小説や漫画がシリーズ化するための条件は色々ありますが、まず第一は<一冊目が面白かったこと>だと思います。最初の一歩の出来が良く、人気を集めたからこそ続編が出るというのは自明の理。シリーズ作品の中で、一番好きなものとして第一作目を挙げる人が多いのは当然と言えるでしょう。
ですが、人の好みはそれこそ十人十色なので、「一作目も面白いけど、自分は続編の方が好き」ということも多々あります。私の場合、綾辻行人さんの『館シリーズ』は、日本ミステリー界に激震が走った一作目『十角館の殺人』より、六作目『黒猫館の殺人』の方が好きだったりします。それからこれも、続編の方が好みでした。宮部みゆきさんの『夢にも思わない』です。
こんな人におすすめ
ほろ苦い青春ミステリーが読みたい人
毎年秋に公園で開催される虫聞きの会。風流なはずの会場で、なんと少女の遺体が発見された。被害者の身元は、<僕>こと雅男のクラスメイトであるクドウさんの従姉妹・亜紀子。捜査が進むにつれ、亜紀子が売春組織のメンバーだったことが分かり、身内だということでクドウさんも無遠慮な噂の的にされてしまう。このままではいけない。事件が無事解決すれば、世間は落ち着いてクドウさんも救われるはず。そう決心した雅男は、親友の島崎とともに調査を開始するのだが・・・・・揺れる少年少女の心と、あまりに苦い事件の顛末を描いた、傑作青春ミステリー
語り手の<僕>(本名・緒方雅男)と頼れる相棒の島崎俊彦が活躍する『親友「島崎君」シリーズ』第二弾です。一作目は、雅男の家が巨額の遺産を相続したことから始まる悲喜劇を描いていました。そちらももちろんすごく面白かったのですが、私としては殺人事件が絡み、よりサスペンス要素が強い本作の方が好みです。一部共通する登場人物もいるものの、話は独立しているのはこちらから読んでも支障はありません。せいぜい<雅男と島崎君は過去にも協力してトラブルに臨んだことがあるよ>程度のことを把握しておけば大丈夫です。
晴れて中学生になった雅男は、同じクラスの大人しい女の子・クドウさんに絶賛片思い中。ある日、クドウさんから、近所の公園で開催される虫聞きの会に行く予定だと聞かされた雅男は、仲良くなりたい一心で自分も参加することに。ところがその会場で、クドウさんの従姉妹・亜紀子が他殺体で発見されるという事件が起きてしまいます。やがて亜紀子が<会社(カンパニー)>という売春組織に所属していたことが分かり、血縁者であるクドウさんは<売春婦の従姉妹>だと、中傷の的になりました。クドウさんを悪意から救うため、島崎君をはじめ友人達の協力のもと、事件の真相解明に挑む雅男。彼を待ち受けていたのは、想像を遥かに超える悪意に満ちた真実でした。
子ども描写の巧さに定評がある宮部みゆきさんですが、その手腕は冒頭から最後一ページに至るまで余すところなく発揮されています。この方の描く子どもって、すごく大人びて聡明な面もありつつ、フィクションにありがちな万能キッズではないんですよね。一途でまっすぐな雅男にしろ、年齢不相応に賢く落ち着いた島崎にしろ、決して何でもできるわけではありません。中学生なだけあって、外出には周囲の目を気にしなくてはならないし、治安の悪い地域にほいほい調査に出かけられるわけでもない。重要な手がかりらしきものを見つけても、警察からは「捜査は警察の仕事だ」とぴしゃりと言われてしまう。相手のことを思いやっているようで、あと一歩の配慮が足りず、人間関係がぎくしゃくしてしまうこともある。そんな子どもらしいままならなさの描き方が秀逸でした。個人的には、可憐なクドウさんより、元気一杯でしゃきしゃきした伊達さんが大好きです。橋口君とお幸せにね!
