SFやファンタジーの世界では、しばしば超自然的な能力が登場します。創作物の中ではとても魅力的な要素となり得ますが、現実世界に置き換えた場合、「こんな能力があっても困るよな・・・」と思うものも多いです。<辺り一帯に大地震や地割れを起こす能力>なんて、現代日本で必要となる機会がそうそうあるとも思えません。
一方、使い勝手が良く、日常生活で役立ちそうな超能力も色々あります。<瞬間移動>なんて、その筆頭格ではないでしょうか。これは物体を離れた場所に送ったり、自分自身が離れた場所に瞬時に移動する能力のこと。こんな能力があれば、通勤や通学、レジャーなどで移動する時も楽ですし、非常時の避難だって簡単にできます。とはいえ、メリットがあればデメリットもあるというのがお約束。では、瞬間移動ならどうかというと・・・?そんな諸々の悲喜劇を描いた作品がこれ。西澤保彦さんの『瞬間移動死体』です。
こんな人におすすめ
超能力が絡んだ本格ミステリが読みたい人
訳も分からぬまま瞬間移動の能力に目覚めた主人公・和義。ただし、それは能力と呼ぶにはあまりに制限が多く、実生活に役立てるのはほぼ不可能。できることは、せいぜい人を驚かせることくらい。そう思っていた---――最愛の妻・景子に殺意を抱くまでは。とあるきっかけで、能力を活かして景子殺害を企てた和義だが、イレギュラーな事態が相次ぎ計画は中断。おまけに、なぜか景子が滞在中の別荘から、見ず知らずの白人男性の刺殺体が発見される。彼は一体どこの誰なのか。誰が、何のために殺したのか。まさか、俺が景子殺害を目論んだことと何か関係があるのか。混乱しつつも真相を見つけようとする和義だが・・・・・ヘン本格ミステリの雄が贈る、驚きと謎に満ちたSFミステリ
西澤保彦さんの作品が<ヘン本格>と評されているのを見た時、「うまいこと言うなぁ」と感心してしまいました。<新本格>から派生した言葉で、突飛な設定の上に成り立つ本格ミステリのことだそうです。西澤作品の場合、どれほど設定や能力が奇天烈でも、ルールがしっかり確立されているので、論理的に謎解きできるんですよね。『七回死んだ男』『人格転移の殺人』で発揮された手腕が、本作でも光りまくっていました。
主人公・和義は、だらだら過ごすことが何より好きな怠け者。「一冊ヒット作を書けばずっと印税生活できる」と思い込んで小説家を志すも、芽が出ることはなく、今は売れっ子小説家の妻・景子のヒモ状態になっています。結婚生活はそこそこ順調でしたが、ある日、景子が口にした<ある一言>で、和義は妻の殺害を決意。実は和義には瞬間移動の能力があり、それを使ってアメリカの別荘滞在中の景子を殺せばアリバイは完璧!刑務所行きは免れる!・・・はずでした。ところが、不測の事態が起こったことで計画は中止。その上、別荘からナイフが突き刺さった白人男性の死体が発見され、事態は一気に複雑化します。なりゆきで能力のことを知った景子の妹・玲奈の手を借り、事件を推理しようとする和義ですが、真実は予想を超えたところにありました。
何と言ってもまず、和義の持つ瞬間移動能力の設定が凝っています。聞いただけならとても便利そうな能力ですが、<移動できるのは文字通り身一つで、所持品も服も持参できない(和義は移動先に全裸で出現する)><一回移動するごとにアルコールを一回摂取しなければならない(移動先にアルコールがなければ、和義は全裸のままその場に取り残される)>という縛りにより、日常生活ではほぼ役立たず。しかし、殺害のアリバイ工作となると話は別。勝手知ったる別荘内なら全裸で出現しても問題ないし、あちらには酒が常備してあるから、日本に戻って来るのも容易・・・とほくそ笑んでみたものの、計画はなかなか予想通りには進みません。どう進まないのか、和義がそれをどう解決するのかは、ネタバレになるので伏せますが、ここの構成がすごくしっかりしてリーダビリティ抜群なんですよ。特に後半、とある緊急事態に巻き込まれてしまった和義の打開策と、そこから導き出された事件の真相には「ほほう」と唸らされました。『人格転移の殺人』もそうでしたが、別荘の所在地がアメリカだからこそ、こういう展開があり得たんですね。
加えて、主人公をはじめとする登場人物のキャラ造形も相変わらずユニークです。特に、怠けることが何より好きな主人公・和義と、精神的サディストの傾向がある妻・景子、二人のひねくれた夫婦愛が情けなくもおかしくて。一見、社会的地位と収入のある景子がヒモの和義を精神的にいたぶっているように見えるのですが、二人にとってはこれが夫婦愛の形らしく・・・「何じゃそりゃ」でしょうが、実際に作品を読んでみると、なんだかんだ言いつつ愛情を感じるから不思議です。もっとも、こんな夫婦、本当に知り合いだったらさぞ面倒なんでしょうけどね(笑)
西澤ワールドのお約束に漏れず、本作も、事態は結構深刻にも関わらず、展開はやけにコミカルかつスピーディ。この雰囲気だからこそ、非常識すぎる登場人物達も、重大な犯罪も、嫌な気分を引きずらず読めてしまいます。ただ一つ気になったのは、本作の登場人物って、<中島>だの<波多野>だの、ごくごく普通の名前ばかりなんですよ。その方が読みやすいんですが、西澤保彦さんの小説に難読名のキャラがいないと、「あれ、何で?」と思っちゃいます。
瞬間移動能力があるなんて人生バラ色!★☆☆☆☆
この展開はたぶん予想がつかない度★★★★☆
「人格転移の殺人」のようなコミカルなSFミステリーでこれも面白そうです。
双子同士で瞬間移動する伊坂幸太郎さんの「フーガとユーガ」がありましたが、不便な瞬間移動の能力をどう利用するのか?そこに至る設定が興味深いです。
ぐうたら、ヒモ男、アメリカの別荘などどれも面白そうなキーワードで読んでみたいです。「人格転移の殺人」のような良い終わり方も期待したいです。
「人格転移の殺人」より犠牲者数も少なく、すっきり読み終えられると思います。
何と言っても、使い勝手の悪い瞬間移動能力を絡めた謎解きが最高にユニーク!
SF作品によくある<悩める超能力者>とは一線を画した、自堕落で怠け者な主人公のキャラ設定も面白いです。