はいくる

「我らがパラダイス」 林真理子

現在日本において、介護はもはや社会的な問題です。新聞でもテレビでも、介護に関する話題が出ない日はないと言っても過言ではありません。いつ何時、自分が介護する側、あるいはされる側になるか、不安に思う人も多いのではないでしょうか。

こういうご時世ですので、介護をテーマにした小説はそれこそ星の数ほどあります。ミステリーなら東野圭吾さんの『赤い指』、ヒューマンドラマでは篠田節子さんの『長女たち』、青春小説の側面もある木村航さんの『覆面介護師ゴージャス☆ニュードウ』など、どれも面白い作品ばかりでした。ですが、インパクトという点ではこれがトップクラスではないでしょうか。林真理子さん『我らがパラダイス』です。

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逃げ出した兄嫁の代わりに老父の介護をする羽目になった邦子、寝たきりの母と失業した弟との生活のため働き始めた朝子、父の急逝後に一気に老いが進んだ母との暮らしを守ろうとするさつき。それぞれの立場で介護問題に悩まされる三人が、超豪華介護付きマンション「セブンスター・タウン」で出会う。そこで悠々自適の介護ライフを送る入居者たちを見た時、彼女たちの心に火がついた・・・・・困難を乗り越えようとあがく三人の運命や如何に!?

 

『下流の宴』で、「中流」階級が直面する格差社会の悲喜こもごもを描いた林さん。そんな彼女が今回扱うのは、介護現場における格差です。日々の暮らしにも困窮する高齢者やその家族がいる一方、金を湯水のごとく使って優雅なセカンドライフを送るシニアもいる。そんな現実のままならなさが、介護あるあるネタとともにこれでもかこれでもかと描写されています。

 

物語の核となるのは、高級介護付きマンション「セブンスター・タウン」で働く三人の女性。受付係の邦子は、兄夫婦に親の面倒を見てもらうことを条件に相続放棄した過去があります。ところが父親の痴呆が始まると兄嫁は家出し、逃げてばかりの兄に代わって邦子が介護を担わざるをえなくなります。看護師の朝子は、寝たきりの老母と慎ましく暮らしていたところ、失業した弟が転がり込んできます。職探しもせず女友達と遊んでばかりの弟のせいで、家計は逼迫するようになります。ウエイトレスのさつきは、高齢ながら元気な両親と仲良く三人暮らしを送っていましたが、突然、父親の癌が発覚。治療の甲斐なく父は死に、母もめっきり老け込み、暮らしに暗雲が立ち込めていくのです。

 

生活に困った三人が取った行動、それは自分の親を「セブンスター・タウン」で暮らさせることでした。空き部屋にこっそり親を住まわせるなんてまだ序の口。「認知症が進んで周囲の状況を理解していない」「家族との縁が薄く、見舞客も来ない」といった条件をクリアした入居者を秘密裏に別のホームに移し、自分の親をその入居者とすり替えるという暴挙にまで出るようになります。

 

彼女たちの行動はあまりにも身勝手で非常識です。介護に苦しんでいるのは事実として、少なくとも三人には標準的なレベルのホームに親を入れる経済力はある。にもかかわらず、正当な手続きと高額の支払を経て「セブンスター・タウン」に入居した高齢者を「どうせぼけているから分からないだろう」とばかりに自分の親が入るはずだった標準レベルのホームに入れ、代わりに親に超豪華介護付きマンションでの暮らしを堪能させるのですから。

 

それなのに不思議と彼女たちを批判する気になれず、それどころか感情移入してしまうのは、三人の奮闘があまりに必死で生々しいからでしょうか。特に前半、老親の下の世話や痴呆からくる問題行動、日に日に減っていく貯金、身内の冷たさや無理解に苦しめられる描写は過酷の一言。本の帯にある「介護では、優しい人間が負けるのだ」というコピー通り、真面目で家族思いだからこそ悩み苦しむ邦子たちの姿に胸が痛くなりました。

 

だからこそ、後半、あまりにハチャメチャながら行動に出る三人を思わず応援したくなってしまいます。やっていることは間違いなく犯罪なのですが、林さんらしいコミカルかつテンポ良い文章のせいもあってか「ドキドキ」より「ワクワク」の方を強く感じました。要所要所で登場する、若者顔負けのバイタリティを持つ「セブンスター・タウン」の入居者たちも物語に勢いを与えています。

 

通常の介護小説とは一線を画した本作。いかにも映像化向きだよなと思ったら、すでに映画化が決定しているんだとか。私の中では、邦子役は麻生祐未さん、朝子役は田中美佐子さん、さつき役は大竹しのぶさんという感じですね。公開はまだまだ先の話になりそうなので、続報が待たれます。

 

介護は綺麗ごとじゃないんだよ度★★★★★

彼らの戦いはまだまだ続く度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

介護問題を扱った作品が読みたい人

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コメント

  1. 匿名 より:

    介護をテーマにしてストーリーはかなり読んできてそれなりに衝撃的でした。
    羽田圭介さんの作品や垣谷美雨さん、中山七里さんの作品以上にインパクトがありそうです。
    介護者をすり替えるとは、どういう風に行うのか~かなり気になります。
    林真理子さんの作品は流れるような展開でどんでん返しのようなオチはないような気もしますがこれは読みたい作品です。

    1. ライオンまる より:

      特に前半、下の世話をはじめとした介護に悩ませられるシーンが印象的でした。
      私の場合、身内に高齢者が多く、介護は絶対に避けられない問題なので、より感情移入してしまったのかもしれません。
      オチは良くも悪くも「林真理子風」で賛否両論あるようですが、私は悪くないと思います。

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