はいくる

「ウェンディのあやまち」 美輪和音

文芸作品の中には<読むのが嫌になる小説>というものが存在します。決してつまらないわけなく、文章力や構成はとても優れているものの、あまりの悲惨さや恐ろしさにページをめくるのが怖くなる、という意味です。昨今のイヤミスブームの影響もあってか、一時期に比べるとこの手の作品が増えた気がします。

私はフィクションならけっこう耐性あるのですが、それでも「読むのが辛い・・・」と思った作品がいくつかあります。ダントツ一位は、海外作品ですが、ジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』。国内だと、歴史を感じさせる吉村昭さんの『羆嵐』や遠藤周作さんの『沈黙』、現代ミステリーなら宮部みゆきさんの『模倣犯』、東野圭吾さんの『さまよう刃』など、どれも本を家に置いておくのさえ辛いと思うくらい衝撃的でした。最近読んだこの作品も、胸をえぐられるようなショックを受けました。小説家であると同時に脚本家としての顔も持つ、美輪和音さん『ウェンディのあやまち』です。

 

こんな人におすすめ

児童虐待をテーマにしたミステリーが読みたい人

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その日、親から自宅に置き去りにされた三歳の少年が餓死した-----そのあまりに惨すぎる死が、三人の女たちの人生を結びつける。職場で知り合った美青年との恋に溺れるシングルマザー、偶然得たチャンスを生かして芸能界でのし上がろうとする新人女優、秘密を抱えてひっそり生きる清掃員。少年を死に追いやったのは一体誰なのか。永遠の少年であるピーター・パンの母親役を引き受けてしまったウェンディの正体とは。三つの運命の交錯の末に、悲しい真実が浮かび上がる・・・・・

 

作者の美輪和音さんは、<大良美波子>名義で映画『着信アリシリーズ』などにも関わった脚本家です。<美輪和音>のデビュー作である『強欲な羊』は、私はなかなか面白いと思ったものの、米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』とテーマが似ていることもあり、賛否が分かれている様子。本作はホラー・ミステリーだったデビュー作から一転、児童虐待が主題となった心理ミステリーです。メインテーマだけでなく、途中から出てくるドラマ撮影のエピソードなども描き方に説得力があり、さすが脚本家の面目躍如だなと感じました。

 

冒頭で起きる、親から自宅に置き去りにされた幼児が餓死するという悲惨な事件。その事件を機に三人の女性達の運命が動き出します。一人目は、勤め先のキャバクラで知り合った男・健斗に夢中になり、同棲を始める千里。二人目は、モラハラ気味な彼氏との結婚に悩む中、思いがけず女優デビューのチャンスを掴む杏奈。そして、人との関わりを避け、あるトラウマと戦いながらラブホテル清掃員として働く鈴木です。この中に幼児を死に至らしめた人間はいるのか。ばらばらに見えたピースが、記者である鰐淵の手で徐々に結びつき、あまりに惨い真相が明らかになるのです。

 

とにもかくにも、ヒントが繋がっていく過程で語られる、幼児餓死事件の描写が辛くて辛くて・・・極限の飢えの中、植木鉢の植物や土、自分の髪、挙げ句におむつの中の排泄物まで食べる子ども。泣き声を聞きながら、「自分がやらなくても、誰かが通報するだろう」と傍観者を決め込む近隣住民たち。現実に似たような事件が起こっているせいもあり、読みながら胸が痛むほどの怒りと悲しみを感じました。

 

タイトルにある<ウェンディ>とは、『ピーター・パン』に登場する少女・ウェンディのこと。気が強く行動的なティンカー・ベルに対し、ネバーランドの子ども達の母親役を務めるウェンディは真面目なしっかり者。献身的で愛情深い反面、結果的に周囲に振り回される役回りです。現実に存在するウェンディタイプの女性は、他人の面倒を見ることに自らの存在意義を感じるため、自分自身を後回しにしてもパートナーに徹底的に尽くす傾向にあるんだとか。これ、ダメ男を生む典型的なパターンですね。作中にもこのウェンディのような女性と、ピーター・パンのように自由気ままな男が登場します。童話の少年少女なら微笑ましい話ですが、これが現代の大人となると・・・実際に児童虐待を行う大人の心理はこんな風なのかと感じ、暗澹たる気分になりました。

 

冒頭の幼児餓死事件以外にも児童や動物が虐待される事件が登場するため、苦手な人は吐き気さえ感じるかもしれません。また、加害者である親に、罪にふさわしい罰が下ったとは到底思えない、ある意味リアリティある展開も受け入れがたく感じる読者もいるでしょう。ですが、叙述トリックが終盤で生きる展開は見事ですし、とある人物が幸せを掴めそうなラストには救いがありました。現実で虐待の傷に苦しむ子ども達の未来にもこんな風な救いがあるよう、願ってやみません。

 

大人になったウェンディとピーター・パンは一緒になるべきではなかったのかも度★★★★☆

あいつとあいつはもっと苦しめてやれ!!★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    イヤミスや刑事ミステリー、社会派ミステリーで児童虐待のストーリーは多かったですが、児童虐待そのものをテーマにした作品は初めてだと思います。ウェンディーはピーターパンと結婚しなくて良かった~というよりしてはいけないと思わされそうです。
    「さまよう刃」もかなり読みきるのがきつかったですが、これは読み切れるかと感じます。

    1. ライオンまる より:

      ウェンディとピーターパンがそのまま成長し、結婚したらどうなるか・・・
      そんなifについて考えさせられました。
      悲惨なエピソードが次々出てきますが、ラストに一筋の希望があることが救いです。

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