はいくる

「未来」 湊かなえ

幸せないっぱいの人生を送りたい。これは、私を含む大多数の人間の望みでしょう。自分で言うのも何ですが私は甘ったれな人間なので、「贅沢言わないから、健康で、普通に遊んだり美味しい物を食べたりできる程度の財産があって、人間関係にも恵まれた一生を送りたいな」などと、ぼんやり夢見ることがよくあります。

現実では幸せを願うのが一般的なんでしょうが、小説や映画の世界ならば、登場人物が悲惨な目に遭うことで逆に物語の面白さが増すこともあります。ヴィクトル・ユーゴーの『ああ無情』はその典型的な例ですよね。他にも、山田宗樹さんの『嫌われ松子の一生』、百田尚樹さんの『モンスター』、田中慎弥さんの『共喰い』などの登場人物たちは、幸福とは程遠い人生を歩んでいますが、その重苦しさが読者を強く魅了します。今回取り上げるのは、湊かなえさんの直木三十五賞候補作『未来』。この作品で描かれる不幸の数々もかなりのものでした。

 

こんな人におすすめ

陰鬱な雰囲気のミステリーが読みたい人

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私は二〇年後のあなた、三〇才の章子です---――父を亡くしたばかりの章子のもとに届いた一通の手紙。その手紙の存在に救われた章子は、未来の章子に語りかける形で日記を綴っていく。時々<人形>になってしまう母、両親の思わぬ過去、学校でのいじめ、児童虐待、そして悲惨な事件・・・・・私の未来は幸せなもののはずじゃなかったのか。あの手紙は、やはり偽物だったのか。大人に翻弄される章子が、やがて見出した<未来>とは。

 

黒地に金色の文字で<未来>と書かれた表紙が、本作の雰囲気を物語っています。あらすじを読めば分かる通り、これは間違いなく<黒・湊>。『山女日記』『物語のおわり』などで清々しい湊作品に慣れていた方は、溢れる絶望感に驚くことでしょう。

 

主人公の章子は十歳の女の子。最愛の父を病気で亡くして悲しむ彼女のもとに、<三〇才の章子>と名乗る人物からの手紙が届きます。真実味溢れる手紙の中で<あなたの未来は希望に満ちたもの>と語りかけられ、元気を取り戻した章子は、大人になった章子に向けて日記を書くようになりました。ところが、その後の章子を待っていたのは、希望とは程遠い出来事の数々だったのです。

 

物語は主に四つの視点で展開します。章子、章子の友人・亜里沙、章子の四年生の担任教師である篠宮真唯子、そして章子の亡父の良太です。そこで語られる出来事は、これ以上ないというほど不幸のオンパレード。いじめに家庭内暴力、児童虐待、売春、借金、AV出演・・・章子だけでなくその他の登場人物も、悪意と嫌悪感に満ちた運命に見舞われます。これらの描写が丁寧なせいで、ページをめくりながら何度も目を背けたくなりました。途中で繰り返されるドリームランド(モデルは恐らくディズニーランド)のきらびやかな描写も、彼らの暗澹たる暮らしぶりを際立たせています。

 

それでもぐいぐい引き込まれてしまうのは、やはり湊さんの筆力ゆえでしょうね。構成がしっかりしているし、すべてのキーワードが結びつくラストは見事の一言。登場人物も、脇役に至るまで生き生きと存在感を発揮しています。オンとオフが切り替わり、時々人形のようになってしまう章子の母や、シニカルなようで激情を秘めた良太の親友・誠一郎はもちろん、章子を執拗にいじめるクラスメイトの実里にまで、正と負の両面があることがきちんと描かれています。個人的には、作中では敵役ポジションであろう良太の母にちょっと共感してしまったり・・・彼女の言い分も、決して間違ってはいないと思うんですよ。

 

印象的だったのは、登場人物のほとんどが自分ではなく親の、もっと言えば大人の都合や思惑で不幸になっているという点です。どれほど賢く勇敢だろうと、大人が腕力や社会的立場、口八丁で攻めてくれば、子どもには太刀打ちできません。大人の身勝手さで犠牲になる子ども達の姿があまりに痛々しくて・・・大人がもっと優しさと責任感を持っていれば彼らの不幸は避けられたかもと、内心で歯噛みしたくなりました。しかし、翻弄される子どもを助けてくれるのもまた、大人の知恵や経験です。この辺りの、単純な<悪い大人vs健気な子ども>で終わらない描き方は、いかにも湊さんらしいなと思いました。

 

あらすじで列挙した不幸からも分かる通り、本作は<万事解決してハッピーエンド>というわけにはいきません。問題自体は解決しても、心身に深い傷を負い、苦しみ続ける人物もいます。そのせいか、レビューサイトなどを見ても賛否両論あるようですね。ただ、タイトルが『未来』であるということ、その文字が金色で書かれていることが示すように、私は本作のラストには光と希望があると思います。それでも、読んでいていい意味で疲れてしまったので、次は明るく軽い作品を読もうっと。

 

人間の嫌な面をこれでもかと見せられる度★★★★★

子ども達の叫びが届きますように・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    デビュー10周年に相応しい湊かなえさんのイヤミスを凝縮したような作品でした。
    章子自身の生活から親友、教師~そして章子の両親までまともな家庭で育った人間が存在しないのか?と思うほど波乱で特殊な家庭の状況を描いたイヤミスでした。
     湊かなえさんのエッセイにあるように本人は普通の生活を送っている主婦であるにも関わらずここまで見事イヤミスを描けるのは才能としか言いようがないと感じました。
     最近柚月裕子さんの「狐狼の血」の映画化も観ましたが普通の主婦が広島のヤクザの抗争や警察との関わりを見事に描いているのもまた才能だと思いました。
     

    1. ライオンまる より:

      そうそう、湊さんってご本人はごく普通の主婦なんですよね。
      にもかかわらず、本作や「告白」のような作品を書けるなんて、凄まじいまでの才能をお持ちなんでしょう。
      手紙通り、章子たちの未来が希望に満ちたものであるよう、願ってやみません。

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