日本語って、とても美しい言語だと思います。もちろん、どの民族にとっても自国の言葉は誇れるものなのでしょうが、神々が出雲大社に集まる十月を<神無月>(出雲地方では神在月)と呼んだり、雪の結晶の多くが六角形をしていることから雪を<六花>と表現したりする感覚は、日本語独自のものではないでしょうか。こういう雅な表現が大好きな私は、学生時代、古文の資料集を読んで悦に入っていたものです。
美しい日本語が出てくる小説となると、夏目漱石や川端康成、梶井基次郎といった、一昔前の文豪達の作品がたくさん挙がります。そういうのは取っつきにくいからまずは現代の作家さんで・・・という場合は、江國香織さんの『すいかの匂い』、長野まゆみさんの『少年アリス』、恩田陸さんの『蛇行する川のほとり』など、日本語の涼やかさや気品高さをたっぷり堪能できますよ。それから、この作品の言葉選びもうっとりするほど魅力的でした。柴田よしきさんの『貴船菊の白』です。
こんな人におすすめ
京都を舞台にしたサスペンス短編集が読みたい人
寡夫が思いがけず知った罪の行方、痛みを抱える女性が行きついた疑惑の真相、華やかな祭りの夜に起きた血の惨劇、ねじれた愛憎劇が招く悲しい結末、恋に破れた女性を待つ意外な出会い、つつじと共に甦るひそやかな記憶・・・・・古都・京都の地で繰り広げられる、美しく謎めいたサスペンス小説集
柴田よしきさんの著作の中で、ノンシリーズとしては、恐らくこれが初の短編集だと思います。そうとは思えないくらい練れた構成力や表現力にただただ脱帽!どの話も京都が舞台ということもあってか、淑やかでいながらねっとりと愛憎立ち上る世界観にすっかりはまってしまいました。
「貴船菊の白」・・・病で妻を失い、職を辞した元刑事の主人公は、久しぶりに高雄の神護寺を訪れる。そこは十五年前、主人公が初めて担当した殺人事件で、容疑者・有田が自殺を遂げた場所だった。かの地で有田の妻である響子とばったり出くわした主人公は、求められるまま彼女と行動を共にし・・・・・
表題作なだけあって、込められた愛憎の強さ激しさは収録作品中随一だと思います。響子の行いは善行ではないのかもしれないけれど、周囲が彼女にしたこと、その後の彼女の姿を見ると、とても糾弾する気にはなれません。冒頭とラストでの、主人公の心境の変化にも要注目です。
「銀の孔雀」・・・条件のいい結婚をしながらも、子宝に恵まれなかったことや姑との不仲から離婚した志保美。ある日、志保美はアンティークショップで銀の孔雀のブローチを見つける。それは間違いなく、かつての姑の所持品であり、志保美が盗んだと因縁を付けられた品だった。なぜそれが店先に並んでいるのか、調べようとする志保美だが・・・
小説やドラマなどで、しばしば柔和ながら陰湿で怖いと表現されがちな京女。このエピソードに出てくる志保美の元姑は、まさにその典型的なタイプです。いくら志保美が清廉潔白な身じゃないとはいえ、その執念深さにはゾッとさせられました。まあ、志保美も前を向けたようだし、これはこれで良かったかな。
「七月の喧騒」・・・亜子は、かつて恋人・晴雄をゆかりという女に奪われた過去を持っている。その後、ゆかりは十年前の祇園祭の夜に何者かに殺され、亜子は晴雄と結婚したものの、結婚生活はすでに破綻していた。やつれた亜子を心配した友人の真理子は、気分転換のため、亜子を祇園祭の宵々山に誘うのだが・・・・・
きらびやかな祇園祭と、陰惨な殺人事件、亜子が送る寒々しい生活の対比が印象的でした。亜子目線で見ると、横恋慕したゆかりと乗り換えた晴雄に原因がありそうだけど、亜子は亜子で結構精神的に不安定っぽいしなぁ・・・真理子&保カップルの、不器用ながら真っ当な繋がりが救いです。
「送り火が消えるまで」・・・人気者だった中学教師が殺害された。被害者・工藤は爽やかな仮面の下で、婚約者のいる女性への卑劣なストーカー行為を繰り返していたらしい。女性の婚約者は事件後に行方をくらませており、状況からして彼が犯人かと思われたが・・・
作中で描かれる工藤のあまりの悪質さに、一体何度「こいつにも殺される理由あるじゃん」と思ったことか。ただ、終盤で真相が分かってみると、工藤よりむしろあの人の業の深さの方が強烈でした。本人は本懐を遂げたつもりでいるのかもしれないけど、ちっとも幸せそうじゃないところが哀れです。
「一夜飾りの町」・・・年下の恋人の裏切りを知り、衝動的に旅に出た祥子。夜行バス乗り場でキャンセル待ちをしていた男と知り合い、なりゆきで京都に向かうことになる。そこで祥子は、関東では縁起が悪いとされている一夜飾りが、京都では普通に行われていると知り・・・・・
五話目にしてやっとハッピーエンドが来ました。ところ変われば常識も変わる。物の見方が変わる。一夜飾りを通してそのことに気付き、再出発を決めた祥子に拍手!終盤で描かれる幸せな未来と、そこで明らかになる過去の真相もなかなか凝っていました。うん、どう考えてもその選択で間違いないと思うよ、祥子。
「躑躅幻想」・・・京都に住む作家の主人公は、約七年前の出来事を回想する。当時、デビューしたての新人だった主人公は、取材旅行に訪れた京都で、猫を探す少年と出会う。捜索を通じて親しくなり、禁断のひと時を過ごす二人。そして今、作家にとって念願だった再会の時がやって来て・・・
うーん、耽美!男性作家と少年の秘められた恋愛模様で終わらせず、最後に一捻り加えられているところがニクいです。赤いつつじの描写もいい味出してますね。幻想的で艶めかしい花といえば、日本なら桜が出てきそうですが、つつじも実にいい仕事をしています。何はともあれ、猫が幸せで良かった!
「幸せの方角」・・・作家の沙羅は、吉田神社の節分祭で旧知の編集者・川立と久しぶりに再会する。飲みに行き、旧交を温め合う二人。そこで川立は破綻した自身の結婚生活について、沙羅はチャンスがあったのに踏み出せなかった片思いについて語り・・・
最終話にふさわしい、清々しく前向きなエピソードでした。主要登場人物全員が臆病で不器用だったから起こってしまった行き違い。でも、ここから始まるものは必ずあると思えるエンディングで良かったです。主人公はもちろんだけど、明るく気のいい川立が幸せな家庭を築いているっぽくてホッ。
例えば花房観音さんの作品等と比べると、同じ京都を舞台にしているとはいえ、ドロドロ感は薄いです。大団円の話も収録されていますし、安心して読めると思いますよ。それにしても、やっぱり京都弁って色気あるなぁ。
京都の景色が目に浮かぶ度★★★★☆
どの話も最後に一捻りありますよ度★★★★★
柴田よしきさんの京都を舞台にした短編ミステリーとは面白そうです。
妻の実家がある京都でのミステリーは都内のミステリーより親しみを感じそうです。
京都を舞台にした作品は寺町三条のホームズシリーズが好きですが土曜ワイド劇場のような雰囲気がありそうです。
京都に馴染みのある方なら、より深く感情移入できそうですね。
実在の地名がたくさん出てくるし、四季折々の描写もすごく綺麗なので、光景を思い浮かべながら楽しめるのではないでしょうか。
京都、大好きなんですが、コロナ発生以来一度も行ってません・・・早く旅行できる日が来ますように!