そんな瑞々しさとは対照的に、事件そのものはとても生臭く陰惨なものです。被害者・亜紀子は家庭環境に恵まれず、売春組織にのみ居場所と生き甲斐を見出していました。そういう少女は亜紀子だけではなく、多くの悩める少女達が「ここなら私は受け入れてもらえる」と思い込まされ、体を商品にされ、搾取され続けます。このやり口は本当に胸糞悪くなるほどで、中盤、勝気な伊達さんが涙してしまうのも分かりました。現実の違法組織も、こういう手口で人数を増やしているんだろうなと思える辺りも、本当に恐ろしいです。雅男目線で言うと、(死んだとはいえ)身勝手で攻撃的だった亜紀子は悪い奴なんでしょうが・・・飼い犬の下りからして、亜紀子は本当に売春組織しか生きる場所がないと思っていたんだろうな。
で、肝心の事件の真相ですが、これは後半できっちり解決します。亜紀子殺害の謎は解け、犯人も分かり、売春組織にも捜査の手が入ります。これにて一件落着・・・ならば話は簡単なのですが、そういうわけにはいきません。これだと、主人公が雅男&島崎君である必要はなく、それこそ『杉村三郎シリーズ』辺りの一作品でも良くなります。ですが、本作の主人公は、心身共に大人になりかけながら未熟な中学生。彼らの必死なようでいて浅はかな行動が何を招いたか。頼るべき大人を頼らず、中途半端な気遣いがどういう結果を生んだか。それを突きつけられる、本当のクライマックスには言葉を失いました。本作が執筆された時期には、『理由』『クロスファイア』等、清々しいとは言い難い作品が刊行されていますが、それらと比べても遜色ない苦さだと思います。これじゃあ雅男があんまり報われないので、いつか三作目が書き上げられ、また少し大人になった雅男と島崎君の姿が見てみたいものです。
爽やかさと苦々しさの落差が凄い・・・度★★★★☆
十代には十代なりの正義がある度★★★★★
宮部みゆきさんの作品で初めて読んだ作品は「火車」でした。
ただ東野圭吾さんの「白夜行」「幻夜」を読んだ後だったので、それに比べて悪女のストーリーとしては弱くそれほど印象に残りませんでした。
長過ぎて2冊目の「魔術やささやく」そして「レベル7」を読んで宮部みゆきさんにハマり出し躊躇していた「ソロモンの偽証」も一気読みでした。
宮部みゆきさんは登場人物たちの背景が濃厚過ぎて疲れますがそれでも読みたくなります。ほろ苦い青春ミステリーは「ソロモンの偽証」を思い出しますが、これは読んでみたいですね。「杉村三郎」シリーズも読んでみたくなりました。
個人的には、主人公が凛々しすぎる「ソロモンの偽証」より、子どもらしい幼稚さ浅はかさが見える本作の方が好きだったりします。
「杉村三郎シリーズ」もすごく面白いですよ。
ただ、後味悪いエピソードが多いので、読む時は心の準備が必要かもしれません。
この宮部みゆきさんの「夢にも思わない」は、中学1年生のコンビのシリーズ第2弾ですね。
前の騒動の時は、丁度夏休みにかかる時期でしたが、今回は秋の虫の音を聞くという風流な会から物語が始まりますね。
序盤から中盤にかけては、雅男と島崎を中心とする中学1年生たちの淡い恋心や友情が描かれ、殺人事件が起こりながらも、ほのぼのとした雰囲気。
しかし、この中学生らしい語り口に油断していると、中盤以降の宮部みゆきさんの鋭い切り口には驚かされてしまいます。
実はこの作品は、社会派小説でもあったのですね。「悪意の不在」とでも言うのでしょうか。
はっきりとした悪意が存在して問題を引き起こす場合よりも、この方が実は相当、たちが悪いのかもしれません。
恐怖のあまり、その恐怖から逃れるために、苦し紛れにやってしまったこととはいえ、本当は許されることではないはずです。
しかし、このように突き放されてしまったら、その後どうなってしまうのでしょうか。
このことを本人が本当に理なのかもしれません。
しかし、いくらその場で説明しても無駄だと分かっていても、それが残酷な仕打ちのように見えても、やはり言葉だけでも尽くすべきなのではないかと思います。
後でその言葉を思い出して、改めて理解することもできるのですから。
この結末となってしまったのは、やはり中学生らしい純粋さ故なのでしょうね。
秋の夜は、雅男を大人にしてしまったようです。ほろ苦さが残る物語でした。
私は第一弾「今夜は眠れない」より、本作の方が好みでした。
殺人事件自体がきっちり解決した後、ひっそりと明らかになるもう一つの真実と、雅男が味わうショックがあまりに痛々しくて・・・
核となる人物に怒りや憎悪はなく、ただただ「怖かったから」「大ごとにしたくなかったから」というところが余計に残酷だと思いました。
本作では雅男の脳内でしか登場しなかったマダム・アクアリウム、とても好きなキャラクターなので、いつかまた紙面でお目にかかりたいものです。