はいくる

「そのバケツでは水がくめない」 飛鳥井千砂

人間関係を築く上で一番大切なものは何でしょうか。相手への愛情?気遣い?関係を作るための努力?全部大切ですが、私は「距離感」を挙げます。親子であれ友達であれ恋人であれ夫婦であれ、違う人間である以上、一心同体にはなれません。そのことを忘れず、適度な距離と節度を持ってこそ、いい人間関係が作られるのだと思います。

人間関係を巡るトラブルの内、この距離感の見誤りが原因となるものは多いです。それは小説の世界においても同じ。壮大なものとなると、シェイクスピアの『リア王』なんてまさにその典型ではないでしょうか。今回取り上げるのは、飛鳥井千砂さん『そのバケツでは水がくめない』。人との関わり方、人間関係の築き方について考えさせられました。

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勤務するアパレルメーカーで新ブランドの運営チームに選抜され、仕事への意欲に燃えるヒロイン・理世。ある時、仕事を通じてデザイナーの美名と知り合った理世は、美名の持つセンスや立ち居振る舞いにたちまち魅了される。理世が巻き込まれたセクハラ事件を機に一気に親しくなる二人。だが、たった一度の出来事を機に蜜月に変化が起こり・・・・・泥沼にはまっていくような関係の末に、理世が選んだ道とは。

 

あらすじからして不穏な雰囲気がプンプンする本作。案の定、理世が感じる不安や恐怖、嫌悪感に終始ゾワゾワしっぱなしでした。こういうことって現実にもありそうなところが余計に怖かったです。

 

主人公の理世は、アパレルメーカーに勤務するマーチャンダイザー。自身の企画による新ブランドが設立されて喜びに胸を膨らませる一方、男性上司からのセクハラに悩んでいます。そんな中で出会ったデザイナーの美名は、可憐な容姿と可愛らしい佇まい、優れた才能であっという間に理世の心を掴みます。美名の行動力によってセクハラ事件も解決し、親友と言っていいほどの仲になる二人。ですが、理世が仕事で取った行動がきっかけで、美名の隠された一面が露わになっていきます。

 

美名のキャラクターがとにかく不気味!親しい時は、デザイナーらしいセンス溢れる言葉で「あなたに会えて良かった」「こんな話ができる人と出会えたのは初めて」と繰り返し、蜜月とも言える時間を過ごします。しかし、自分をほんの少しでも否定されるが否や、回りくどく陰湿なやり方で相手を傷つけようとします。

 

この手口が嫌になるくらい巧妙かつ嫌らしいんですよ。ターゲットとなった理世に対し、美名は「〇〇さんが言っていたんですけど」という伝聞形式で非難を繰り返し、理世をのけ者にしてその他の同僚と親しくなるような行動に出ます。また、理世が美名を信頼して話した同僚のプライベートも、衆人環視の中で暴露します。一つ一つは子どもの嫌がらせレベルであるのに加え、抗議すると「悪気はなかったんです。本当にごめんなさい」と神妙に謝罪されることもあり、理世は美名に強い態度に出ることができません。それどころか、「もしかしたら私に何か悪いところがあったのかも」というような心理状態に陥りさえします。

 

私が一番怖いなと思うポイントはまさにここ。女性同士の友情の崩壊を描いた小説は数多くありますが、その多くで加害者となる女性は極端かつ過激な行動に出ます。ですが、本作の美名は毒を盛るわけでも刃物を振り回すわけでもないのに理世を傷つけ、抵抗し辛い状況に追い込んでいくのですから・・・本作のテーマとは少しずれるかもしれませんが、これってDV被害者の状況や心理に通じるものがあると思います。

 

ストレスを溜めていく理世の描写には暗澹たる気持ちにさせられるものの、救いはあります。たとえば、遠距離恋愛の恋人である博喜や、昔からの友達である苑子、共に仕事に取り組んできた同僚たち。理世を信じ、励ます彼らの姿はまさに光です。そして、美名の恐ろしさをはっきり悟った理世が選んだ道・・・・・この行動には賛否両論ありそうですが、私はアリだと思います。理世がその光を見失うことなく、自分の居場所を築いていけるよう願ってやみません。そして、たぶん恐らく執筆予れることはないでしょうけど、できれば美名視点による物語を読んでみたいです。彼女の目に映る雨は、果たしてどんなものなのでしょうか。

 

他人を丸のまま全部受け入れるなんて無理だよ度★★★★★

タイトルが秀逸だなぁ度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

女性同士の人間関係をテーマにした小説が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    人間同士の距離感を物差しでは計れない、他人の心を完全に理解するのは不可能であることを思い知らされた作品でした。
    手に負えない美名に振り回される理世の心理は男でも共感させられたと思うほどでした。
    まさにそのバケツでは水は汲めない~人間にとって最大の謎は人間自身では?と感じました。それでも主人公の理世がハッピーエンドで終わるのも飛鳥井さんらしさを感じました。

    1. ライオンまる より:

      ザワザワキリキリしながらも美名に強く出られない・・・そんな理世の心理が痛いほど伝わってきました。
      最後、また新たなターゲットを見つけたらしき描写も怖かったです。
      ですが、理世の未来には光がありそうでホッとしました。

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