一説によると、人類最古の職業は売春だそうです。実際にどうだったかは意見が分かれているようですが、相当に古い時代から存在した職業だということは事実の様子。人間の三大欲求である性欲に結び付いていること、体一つあれば就業可能なことがその理由なのかもしれません。
日本の場合、少なくとも万葉集の時代から売春が行われていたという記録が残っています。その時々で呼び方や就業形態は変わってきたようですが、現代では<女郎><遊女>という呼称がよく知られています。運と才覚に恵まれれば、花魁として上り詰めてお大尽すら袖にすることも、裕福な男に身請けされて贅沢三昧することも可能だった彼女達。と同時に、自由もなく借金漬けとなり、ひたすら体を酷使した挙句に働けなくなれば野垂れ死ぬしかなかった悲しい女性達です。今回は、そんな遊女たちの運命を描いた作品を取り上げたいと思います。宮木あや子さんの『花宵道中』です。
こんな人におすすめ
遊女たちの切なく悲しい物語に興味がある人
死ねばおはぐろどぶか、丸桶か---――愛する男の前で生涯一度の花魁道中を張る朝霧、初恋の相手を思いながら客との初見世に臨む茜、過ぎた美貌ゆえに過酷な運命を背負った霧里、決してすまいと決めていた恋に翻弄される八津、同じ遊女と秘めた関係を結ぶ緑。遊女たちの悲しくも熱い恋模様を描いた官能短編小説集
二〇〇六年度、女による女のためのR-18文学賞大賞受賞作品です。舞台が吉原ということもあって、官能描写はかなり濃厚。ただし生臭さはなく、純愛といっていいほど切なく哀愁漂う描写になっています。映像化された『校閲ガール』で宮木あや子さんを知った方は、作風の違いに驚くかもしれません。
「花宵道中」・・・小見世・山田屋で中堅の女郎として務める朝霧。出先で偶然出会った半次郎という男に淡い思いを抱くも、彼は人を殺して指名手配の身となってしまう。半次郎のことは忘れ、馴染み客からの身請け話を受けよう。そう決心する朝霧だが、思いがけず半次郎との再会が叶い・・・
表題作であり、安達祐実さん主演で映画化もされた話です。容貌は地味ながら心優しく、間もなく年季明けが決まっていた朝霧。登場場面は少ないながら、誠実な人柄が察せられた半次郎。ささやかな幸せが似合う二人の運命が、あまりにやるせなかったです。悲劇の前、深夜に二人きりで行われる花魁道中の描写の美しさは、言葉を失いそうなほどでした。
「薄羽蜉蝣」・・・間もなく初見世を控える茜の不満は、お上のお達しと財政難により、憧れだった花魁道中が張れないことだ。おまけに、たまたま見かけた船頭・平左に恋をしたこともあり、初見世自体が嫌になってしまう。そんなある日、茜は平左が恋人である女郎・水蓮と逢引する場面を目撃し・・・
苦界で生きる遊女にとって、花魁道中は華やかな場に堂々と登場できる数少ない機会。それを奪われ、おまけに初恋を知った直後に初見世(初めて客を取ること)を行わなくてはならず、沈み込む茜の胸中が痛々しいです。ただ、この話の場合、茜の性格や周囲の人間に恵まれたせいもあり、比較的希望がある展開になっています。平左と水蓮が嫌な奴でなくて良かった!
「青花牡丹」・・・霧里は絶世の美女ながら島原の大見世で揉め事を起こし、吉原・山田屋に流れてきた。遠くで職人として励んでいるであろう弟の存在が心の支えだ。山田屋では朝霧を妹分として育てるも、ある時、この朝霧の客として、思いがけない相手が現れて・・・・・
この話は時間軸が巻き戻り、第一話冒頭で死んだ霧里の生前の出来事が語られます。大変な美貌と気位の高さにより、波乱の運命に巻き込まれていく霧里。彼女が、山田屋で親しくなった女郎・菊由や、妹女郎である朝霧(第一話主人公)と親しく過ごす描写がある分、後に彼女を襲う「美しいと言われて幸せなことなどあっただろうか」という結末がやりきれなかったです。なお、霧里の弟とは、第一話に登場する半次郎。本作はこんな風にあちこちで登場人物が繋がっているので、一人たりとも流し読みできません。
「十六夜時雨」・・・八津は、姉同然に慕っていた朝霧の悲劇以降、決して恋に落ちたりすまいと決めていた。そんな彼女は、ある日、三弥吉という髪結いと出会う。寡黙ながら精悍な三弥吉に、次第に惹かれていく八津。そんな日々の中、八津は三弥吉から足抜けを持ち掛けられて・・・・・
第二話にて、初見世を嫌がる茜を平手打ちした遊女・八津が主人公です。その背景や胸中を知ると、一人前になってほしくて妹女郎を引っぱたいた八津の思いやりが分かります。そんな八津と、口数は少ないけど情熱的な三弥吉の恋がなんとも艶やか・・・本作に登場する恋愛は悲恋で終わることが多いのですが、この二人は結ばれる可能性が残っていてホッとしました。
「雪紐観音」・・・山田屋の次期看板候補である緑は、類まれな美貌ゆえに村八分に遭った過去から、人が怖くて仕方がない。姐女郎である桂山と、さばさばした気性の女郎・三津だけが交流を持てる相手だ。やがて三津への親愛の情は恋心となり、人知れず関係を持つようになる。だが、体が弱かった三津は、病で帰らぬ人となり・・・・・
人と会話できないレベルの人見知りの緑の恋の相手が、同性であり先輩女郎でもある三津という展開が印象的でした。最愛の三津を病で失い、打ちのめされた緑。その決断は、読んでいて清々しさすら感じます。思えば、冒頭では誰よりか弱かった緑が、登場した女郎達の中で一番逞しい決意をしているんだよなぁ。彼女がいつか胸を張って堂々を吉原を出られる日が来るよう、願ってやみません。
私が読んだのは単行本版なのですが、文庫版では第六話「大門切手」が収録されています。山田屋の女将を主人公とした話で、ちらほら出てきた髪結い・弥吉(第四話の三弥吉の師匠)も登場するんだとか。ものすごく気になるので、文庫も探してみようと思います。
悲しく熱く激しく儚く逞しい度★★★★★
過酷な環境下での幸せ描写が胸に迫る・・・度★★★★★







