ミステリーやホラーのジャンルが好きで、<クローズド・サークル>を知らない方は、恐らくいないでしょう。単語を聞いたことがなくても、「外界と往来不可能な状況で事件が起こる様子を描いた作品のことだよ」と説明されれば、きっとピンとくると思います。嵐の孤島や吹雪の山荘、難破中の船・・・脱出困難な状況で怪事件が起き、「誰が犯人なのか」「次は自分が殺されるのか」と疑心暗鬼に駆られる登場人物達の姿は、多くのミステリーファンをハラハラドキドキさせてくれます。
ただ、現実的な目線で見てみると、クローズド・サークル作品には「なんでわざわざこんな状況で事件を起こすの?」という疑問がついて回ります。なるほど、確かに脱出困難な状況ならば、標的を逃さず仕留めることができます。その標的のことが憎い場合、より恐怖と不安を与えられるというメリットもあるでしょう。反面、外部と行き来できない分、犯人自身も逃亡できなかったり、犯行を見破られるリスクも高まったりします。よって、クローズド・サークル作品を面白くするためには、この辺りをどう上手く料理するかが重要な鍵となるわけです。でも、こんな形でクローズド・サークルを作った作家さんは、この方が最初ではないでしょうか。今回ご紹介するのは、夕木春央さんの『方舟』です。
こんな人におすすめ
・クローズド・サークル系のミステリー小説が好きな人
・絶望感溢れるどんでん返しが読みたい人
この方舟は、ノアの家族以外の人間も救ってくれるのだろうか---――大学時代のサークル仲間や従兄弟、たまたま知り合った三人家族と共に、山奥の地下施設<方舟>で一晩過ごすことになった主人公・柊一。そこで突如地震が発生し、<方舟>の出入り口が閉ざされてしまう。地震の影響で<方舟>にはじわじわと地下水が流入してきており、一週間もすれば完全に水没することは必至。一人が犠牲となり、施設内の装置を動かせば他の九人は助かるのだが・・・・・と思った矢先、仲間の一人が無惨な遺体となって発見された。一体誰が殺したのか。なぜわざわざこの状況で殺人を犯すのか。パニック状態の中、懸命に事態を打開しようとする柊一らだが、間もなく第二、第三の殺人が起き---――逃れようのない殺人劇と戦慄の結末を描く、ノンストップ・ミステリー
本作を書店で見た方は、まず帯に書かれたコメント陣の豪華さに驚くと思います。有栖川有栖さん、秋吉理香子さん、法月綸太郎さん、似鳥鶏さん、真梨幸子さん、横関大さん・・・読書好きなら涎を垂らしそうなほどの錚々たる顔触れが、惜しみない賛辞を送っています。個人的には、有栖川有栖さんの「この衝撃は一生もの」というコメントが一番ビビッときました。
ひょんなことから主人公・柊一は、大学時代のサークル仲間や従兄弟、偶然出くわした三人家族、総勢十人で、山奥の地下施設<方舟>で一夜を明かすことになります。滅多にない刺激的な体験ができるはずでしたが、突如発生した地震により、事態は一変しました。出入口は閉ざされ、スマホは圏外、地下からはじわじわと水が流れ込み、一週間もすれば全員溺死することは不可避。唯一の道は、誰か一人が施設に残って地下の装置を動かし、出入口を塞ぐ岩をどかすこと。構造上、施設に残った一人は脱出できず、犠牲となるしかありません。では、誰がその役目を引き受けるのか?一同が悩む間もなく、柊一の仲間の一人・裕哉が何者に殺害されました。犯人が誰か分からない状況の中、一つの結論が出ます。犯人を見つけ、そいつに犠牲者役をやらせればいい---――懸命に犯人を捜そうとする柊一らを後目に、次々と殺人が起きていきます。
さて、本作は有名作家達の絶賛ぶりとは裏腹に、読み始めた段階では意外と突っ込みどころが多いです。まず、登場人物達が懸命に行う犯人捜しに、あまり意義が見出だせないこと。仮に犯人を見つけ、「お前は悪事を働いたんだから、罰としてみんなのために装置を動かし、ここで一人溺れ死ね」などと命令したとして、それが実行されるでしょうか。脅迫し、拷問し、犠牲者役となることを強いたところで、犯人が従うでしょうか。むしろ、破れかぶれになった犯人が、死なば諸共と役目を放棄する可能性の方がずっと高い気がします。というか、私が犯人ならたぶんそうします。
