「あなたは罪を償わなければなりません」「自分の罪と向き合い、償おうと思います」・・・ミステリーやサスペンス作品で、しばしば登場するフレーズです。罪を犯したなら、必ず償いをしなければならない。これを否定できる人間はどこにもいないでしょう。
では、この<罪を償う>とは一体何でしょうか。刑務所で服役すること?被害者もしくはその遺族に賠償金を払うこと?かつてハンムラビ法典が定めていたように、与えた被害同様の傷をその身に受けること?この答えは人によって千差万別であり、明確な答えを決めることは難しそうです。今回ご紹介する作品にも、罪の償いとは何なのか、煩悶する登場人物達が出てきます。湊かなえさんの『贖罪』です。
こんな人におすすめ
独白形式で進むサスペンスが読みたい人
平凡な田舎町で仲良く過ごす、紗英、真紀、晶子、由佳、エミリの五人組。そんなある日、エミリが何者かに殺害されたことで、遺された四人の人生は一変する。エミリの母親からかけられた、「必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、私が納得できる償いをしなさい」という言葉。その言葉に囚われて成長した彼女達の身に起きた、十五年後の悲劇。これが、亡き友人への償いなのか。それとも、償えなかったことに対する罰なのか。翻弄される四人の運命と、謎多き少女殺人事件の真相を描く、愚かで悲しいサスペンス
ここ数年、希望あるヒューマンドラマ寄りの作品が多い湊かなえさんですが、本作は人間の業の深さと罪深さをこれでもかと描いた<黒・湊>サスペンス。登場人物達の身勝手さといい、各章が独白形式で進むことといい、デビュー作『告白』を彷彿とさせます。実は私、湊かなえさんはこういうダークな作風の方が好きだったりします。
「フランス人形」・・・紗英はエミリ殺害事件のショックと恐怖から、初潮を迎えぬまま成人した。縁あって良縁に恵まれるも、結婚相手は、人形にしか愛情を抱けないという性癖の持ち主だった。衝撃を受けつつ、妻である自分を人形に見立てて熱愛する夫との生活を、次第に受け入れていく紗英。だがある日、夫婦の暮らしを根底から覆す出来事が起きて・・・
エミリ殺害事件発生時、エミリの遺体を間近で一番長く見つめる羽目になった紗英。そんな紗英の、生気がなく、大人の女性の匂いがしない(精神的ショックで初潮を迎えていないから)ところに惹かれた夫・・・性癖は自由とはいえ、妻に事前に了承も得ず、リアル・フランス人形ごっこをさせる夫に、気色悪さを感じずにはいられません。この夫の末路は自業自得とはいえ、紗英が踏み出した一歩は衝撃的でした。これもやっぱり、エミリ殺害事件の後遺症なのでしょうか。
「PTA臨時総会」・・・グループのまとめ役でありながら、エミリが殺された時、怯えて何もできなかった真紀。それを恥じたまま大人になった真紀は、小学校の教師となり、学校に侵入してきた不審者を撃退するという快挙を成す。ところが、あることをきっかけに、真紀は人殺しだと世間の非難を浴びる羽目になってしまう。様々な思惑が渦巻く中、真紀はPTA臨時総会で自身の胸中を語り始め・・・
教師として真面目に働き、刃物を持って侵入してきた不審者を制圧(のちに犯人は死亡)した真紀は、一見、見事にエミリ殺害事件を乗り越えたように見えます。そんな彼女が内心に抱えていた、エミリにリーダー役を奪われたことへの焦り、事件の時に自分だけ怯えて逃げ帰ったという惨めさ、その失態の挽回をしなければならないという責任感の描写が痛々しかったです。リーダーじゃなくていいんだよ、怖くて当然なんだよと抱きしめてくれる大人は、誰一人いなかったのでしょうか。あと、奥井教諭、お前はもっと痛い目に遭ってしまえ!
