はいくる

「山の上の家事学校」 近藤史恵

家事。読んで字の如く、掃除・洗濯・食事の支度といった<家の仕事>を指す言葉です。今は家電が発達し、資金に余裕があれば外注という手段もあるとはいえ、細々とした家事の数はそれこそ無限大。不器用で要領の悪い私など、やるべき家事が多い時は、しばらくフリーズして現実逃避に走ることさえあります。

一昔前の<男は外、女は内>という時代では、家事は女性の仕事でした。その影響か、共働きが珍しくもなんともない現代でさえ、女性が家事の中心と見なされる場面が少なくない気がします。当事者同士が納得しているならそれで全然構わないのですが、こういう場合、往々にして家事従事者の方に一方的にしわ寄せが行き、不満を溜めやすいもの。どんな形で家事分担をするにせよ、構成員全員が「自分の家庭の一員である」ことを自覚して行動しないと、取り返しのつかないことになりかねません。この作品を読んで、改めそう実感しました。近藤史恵さん『山の上の家事学校』です。

 

こんな人におすすめ

家事をテーマにしたヒューマンストーリーに興味がある人

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仕事一筋で生きてきた結果、妻と娘に去られてしまった主人公・仲上。一体なぜ俺がこんな目に?妻は俺を理解してくれていたはずではなかったのか。離婚を受け入れはしたものの、仲上の生活は荒む一方。見かねた妹の忠告を聞き、仲上は男性を対象に家事を教える<山之上家事学校>に通い始める。そこで出会った教師や、様々な境遇の生徒達。彼らとともに家事を学ぶうち、仲上が自分が今まで見ようとしてこなかったものに気づき始め・・・・・頑張る大人にエールを送る、温かな成長物語

 

思えば近藤史恵さんの作品で成人男性が主人公になる場合、『ホテル・ピーベリー』然り『南方署強行班係シリーズ』然り、どこか苦い後味を残すことが多い気がします。ですが本作は、読後感がとてもいいヒューマンストーリー。かといって現実離れはしておらず、安易な大団円として描かないところに共感できました。

 

主人公の仲上は、昼夜を問わず働く新聞記者。俺が仕事に邁進しても、妻は理解してくれている・・・と思いきや、共働きだった妻から三行半を突き付けられてしまいます。妻子が去った後、生き甲斐だった政治部の仕事から外され、一人暮らしの仲上の生活は破綻寸前。業を煮やした妹に一喝されたこともあり、一念発起して男性を対象とした<山之上家事学校>に通うことにします。そこにいたのは、それぞれの事情を抱えて家事を学ぶ生徒と、彼らを育てようとする教師達でした。果たして仲上は、ここで自分が置き去りにしてきたものを見つけることができるのでしょうか。

 

何よりまず、家事学校校長・花村の「家事とは、やらなければ生活の質が下がったり、健康状態や社会生活に少しずつ問題が出たりするのに、賃金が発生しない仕事、すべてのこと」「賃金の発生する労働と比べて軽視されやすい傾向がある」という言葉が突き刺さりました。まったくもってその通りで、不潔な部屋でバランスの悪い食生活を送り続ければ健康状態は悪化するし、洗濯もアイロン掛けもされていない汚れた服を着続ければ周囲から白眼視されることも十分あり得ます。にも拘わらず、家事は基本的に無賃金。それゆえ、家庭内での家事従事者(多くは女性)が「ろくに稼いでいないじゃん」と軽視されるなんて、こんなひどい話はありません。しかも、仲上の前妻がそうだったように、現代では女性が外で働きつつ家事の大部分を担わざるをえないケースが多々あるわけですから、理不尽さも倍増です。物語開始時、仲上が前妻に対し「俺は多忙だし、妻は賢い女だから、仕事しながら家事育児しても大丈夫なはずだったのに」と思い込んでいるのを見て、イラっとくる読者も多いのではないでしょうか。

 

そんなこんなで家事学校に通い、家事の手間暇を学ぶ仲上ですが、前述した通り、本作は決しておとぎ話のようなハッピー展開は迎えません。一人暮らしの独身が、週末だけ家事学校に通い、「家事って大変なことも多いけど、案外楽しいじゃん」などというのはただの<趣味>。幼い子どももいて、三百六十五日、<やらなくてはならない>状況で行われる家事とは天と地ほど違います。配偶者にしてみれば、「私があれだけ訴えてもスルーだったのに、学校からの指導なら受け入れるのか」と思う部分だってあるでしょう。中盤、家事スキルを上げた仲上が前妻を怒らせてしまう場面がありますが、私はここで本作に対する好感度が上がりました。そうそう、<気が向いた時だけ楽しくやる>と<義務>とは違うんだよね。ここで前妻の怒りに戸惑いつつ、自分のズレに気づいて改めようとすると仲上は素直な人間なんだと思います。

 

また、仲上と共に家事を学ぶ生徒たちの人間模様もなかなかに複雑です。複数の生徒が登場するけれど、インパクトがあるのは猿渡と白木でしょう。猿渡は大学生で、「できない家事は外注すればいい」「自分は家事が得意な女性と結婚する」と言い、途中で学校を辞めてしまいます。一方、白木は一見気遣い上手ながら、妻の家事に口出しせずにはいられない性分の持ち主。読者を確実にイラつかせるであろう二人のキャラ造形、それぞれが辿る道の描写が、地に足がついていて良かったです。みんな、少しずつ意識は変わっている。でも、性根を入れ替えたかどうかは分からない。周囲の問題も解決したか分からない。もしかしたら今後新たなトラブルが浮上する可能性もあるけれど、家事学校に通う前と同じではない・・・ままならなさと希望を同時に感じさせる展開に、「現実ってこんなものだよな」と、しみじみ頷いてしまいました。

 

ところで本作、読了後に気づきましたが、ページ数も文字数も少な目なんですよね。それを忘れさせるくらい、訴えかけてくるものの多い作品だと思います。家庭料理の描写がものすごく美味しそうなので、空腹になった時の準備をしておいた方がいいかもしれません。

 

当事者意識って大事です度★★★★★

仕事を持つ人にこそ読んでほしい度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    全ての男性に読んで貰いたいと思う作品でした。
    共感しかない内容でも家事というものがよく理解出来ていなかったことを改めて知らされました。
     仕事が出来るのも健康でいられるのも勉強出来るのも家事で支えてくれる人がいるからこそ~森永卓郎さんの本同様、日本の政治家にも突きつけたい作品です。
     最近読み終えました木爾チレンさんの「二人一組になってください」
     降田天さんの作品に近い設定と雰囲気を感じました。
     

    1. ライオンまる より:

      「楽しくやればいい」じゃ済まない家事の本質というものを、しっかり描いていたと思います。
      主人公が元妻とあっさり復縁できるわけじゃない展開も、現実的で良かったです。
      「二人一組~」は楽しみにしているんですが、現在予約順位19番目。
      「ぎんなみ商店街~」が2番目まで来たので、こちらの方を先に読めそうです。

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