フィクションの世界においては「え、このジャンルをまとめちゃうの?それで作品は成り立つの?」という組み合わせがしばしば存在します。私が過去一番驚いた組み合わせは、実写映画化もされた海外小説『高慢と偏見とゾンビ』。古典恋愛とゾンビホラーを組み合わせるという荒業ぶりでしたが、予想以上に面白かったです。つまるところ、<絶対にそぐわない組み合わせ>などというものは、この世に存在しないのでしょう。
「一見合わなさそうだけど、実は・・・」という組み合わせとしては、他にSF×本格推理を挙げる人も多そうな気がします。未来世界や異星のテクノロジーがガンガン絡むSFと、現実的・論理的な思考が重要な本格推理とでは絶対にミスマッチ・・・と思いきや、構成がしっかりしているとすごく面白いんですよ。そして、SF本格推理といえば、私の中ではこの方なんです。今回は西澤保彦さんの『ストレート・チェイサー』をご紹介したいと思います。
こんな人におすすめ
SF要素のある本格推理小説が読みたい人
ある夜、バーで出会った素性不明な女性二人と、酔った勢いで交換殺人計画を練ったリンズィ。酒の席でのノリのつもりだったが、後日、自分が冗談半分で殺害依頼をした上司の家で死体が発見され、愕然とする。まさか、あんな冗談を真に受けたのか。恐れおののくリンズィだが、発見された死体は上司ではなく別人であり、上司本人は行方不明だということが判明。さらに、リンズィのもとに、共に交換殺人計画を練った女性から「私がやったと思っているのかもしれないが、違う。だが、真相なら知っている」という連絡が入る。女性に呼び出されるまま、リンズィが待ち合わせ場所に赴くと、なんとそこには女性の死体が転がっていた。だが、警察の捜査の結果、到底ありえない状況が発覚し・・・・・最後の一行で、読者の世界がひっくり返る。著者渾身のSF×本格推理小説
初期の西澤保彦節が炸裂した作品です。アメリカ人女性を主人公にした語り口はコミカルでいながら切れ味鋭く、晩年の作品に目立つ過激な性描写もほとんどナシ。ユーモアたっぷりな筆致の中に垣間見える、生々しい人間の悪意や妄執の描写も秀逸でした。アメリカ文化に関する描写がリアルなため、作者名を隠して文章だけ読めば、翻訳小説と勘違いしてしまうかもしれません。
主人公は、夫と離婚後、娘と二人で暮らすシングルマザーのリンズィ。ある夜、バーでたまたま意気投合した女性客二人(本名不明で、それぞれ仔鹿、ビーバーと名乗る)と、酔った勢いで交換殺人計画を練ります。リンズィが殺害標的として挙げたのは、職場の上司である日系人タナカ。ブラックジョークのつもりでしたが、後日、タナカの家で謎の東洋人男性の死体が発見され、当のタナカは行方不明という事態が起こります。まさか、あの夜の女性が、本当に交換殺人計画を実行してしまったのか。それにしても、殺された男性は何者で、タナカはどこへ消えたのか。混乱するリンズィのもとに、タナカを殺すと約束した仔鹿から連絡が入ります。「私はあの男を殺していない。真相を知りたければ、会いに来い」。言われるがまま指定の場所に赴いたリンズィが見たもの。それは、自身を呼び出した仔鹿の死体でした。捜査の結果、遺体発見現場は密室状態であり、最有力容疑者は失踪中のタナカだと知り、愕然とするリンズィ。一体、彼女の周りで何が起こっているのでしょうか。
このあらすじだけ読むと、「で、SF要素はどこにあるの?」と首を傾げてしまうことでしょう。超能力や異星人がさらりと登場する西澤ワールドである以上、ここは恐らくネタバレに当たらないと思うので書きますが、本作で重要なアイテムとなるのは<かけると姿を消すことができる魔法の眼鏡>。誕生経緯や原理が一切不明という辺り、いかにも西澤保彦さんという感じです。とはいえ、例えば『人格転移の殺人』で人格転移装置が序盤から大活躍だったのに比べると、眼鏡の扱われ方はやや地味。「結局のところ、魔法は本当なの?詐欺なの?」と後のほうまで引っ張ることもあり、SF的なインパクトという意味では、本作は西澤作品の中では目立たない部類のような気もします。
ですが、謎解きの緻密さで言えば、他作品に勝るとも劣りません。序盤、女三人によるトリプル交換殺人計画から始まり、あれよあれよと続く殺人の連鎖、リンズィを取り巻く複雑な人間関係、すべてが絡まってクライマックスに持っていく構成は、ザ・本格推理小説と言っていい手堅さです。途中までいまいち存在感が薄かった魔法の眼鏡の設定も、実は決して無駄になっておらず、最後の最後に特大のサプライズとして生かされています。こういうやり方で密室殺人の謎解きを行い、かつ、それを面白く仕上げられるって、相当な妙技ではないでしょうか。
加えて、突飛なSF設定が関わっているにもかかわらず、人間心理は生々しく現実的というところも面白いです。別れた妻子に妙に執着するリンズィの元夫(新しい恋人有)や、老齢にあってなお母子分離できない元夫の母親など、嫌な意味でリアリティある登場人物のオンパレード。その一方で、自身が恥をかくのを恐れず交換殺人計画の件を警察に即告白するリンズィ、狼狽える母を叱咤激励しながら探偵役を務める娘エミリイ、この手の物語にしては珍しいほど有能な捜査陣と、好感度の高い人物もちゃんと出てくるところが嬉しいですね。アジア系の美人刑事さんの名前が<ヴィヴィアン・スゥ>なのは、ちょっと笑ってしまいました。
ただ、唯一、各所のあらすじで本作が<感動傑作>と紹介されているところは引っかかりました。最終的には事件解決してハッピーエンドではあるけれど、別に<感動>ということはないような気が・・・どちらかといえば、西澤保彦さんらしい、シニカルなウィットに富んだ作品だと思います。加納朋子さんによる解説も良かったです。
SFと新本格のマリアージュ!度★★★★★
アメリカが舞台ならではの価値観の描写が上手い度★★★★★