「くまの兄姉」・・・「身の丈以上のものを求めると不幸になる」。家族にそう言われて育った晶子は、自分のような劣等生がエミリと友達になったりするからあんな事件が起きたんだと思い込み、引きこもり生活を送るようになる。十五年後、晶子の兄が、春花という子持ち女性と結婚すると言い出した。周囲の心配とは裏腹に、春花も、連れ子の若葉も明るい性格で、晶子ともやがて打ち解ける。だが、晶子は若葉の体に不審なアザがあることに気付き・・・
何よりまず、幼い晶子に「身の丈以上のものを求めるな」「器量の悪さは気にするな」と言い聞かせた祖父の罪が重いと思います。こんな風に言われたら、子どもが自尊心をなくすのは当たり前でしょう。とはいえ、理解してくれる優しい兄はいるし、兄嫁とその娘とも仲良くなれたし、良かった良かった・・・と思ったら、まさかあんなことになるなんて。それでも、若葉にとってはこれも救いになるのかな。
「とつきとおか」・・・病弱な姉の陰で、家族から気にかけてもらうことなく成長した由佳。幼い由佳の心の支えは、自分を真摯に気にかけてくれる警察官・安藤だった。十五年後、姉の結婚相手が警察官だということ、その手の感触が安藤とそっくりだということに気付いた由佳は、なんとしても彼が欲しいと思うようになり・・・
晶子の時と同様、これも由佳の家族の罪が重いでしょう。病弱な子に手がかかるのは仕方ないとはいえ、こうまでないがしろにされては、由佳の心が荒んでしまうのは目に見えているでしょうに。とはいえ、その後の由佳の間違った方向への行動力も相当なもの。ラスト、妙に清々しそうな由佳の姿が恐ろしかったです。
「終章」・・・紗英、真紀、晶子、由佳の身に起きた不幸の数々。これはもしや、自分がぶつけた言葉のせいではないか。責任を感じたエミリの母・麻子は、自身の過去と向き合う覚悟を決める。かつて、麻子は女友達に紹介された男と付き合っていた。どうやらこの男が、エミリ殺害事件に深く関わっているようなのだが・・・幼い少女を手に掛けた殺人者の正体が、今、明かされる。
これまで他人目線でしか描写されてこなかった麻子が語り手を務めます。と同時に、各章で少しずつ手掛かりが見つかってきたエミリ殺害事件の全容も、ここで解明。真相は、麻子の若き日の出来事に端を発する、あまりに因縁深くやるせないものでした。エゴ渦巻く登場人物が多い本作ですが、中でも麻子の身勝手さは際立っています。結果的に犠牲になったのが、原因を作った大人ではなく、幼いエミリだということがやり切れなかったです。ラストで再会した真紀と由佳が再出発を決めたこと、紗英と晶子もいい方向に進みそうなことが救いでした。
なお、本作はドラマW枠で映像化されています。小泉今日子さんをはじめとする女優陣の演技が素晴らしく、毎週、見るのが楽しみでした。小説とドラマで多少解釈が変えてありますが、むしろこれはこれで面白い!と思える改変だったので、原作ファンとして嬉しかったです。大人しさの下に爆発しそうなものを抱えた紗英(蒼井優さん)や、したたかさがパワーアップした由佳(池脇千鶴さん)のキャラクター造形、秀逸でしたよ。DVD化されていますし、Amazonプライムビデオで無料視聴もできるので、機会があればぜひ見てみてください。
これぞ<黒・湊かなえ>ワールド!度★★★★☆
<償い>の解釈の仕方は人それぞれ度★★★★★
湊かなえさんの作品で最も強烈だと感じたのが「母性」でその次が贖罪でした。
これはDVDで見たいですね。
その前に再読したいと思いました。
真紀と由佳のその後を描いた続編も期待したいですね。
能面検事の第三弾今読んでます。
団塊ジュニア世代の自分には、深くのしかかってくるものを感じます。
私の中で、湊かなえさん作品のツートップは「告白」と、この「贖罪」です。
ドラマもすごく面白かったですよ。
櫛木理宇さんの「鵜頭川村事件」も、同じドラマW枠で映像化されているんですが、こちらは改変が行き過ぎていて原作ファンとしてはイマイチ・・・
その点、「贖罪」は改変された部分に説得力があり、すんなり受け入れることができました。
こちらは中山七里さん「殺戮の狂詩曲」が、やっと予約順位一番目になりました。
「能面検事」はまだ入庫されていませんが、入ったら即予約します。
こんにちは、ライオン丸さん。
綺麗な空気だけが取り得と言える田舎の町、夕方6時にはグリーンスリーブスのメロディが流れる。
そんな穏やかな街で起きた惨たらしい事件。
被害に遭ったのは都会から引っ越してきた小学生4年のエミリ。
同級生4人と夏休みの校庭で遊んでいて、彼女だけが犠牲となった。
4人の少女達は犯人の顔をみているのに、どうしてもその顔が思い出せなかった
そして犯人は捕まらない中、彼女達の人生は大きく狂っていく——–。
この「贖罪」は、「フランス人形」「PTA臨時総会」「くまの兄妹」「とつきとおか」「償い」の5編からなります。
最初の4編は、殺された少女と遊んでいて、犯人の顔を見ていたはずの4人の少女、紗英、真紀、晶子、由佳、そして5編目は殺された少女の母親、麻子の視点となっていますね。
これは湊かなえさんのデビュー作の「告白」と同じ様な構成ですが、中身は全く違いますね。
事件のあった3年後に4人の少女達は、被害者の母親からある事を言われます。
その言葉が4人の少女達に重くのしかかり、それと同時に被害者の母親にも、思っても見ない展開となって進みます。
それにしても、読んでいて嫌な感じのする話です。
母親の少女達への理不尽な要求、捕まらない犯人への恐怖、そして殺された少女に対する申し訳ない気持ち。
それにしても、湊かなえさんって、この嫌な気持ちの出し方が上手いですし、その中での女性の気持ちの表現も真に迫ってきますね。
最後が少し救いのある終わり方になっていますが、もっとダークに徹して貰っても良かったような気がします。
オーウェンさん、こんにちは。
ここ最近の湊かなえさんにはない、胸糞悪さが印象的でした。
イヤミス好きとしては、いっそ「告白」のように、ラストまで後味悪くしてほしかったと思わないでもないような・・・
その点では、寒々しいエンディングを迎えるドラマ版の方がしっくりきた気がします。