はいくる

「せせらぎの迷宮」 青井夏海

皆さんは文集を作った経験があるでしょうか。私の場合、小学校と中学校で、最低でも年に一回は文集を作った記憶があります。私は作文を書くことが好きだったのでそれほど苦ではありませんでしたが、苦手な子にとっては苦行でしかなかった様子。そんな生徒達のモチベーションを上げ、文集の体裁を整えられるだけの作文を集め、冊子としてまとめなくてはならないのですから、先生達もさぞ大変だったろうなと思います。

ただ、今になって文集に載った自分の文章を読み直してみると、恥ずかしくて頭を抱えたくなることがままあります。文章が拙いのは仕方ないとして、妙に傲慢だったり、甘えが過ぎたり、世間知らずにも程があったり・・・子どもって怖いものなしだなと、ため息つきたくなることもしばしばです。自分の書いた文章のせいで、自分が恥ずかしい思いをするなら、ある意味、仕方ないかもしれません。でも、それが、他人に影響を及ぼすことだったらどうでしょうか。それはきっと、恥ずかしいでは済まされない、生涯の後悔となることでしょう。今回ご紹介する小説にも、ほろ苦い記憶が封じ込められた文集が登場します。青井夏海さん『せせらぎの迷宮』です。

 

こんな人におすすめ

子どもの悪意にまつわるミステリーが読みたい人

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私達はあの文集に、何を残してしまったのだろうか---――ひょんなことから、小学校五年生の時のクラス文集を探すことになった主人公・史。間違いなく作ったはずなのに、なぜか誰の手元にもなく、そもそも覚えている者さえほとんどいない。なぜ、あの年の文集だけないのだろう。訝しみ、繰り返し考える内、史は次第に当時のことを思い出していく。真面目な優等生であることに息苦しさを感じていた日々。思いがけず人気者の少女と同じグループに入ることができ、密かに優越感を味わったこと。そこへ現れた、要領の悪い転校生。クラスで孤立する彼女を、史達は同じグループに招き入れようとするのが・・・・・子ども時代の罪と記憶を描く、切ない長編ミステリー

 

私的<日常の謎の名手>ランキングにおいて、加納朋子さんと並んでトップに立つ青井夏海さんの作品です。作中では血が流れたり警察沙汰になったりするような事態は一切なく、ただ平凡な女子小学生の日常が描かれるばかり。それなのに、どうしてこんなにほろ苦いんでしょう。こういう<誰もが経験したことのある過去の過ち>を描写させたら、本当に上手い作家さんだと思います。

 

主人公の史は、図書館で働くアラサー女性。ある時、定年退職する小学校時代の恩師に贈るため、当時のクラス文集を探す役目を任されます。ところが、どういうわけか五年生の時に作ったはずの文集が見当たらず、同窓生達に聞いても「作ったっけ?」「もらった覚えないなぁ」という答えが返るばかり。なぜ、あの年に限って文集が行方知れずなのだろうか。疑問に思う史は、忘れていた過去の記憶を掘り返していきます。

 

五年生の頃、先生に頼られる優等生だった史は、その真面目さ故にクラスメイト達と距離を感じていました。まとわりついてくるのは、図々しくてクラスで浮き気味の多美子のみ。毎日に味気無さを感じる史ですが、ひょんなことから、クラスの女王的存在・有里沙が率いる<秘密のグループ>の仲間入りを果たします。このグループは有里沙直々に選抜したメンバーで構成されていて、仲間同士の間ではどんな本音を言い合ってもいいというルールがありました。秘密結社の一員になれたようだと、内心、嬉しさを感じる史。そんなある日、鮎美という少女がクラスに転入してきます。鮎美は内向的な上、言動が少しズレており、クラスメイト達になかなか馴染めません。意外なことに、有里沙は「鮎美みたいな子と本音で話したら面白そう。グループに入れたい」と言い出すのですが・・・・・

 

「小説を楽しむのに年齢や性別は関係ない」というのが私の持論ですが、本作に関しては、男性より女性の方がより共感度が高い気がします。<誰と仲良くするか><どのグループに入れるか>が学生時代を大きく左右する感じ。一人ぼっちと思われたくなくて、クラスのはみ出し者と渋々つるむ計算高さ。別に頼まれたわけでもないのに、「あの子、グループに入れる?」「えー、どうするー?」などと勝手に品定めし合う傲慢さ・・・思春期の子ども、特に女子って、多かれ少なかれこういう面があるんですよね。この時代をくぐり抜けた経験のある私は、史達を意地悪だと言い切ることはできませんでした。

 

また、作中に渦巻くネガティブな要素の描写も、ゾッとするほど秀逸です。クラスで浮いてしまっている多美子の厚かましさや、鮎美の要領が悪く会話が噛み合わない感じ。嫌がらせするのは言語道断ですが、「同じクラスにいたら、そりゃあんまり仲良くはしたくないかなぁ」と思ってしまうんですよ。彼女達に対するクラスメイトの行いも、酷いと言えば酷いけれど、いじめとして取り沙汰されることは恐らくないであろう、絶妙な匙加減。白眉はやはりクラス文集を利用した悪意たっぷりの仕掛けでしょうね。殴る蹴るするわけでもなく、面と向かって罵倒するわけでもない、にこやかさの陰に隠れた悪意の描き方がリアリティたっぷりです。読後感自体は悪くないものの、途中経過がけっこう陰湿なので、そこは覚悟しておくことをお勧めします。

 

なお、本作は青井夏海さんの『陽だまりの迷宮』という作品とリンクしています。こちらは十一人兄妹の末っ子が主役を務めるミステリーで、雰囲気は全体的にほっこりのどか。タイトルからして同シリーズなのでしょうが、作風はかなり違うので、読み比べてみても面白いかもしれません。

 

悲しいかな、この年頃ってこんなもの度★★★★★

時が経ったからこそ許せることもある度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    初めて聞く作家さんですが、おそらくペンネームだと思いますが名前からして爽やかそうです。加納朋子さんに近い作風なら安心して読めそうです。
    加納朋子さんも穏やかそうで多少毒を含んだエピソードもあり巧みな心理描写も楽しめそうです。
    本日、櫛木理宇さんの鳥越恭一郎の2作目を見つけて借りてきました。
    ますます読みたい本が増えそうです。

    1. ライオンまる より:

      ド派手な刑事事件の類は起こらず、平凡な日常生活に潜む悪意の描写が秀逸でした。
      ラストにちゃんと救いがあるところも、加納朋子さんと似ていると思います。

      鳥越シリーズ第二弾、発売前から楽しみにしていたので、早く読みたいです。
      こちらはやっと「祝祭のハングマン」を読み終えました。
      確かに、今後、別の中山作品に登場しそうなキャラがいましたね。
      御子柴シリーズの新刊も出るようですし、しばらく楽しみが続きそうです。

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