ふと、お気に入りの作家さんたちを思い浮かべてみて、あることに気付きました。「私が好きな作家さんって、小説家と脚本家を兼業していることが多いな」と。たとえばドラマ『放送禁止シリーズ』『富豪刑事』の脚本家であり、『東京二十三区女』『出版禁止』の作者でもある長江俊和さん。あるいは、『相棒シリーズ』で脚本を担当し、『幻夏』を書いた太田愛さん。もともと脚本家は小説家と兼ねることが多い職業ですが、映像作品を担当したことのある作家さんは、視覚的に映える描写力を持っている気がします。
そんな小説家兼脚本家業を続ける作家さんの中で、私の一押しは美輪和音さん。映画『着信アリ』の脚本家であり、『ハナカマキリの祈り』や当ブログでも紹介した『ウェンディのあやまち』等、切れ味鋭いサスペンス小説を世に送り出しています。今日は、そんな美輪さんの小説家デビュー作『強欲な羊』をご紹介したいと思います。
こんな人におすすめ
人の狂気をテーマにしたサイコミステリーが読みたい人
美貌の姉妹が繰り広げた争いの顛末、美しい妻に対して芽生えた一つの疑惑、恋に破れた過去を持つ女が見た悪夢、悲運の王子に仕える女たちの愛憎劇、手錠で拘束された三人の女の運命・・・・・いつの世でも、女は強く、哀しく、美しい。たとえ、無害な羊に見えようとも。狂気に堕ちていく女たちを描いたイヤミス短編集
ものすごく好きな短編集なんですが、いま一つ世間の評価が高くないんですよね(涙)その理由は、デビュー作なだけあって展開がやや強引なせいもあるかもしれませんが、米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』とテーマが似通っているからでもある気がします。社会的弱者と思われがちな女性を<羊>に例え、隠された狂気や業の深さを描くところとか・・・とはいえ、あちらはあちら、こちらはこちら。まったく別作品として十分楽しめました。
「強欲な羊」・・・一人の女が語る、美しい姉妹の愛憎劇。気性の激しい姉は、繊細な妹を何かにつけて虐待する。そんな日々の中で起きた、妹による姉殺し。悲劇的ながらも単純な事件と思われたが、そこには予想外の思惑が隠されていて・・・・・
このクラシカルな雰囲気、耽美ミステリー好きには堪らないと思います。流れからして、<姉=我儘な悪女、妹=か弱い被害者>などという単純な話ではないんだろうなと予想できるのですが、ラストで明らかになる真実は鳥肌ものでした。柔和な女性の口調で語られる一人称というところも、物語の恐怖感を盛り上げるのに一役買ってますね。さすが表題作、収録作品の中で一番好きです。
「背徳の羊」・・・美しい妻と愛する子を持ち、人生を謳歌しているはずの男。そんな彼は、ある時、家族ぐるみで親しい友人の子と自分の子がよく似ていることに気付く。もしや、我が子は妻と友人の不貞行為の果てに生まれた子なのか。猜疑心に駆られた男は調査を始めるが・・・
古典情緒溢れる第一話から一転、緊張感のある現代ミステリーです。美人妻の黒い部分が徐々に明らかになっていく流れはとてもスリリング。この妻が腹黒いということは割と早い段階で分かるんですが、最後の展開は完全に予想外でした。「お前だったんかい!」と突っ込んだ読者もさぞ多いことでしょう。決してアンフェアではなく、実はしっかり真相に結び付く伏線が仕込まれているところが心憎いです。
「眠れぬ夜の羊」・・・ある日、塔子は恐ろしい夢を見る。それは、かつて自分の恋人を奪った女・明穂を殴り殺すという夢だった。夢だと分かってほっとする塔子のもとに、明穂が何者かに撲殺されたというニュースが飛び込んできて・・・・・
ほんの少しホラーテイストの話です。もちろん、ミステリーとしての構成もしっかりしているのでご安心を。メインの謎は<塔子は夢で人を殺す能力があるのか><それとも明穂を殺したのは夢ではなく現実だったのか>というところなんでしょうが、それより何より塔子の過去の恋の真相にびっくり・・・分かってみれば、そりゃ両親も賛成できないよなと納得です。こういう叙述トリック、大好きなんですよね。
「ストックホルムの羊」・・・幽閉された王子と、彼に仕えるカミーラ、ヨハンナ、イーダ、アンの四人。心から王子を愛し、王子に奉仕することに喜びを感じる女たちだが、ある日、一人の美少女が現れたことで平穏な生活が軋み始め・・・・・
これまた異国情緒たっぷりな話で好みドンピシャなんですが・・・惜しむらくはタイトルなんだよなぁ。たぶんこのタイトルを見て、真相の半分に気付いてしまう読者も多いのではないでしょうか。とはいえ、タイトルからだけでは予想できないビックリも仕掛けられていますし、全体に漂う何とも言えないおぞましさは作中随一だと思います。表題作と並んでこのエピソードをお気に入りに挙げる方も多いようですね。
「生贄の羊」・・・町に流れる<羊目さん>の噂。その噂を確かめようとした女子高生は、ふと気づくと、公衆トイレに手錠で繋がれていた。並びの個室には、自分と同じように二人の女が監禁されているらしい。脱出のため、状況を整理しようとする三人だが・・・
唯一、徹頭徹尾ホラー一色のエピソード。トリックもへったくれもないこともあり、レビューサイトなどを見ても賛否両論あるようですね。個人的に悪くはないと思うのですが、本作が<ミステリー>と銘打たれている以上、ちょっと雰囲気が違いすぎるかもしれません。各エピソードのキャラクターが再登場するので、できればこの話だけは前話から間を置かず読むことをお勧めします。
真梨幸子さんに勝るとも劣らぬドロドロのイヤミスですが、一話一話のボリュームおよび登場人物数がそう多くないので、案外さらりと読めると思います。どれもこれも救いがなく、グロテスクな描写もけっこうあるので、気分が安定している時に読んだ方がいいと思いますよ。
羊と狼は紙一重・・・度★★★★★
覚悟していても騙される度★★★★☆