はいくる

「終活中毒」 秋吉理香子

コロナ禍が起こったせいもあるでしょうか。周囲で<終活>という言葉を聞く機会が増えました。ただ言葉を聞くだけでなく、実際に終活を始めたという経験談を耳にすることもしばしばです。意外に、まだ寿命のことなど心配する必要がなさそうな世代の人が終活を始めるケースも多いようですね。もっとも、この世のありとあらゆる事象の内、<死>は思い通りにならないものの筆頭格。体力も気力も十分ある内に準備しておく方が合理的なのかもしれません。

人生を終わらせるための準備ということもあり、終活をテーマにした小説は、どうしても重くしんみりした雰囲気になりがちです。もちろん、それはそれでとても面白いのですが、「終活には興味あるけど、今日はさらりと軽く読書したいな」という気分の時もあるでしょう。そんな時は、これ。秋吉理香子さん『終活中毒』です。

 

こんな人におすすめ

終活をテーマにした短編集が読みたい人

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打算尽くめの結婚生活を送る男の運命、息子との再会を喜ぶ父が知った意外な真実、女流作家がライバルの死後に得たかけがえのないもの、不治の病にかかった若手芸人の最後の戦い・・・・・四人の男女は、終活の果てに何を見るのか。時に皮肉で、時に切ない、胸を打つ終活ミステリー短編集

 

『婚活中毒』に続く、秋吉理香子さんの『〇活』シリーズ第二弾です。シリーズ化するとは思っていなかったので、嬉しい驚きでした。前作とはちょっとテイストが違うところも面白かったです。

 

「SDGsな終活」・・・余命わずかな女性と結婚し、遺産をもらうという所業を繰り返してきた主人公。今度の標的・真美子とも首尾良く結婚を果たし、彼女のたっての希望で田舎暮らしを始める。自然の中での生活は退屈そのものだが、どうせ真美子は長くないのだから我慢我慢---――と思いきや、なんと真美子の病状が快方に向かい始め・・・・・

主人公のクズっぷりが一貫している分、どこかで落とし穴があるんだろうなと思いましたが、まさかこういうことだったとはね。でも、病気の影響もあるのかもしれないけど、テンション高すぎる真美子との暮らしがしんどそうと思うのもまた事実。この後、真美子はどうするのかな。意外にこのまま逞しく生きていくような気がしないでもありません。

 

「最後の終活」・・・妻の急死後、孤独な男やもめ生活を送る松永のもとに、長く音信不通だった一人息子・浩未が帰ってくる。浩未は以前とは別人のような孝行息子になっており、妻の三回忌のこと、松永の暮らす家のことも、てきぱき片付けてくれた。まさかこんな幸福な日々が待っているなんて。息子と共に過ごす時間を心から楽しむ松永だが・・・・・

中盤までの展開は、なんとなく予想がつくと思います。実際、読者目線で見れば、露骨なくらい手掛かりありますしね。ただ、ラストで明かされる真相は、すごく意外であると同時に、思っていた以上に希望あるもので一安心でした。松永は、己の身勝手さを省みることができる人のようだし、今後に幸あれと願わずにいられません。

 

「小説家の終活」・・・人気作家・花菱あやめが死んだ。主人公・美奈子にとって、あやめは因縁深い相手だ。かつてあやめは、美奈子の懇親の作だった小説とそっくりな作品を発表し、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たしたのである。ただの偶然なのは分かっているが、あやめがいなければ、今頃は私が人気作家になっていたかもしれない。割り切れない思いを今なお持て余す美奈子は、ひょんなことからあやめの未発表原稿を手に入れてしまい・・・・・

傑作だった作品の先を越され、気持ちが挫けてそのまま文壇からフェードアウトしてしまった美奈子。あやめさえいなければあの傑作を発表できたという恨み、あやめの未発表原稿をわが物にするチャンスを得た驚きと不安、物書きとしてのプライドと罪悪感・・・それらの感情がせめぎ合う描写が丁寧で、読みながらハラハラしっぱなしでした。人間として、作家として、真っすぐな決断をした美奈子に拍手!そして、すでに死んでいますが、あやめのキャラもけっこう好きです。

 

「お笑いの死神」・・・愛する妻子と共に、貧しいながら幸せに暮らしてきた売れない芸人・六太。そんな彼を病魔が襲い、病院で余命告知をされる。せめて家族にいくばくかのものを遺したい。そう考え、賞金目当てにお笑いグランプリ優勝を目指す六太だが、試合が進むたび、会場に不審な黒ずくめの男がいることに気付く。その男は、どんなお笑いを見てもまったく笑うことがなく・・・・・

売れずとも凹むことなく邁進する六太も、試合に毎回現れる黒ずくめの男の正体も、とても素敵。でも、一番はやっぱり六太の最愛のヨメ(<嫁>ではなく、本名)ではないでしょうか。こんな女性に心から愛されているというだけで、六太がどれほど誠実な人間だったかが分かります。彼女の語りで真相が明らかになるラストは必見ですよ。

 

全四話のうち、イヤミス要素があるのは一作目くらいで、あとはすべてじんわりくるヒューマンミステリーでした。終活という<死>と繋がるテーマな分、救いがある方が読んでいて心地良いですね。まだ他にも<妊活>とか<保活>とか色々あるし、今後も『〇活』シリーズを続けてほしいです。

 

どの話もそこはかとなくユーモラス度★★★★☆

読後感の良さは保証付き!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     イヤミスは一話目だけでしたが何となくオチが判りやすくそれが返って面白かったです。終活につけ込んで甘い汁を吸おうとすると痛い目に遭うという警告だとすら感じました。二話目も少しイヤミスがありますが、イヤミスからヒューマンドラマの転換のように感じました。3話目から終活とはこうでありたいと思うような熱いヒューマンドラマでした。お笑いの死神は実際あった話ではないかとすら思いました。それに近い話題もあった気がします。
     中山七里さんの「越境刑事」~まさに百田尚樹さんの中国の脅威と黒歴史を描いた作品とそのまま重なるものでした。弱腰の政府や危機感が殆どない日本人に少しは危機感を持たせるにはちょうど良いと感じました。
     自分も似たようなもので北朝鮮がミサイルを撃とうと中国が日本にスパイを偲ばせていようとどうしたら良いのか判らない、どうしろと言うのか?
     中国やロシアが勝手に内部崩壊して自滅するのを待つのか、少しでも声を上げて危機感を持たせるのか。
     中山七里や百田尚樹さんは中国の脅威を知ることから始めるようにとのメッセージを日本人に投げていると思いました。
     まだ読んでいない中山七里さんの「特殊清掃人」にも何らかのメッセージがありそうです。
     

    1. ライオンまる より:

      イヤミス好きとしては、悪党が痛い目に遭う第一話が一番スカッとしました。
      二話目の反転具合もかなり好きです。
      「越境刑事」はまだ入荷されていないのですが、百田尚樹さんの「禁断の中国史」は年内に届きそうなので、早く読みたいです。
      中山七里さんや百田尚樹さん等、エンタメ作品で有名な作家さんがこうして問題提起してくれると、普段、社会問題に興味のない層にもメッセージを届けることができますね。

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