関係者は、次々と裁きを受けることになる。そんな中、春樹の前に、犬養隼人と名乗る刑事が現れて・・・・・

いじめをテーマとした話では、責任逃れをする加害者をどう断罪するかが重要な点となります。ですが、この話では、世論に押されるかのように加害者も教職員もどんどん裁かれ、逮捕者まで出る展開に。これでいいのだけれど、ミステリー部分はどこに?・・・と思ったら、クライマックスでとんでもない反転劇が待っていました。胸糞悪さという点では、これが収録作品一番ではないでしょうか。願わくば、犬養の言う通り、諸悪の根源が今後苛烈な報いを受けますように。

 

「白い原稿」・・・都内の公園のベンチで、歌手兼作家・桜庭が胸にナイフが刺さった状態で死亡しているのが発見された。その後、警察に自首してきたのは、自称・小説家の荒島という男。曰く、荒島が受賞するはずだった文学賞を、桜庭が圧力により横取りしたことを恨んで犯行に及んだという。桜庭は確かに文学賞を受賞しているものの、作品の評判は最悪。本人もそのことを気に病んでいたようで・・・

実在の俳優さんが関わる某文学賞受賞騒動をモチーフにしたと思われる話です。あちこちに現実を彷彿とさせる記述が多く、思わずニヤリとしてしまう読者も多いのではないでしょうか。ところで、文壇が舞台ということで、この話はなんとなく毒島刑事向きな気もしますね。毒島ならば、ラストに現れた黒幕にどんな言葉を投げかけるのか、かなり気になります。

 

「青い魚」・・・唯一の肉親である弟とは反りが合わず、孤独に生きてきた釣り具屋店主・帆村。そんな彼の人生に光が差した。客としてやって来た女性・恵美と恋に落ち、とんとん拍子に結婚が決まったのだ。恵美の兄・由紀夫も人好きのする性格で、帆村は家族を持つ喜びに浸る。そんなある日、三人は海へハギ釣りに出かけるのだが・・・

この話は、今しも犯罪被害に遭いそうな標的目線で進行します。冴えない帆村の前に突然現れた魅力的な兄妹も怪しいけど、反社の匂いがプンプンする弟もキナ臭い・・・と思わせてから、さらにもう一ひねりある構成が強烈でした。でも、これって不可抗力な部分も大きいよなぁ。犬養は容赦ないけれど、だったらどうすりゃ良かったのよと、つい詰め寄りたくなってしまいます。

 

緑園の主」・・・ホームレスが大火傷を負った傷害事件と、中学生が劇薬を盛られて死亡した殺人事件。一見無関係と思えた二つの事件に、意外な繋がりが見えてくる。なんと、ホームレスに火傷を負わせたのは、毒で死んだ中学生だったのだ。どうやらこの少年、裏ではかなりの問題児だったようで・・・

「黒いハト」もそうでしたが、子どもと犯罪が絡むと、胸糞悪さも倍増ですね。この話の場合、ホームレス襲撃に中学生毒殺という強烈な展開と、クライマックスの静かな執念の対比がインパクト抜群でした。第一話同様、目的達成したはずなのに満足とは程遠い様子が切ないです。

 

「黄色いリボン」・・・小学生・翔には秘密がある。放課後、家の近所でだけ女の子の恰好をし、<ミチル>と名乗って過ごすのだ。こんなことがバレたら世間に爪はじきにされるという理由で、両親は<ミチル>のことは家族だけの秘密にしろと厳命する。だが、ある時から、知らない大人たちが口々に<ミチル>のことを聞くようになり・・・

秘密だった<ミチル>の存在が徐々に実生活に侵食してくる様子は、ちょっとしたホラーのよう。とはいえ、これは『刑事犬養隼人シリーズ』なので、ちゃんとミステリーとしてのオチがついています。翔は果たして性同一性障害なのか、それとも刷り込みの結果なのかが、ものすごく気になる・・・唯一、不審者がなぜあんなに不審だったのかという理由には笑わされました。

 

「紫の献花」・・・タクシー会社で配車係として働いていた男・高瀬が、無残な刺殺体となって発見された。その保険金の受取人は、高瀬とは縁もゆかりもないはずの樫山有希という女性。この二人に、一体どんな繋がりがあるのだろう。やがてそこに、約一年前に起きたバス事故が絡んでいることが分かり・・・

書き下ろし作品であり、第一話「赤い水」の後日談です。やり切れないものの、収録作品の中では比較的救いがある方かもしれません。謎の作り込みかたも緻密で、この二作品を膨らませて大長編が出来上がりそうです。それはそうと、ふと思ったのですが、ここで出てくる元アスリート・樫山有希のキャラクターは、『翼がなくても』の沙良に引き継がれているのでしょうか。

 

ちなみに、本作は二〇一二年から二〇一三年にかけて不定期に執筆された短編をまとめたものです。作中でも、序盤ではぎすぎすしていた犬飼と娘の親子仲が、最終話ではほんの少し改善されている等、時間の経過が見て取れて面白かったですよ。<色>はまだ他にもたくさんあるので、第二弾が読みたいものです。

 

関係者視点の犬養隼人が切れ者すぎる度★★★★★

社会問題の取り入れ方がお見事!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     犬飼隼人シリーズで最初に読んだ作品です。
     「黒いハト」「黄色いリボン」は本当に胸糞悪い内容で印象的でした。
     「青い魚」の返り討ちの結末も印象的でした。
     まさに七色の毒のようななかなかのイヤミス揃いでした。
    この後に読んだ「ハーメルンの誘拐魔」がさらに印象的でした。
     犬飼隼人は御子柴弁護士や光崎教授ほど強烈な個性はないですが、その分ストーリーの背景のえげつなさが凄く、わざと主人公のキャラクターを抑えて内容を前に出している気がします。
     櫛木理宇さんの「ふたり腐れ」面白かったです。
     百田尚樹さんの久しぶりの新作「モンゴル人の物語」はハズレでした。

    1. ライオンまる より:

      仰る通り、犬養隼人は登場回数が多い割に、個性を控え目に描写されていますよね。
      そのため、事件がより強く印象に残るのでしょう。
      先日再読した「カインの傲慢」もなかなかに強烈でした。
      百田尚樹さん、そういえば最近読んでなかった・・・
      「幸福な生活」「夢を売る男」は大好きですが、「モンゴル人の物語」はどうしようか、ちょっと迷っています。

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