はいくる

「オルゴォル」 朱川湊人

子どもが家から離れ、旅をする。ジュブナイル作品の王道とも言えるシチュエーションです。旅先での出来事を経て子どもが成長していく様子は、文章で読んでも映像で見てもワクワクするものですよね。このジャンルには、スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』をはじめ、名作がたくさんあります。

ただ、現代社会で子どもだけの旅を決行するとなると、それなりの理由付けが必要となります。恩田陸さんの『上と外』では主人公兄妹が外国のクーデターに巻き込まれますし、宮部みゆきさん『ブレイブ・ストーリー』の主人公は異世界に行ってしまいました。こういう特殊な設定の物語もとても面白いのですが、今回はもっと現実寄りの作品を取り上げようと思います。朱川湊人さん『オルゴォル』です。

 

こんな人におすすめ

子ども目線の旅物語に興味がある人

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母と共に東京の団地で暮らす十歳のハヤト。ある時、同じ団地に住むトンダじいさんから「これを鹿児島の友達に届けてほしい」と、オルゴールを託される。その後、トンダじいさんはひっそりと死亡。さすがに気まずくなったハヤトは、離婚後、大阪で暮らす父親に協力してもらおうとするのだが・・・・・大阪、広島、そして鹿児島。旅を経て一歩ずつ前進していく少年を描く、瑞々しい成長物語

 

これって本当に朱川湊人さんの作品?と一瞬疑ってしまうほど、明るく前向きな物語です。非常識な奴や嫌な奴も出てくるものの、ちゃんと救いがあるし、朱川ワールドおなじみの恐ろしい怪奇現象もナシ。加納朋子さんや瀬尾まいこさんの作品と称しても通じそうなほどの爽やかさでした。

 

主人公のハヤトは、両親の離婚後、母と二人で暮らす小学生。ある日、顔見知りのトンダじいさんから、オルゴールを預けられます。「これを鹿児島の友達に渡したいのだが、私は年のせいでもう体の自由が利かない。代わりに届けてくれないか。すぐに行くのが無理なら、君が大人になってからでもいいから」。いつでもいいなら、まあ、いっか。ハヤトは気楽に引き受けますが、それから間もなくトンダじいさんは自宅で死亡。オルゴールを託される現場を同級生に見られていたこともあり、なんとなくバツが悪くなったハヤトは、大阪で暮らす父親を頼ることにします。

 

もしかしたら父親がオルゴールを鹿児島に持っていってくれるかも・・・そんなムシの良いことを考えていたものの、いざ大阪へ到着してみると、父親がすでに再婚し、相手の女性は妊娠中と知り、ハヤト大ショック!意気消沈するハヤトに手を差し伸べたのは、父親のご近所さんであるサエでした。サエはちょうど一人旅を計画していたため、ついでにハヤトを連れて鹿児島まで行ってくれるというのです。父親と再婚相手と過ごすのが気まずいハヤトは、この申し出を承諾。かくして、ハヤトと<電撃ガール>ことサエとの旅が幕を開けたのでした。

 

子ども目線らしい明朗な筆致で綴られているものの、この旅の内容がものすごく濃密です。関西では福知山線脱線事故や阪神淡路大震災について語り、広島では原爆ドーム、鹿児島では特攻記念館に出向いて戦争について思いを馳せるハヤトとサエ。阪神淡路大震災が起きた時、私はちょうどハヤトと同年代でした。また、修学旅行ないし家族旅行で広島や鹿児島を訪れたのも、同じ年頃です。読んでいて当時の衝撃が甦り、ページをめくる手が止まることもしばしば・・・辛い場面もありますが、見聞きするものを素直に吸収していくハヤトの姿に心洗われました。<大阪ではご飯のおかずに粉ものが出る>をはじめ、ご当地あるあるネタもふんだんに詰め込まれていて、上質のロードムービーを見ている気分にさせられます。

 

その旅を盛り上げるのは、個性豊かに描写される登場人物達の存在です。最初に言っておきますが、彼らは決して掛け値なしの善人ではありません。前述した通り、救いのない極悪人はいないものの、非常識な面や小狡い面はちらほら見せてきます。ハヤトの母は、ちゃんと稼ぎがあるのに給食費を払わず、父は父で、息子と対面するまで再婚のことも妊娠のことも隠したまま。意を決してオルゴールの件を打ち明けたハヤトに、「捨てちまえよ、そんなもん」と言う始末です。何よりハヤトだって、前半では孤立を恐れてクラスメイトへのいじめに加担するし、トンダじいさんからオルゴールとともに手間賃を受け取っておきながら、最初はお金だけもらってバックレるつもりでした。いや、さすがにさ・・・と思う読者も、さぞ多いことでしょう。

 

そういうマイナス面をきちんと描いた上で、各自の本音や成長を見せられるのが、朱川湊人さんの上手いところです。ハヤトはまさにその筆頭。後半、ずっと見下していたクラスメイトのシンジロウに電話し、原爆ドームで学んだことについて語る場面は、親戚のおばさん目線でジーンときてしまいました。こういう所を見ると、ネットに頼らず、自分の目と耳で勉強することって大事だよなとしみじみ痛感・・・二人にはこれからも、健やかな友情を育んでほしいものです。

 

ところで本作、朱川湊人さんの作品だからか、ホラーのジャンルとしてまとめて陳列されていることがあります。実際は、終盤にちょっとした不思議要素はあるものの、読後感最高のヒューマンストーリー。文章も平易だし、子ども向け書籍の棚に置いてあってもいいくらいです。もうすぐ終戦記念日を迎えるこの時期、より多くの人の目に留まってほしいと思います。

 

旅は学びの連続です度★★★★★

クライマックスの奇跡が心ニクイ!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    可愛い子には旅をさせるべきだと思いますが、実際親になるとなかなか決心が着かないものだと改めて思います。娘が友達と花火大会に行くのでこっそり花火会場に行って遠くから見てました。後は花火を楽しんでましたが・・・。
    アニメ・童話では子供が旅をする冒険はワクワクします。
    実際は「初めてのお使い」同様上手く行かないどころか危険だと思います。
    ホラーやファンタジーがなくバックレると考えるところがリアルですね。
    櫛木理宇さんの新作「骨と肉」「死蝋の匣」が出ましたが、これは文庫本改題のような気がしますが読んでみたい。図書館だからお金はかからない→嫌らしいでしょうか?

    1. ライオンまる より:

      現実世界では何かと懸念事項の多い<子ども一人旅>。
      フィクションとして着色しつつ、リアリティを失っていない佳作だと思います。
      序盤の主人公が、子どもらしい小狡さを持っているところが、逆に感情移入しやすかったです。

      「骨と肉」「死蝋の匣」は、確か改題ではなく新作だったような気がします。
      私も本はここ十年ほどは専ら図書館で借りるばかり・・・費用と保管場所を考えると、こうせざるを得ません。
      せめて面白かった本は会話やブログ等で宣伝し、作家さんの知名度向上に少しでも貢献したいと思っています。

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