また、前書きにも書いた、犯人がクローズド・サークルの状況下で連続殺人を犯す理由も不可解です。<誰か一人が犠牲にならないと絶対に脱出路は開けない><脱出できないのは自然災害の結果であり、犯人も事前に何の準備もできていない>という設定上、犯人がメンバーを次々減らしていくことは何のメリットもありません。それどころか、もし投票やくじで犠牲者役を決めようとなった場合、人数が減れば減るほど犯人自身が当たる可能性が高くなるわけです。後半、探偵役の推理によって犯人が分かり、上記の疑問点も一応説明されるのですが、正直、「だからって、この状況下でそんなことしなくてもさ・・・」というのが本音でした。
それらがひっくり返るのは、エピローグ。未だかつて、これほど合理的かつ残酷な<犯人がクローズド・サークルで連続殺人を犯した理由>が存在したでしょうか。<犠牲者役をやらせるため、犯人探しに躍起になる><生存者が多い方が有利な状況で連続殺人が起こる>という設定を最大限生かし、読者と登場人物達の度肝を抜く展開に、しばし言葉を失ってしまいました。探偵の謎解きがいまいち消化不良気味だったのは、すべてこのためだったのですね。この後の<方舟>がどうなるかを想像すると・・・鳥肌が立ちそうです。
なお、本作は閉所恐怖症・水恐怖症の方にとっては本当にキツいと思います。脱出不可能な地下施設、少しずつ減っていく食糧、せり上がって来る水、その先に待つのは数日がかりでの緩慢な溺死・・・・・<閉じ込められる>というシチュエーションが大の苦手な私は、終盤、貧血起こしそうでした。なんならこの文章を書いている今も胃がキリキリするくらいです。ミステリー作品としては文句なしに面白いので、周辺環境や精神状態を整えてから読むことをお勧めします。
これは確かに連続殺人を犯すしかない度★★★★☆
主人公の決断を責められないよ・・・度★★★★★
かなり大御所のミステリー作家からのコメントがあるのが気になります。
クローズドサークルミステリーはネタが出尽くしたとさえ思いますが、想像力次第でいくらでも面白くなりそうだと実感しました。
キャンプのようなレジャー気分で孤島に行ってとんでもない事件に巻き込まれる。
クローズドサークルミステリーの王道ですが、これまでとは違う展開がありそうです。
先ほど読み終えた東川篤哉さんの「仕掛島」は「謎解きはディナーの後で」のような緊張感のないミステリーですが斬新なクローズドサークルミステリーでした。
御子柴弁護士シリーズの第6弾はグロい内容ですが読み応えありました。
クローズド・サークルものは結構読んだ私ですが、ここまで強く「そりゃ確かに連続殺人を犯すよね」と納得させられた作品はそうそうありません。
ありそうでなかったこのアイデアを思い付いた発想力・構成力に脱帽です。
「御子柴弁護士シリーズ」の最新刊は、確か、相模原の大量殺人事件をモチーフにしているんでしたよね。
御子柴がどう関わっていくのか、すごく興味あります。
こんばんは。
改めてお誕生日おめでとうございます。
流石に大物ミステリー作家たちが絶賛するクローズドサークルミステリーでした。
帯に出てくるミステリー作家では、今村昌弘さんに近い気がします。
方舟どころかまさにタイタニックというオチでした。
ただ残念なのは地下建築の設定が複雑で岩を落として出口が開くという状況がイマイチ理解しづらいこと、麻衣が無事に脱出出来たかどうか分からないことでした。
自分の理解力が低いせいでせっかくのどんでん返しが半減してしまった気がします。
しかし、後から見事な設定だとジワジワと感じました。
あまりにも強かな麻衣の発想が衝撃的で柊一の翔太郎さえもピエロに過ぎなかったですね。
死の危険を知りながらもどこかお気楽というか自分が死ぬとすら思っていない危機感の無さが麻衣の手のひらで踊らされた原因だと思いますが、自分も似たようなものかも知れません。
初読みの作家さんだったと思いますが他の作品も読みたくなりました。
こんばんは!祝福メッセージ、ありがとうございます♪
あの地下施設の構造は私もほとんど理解しておらず、半ば流し読みしてしまいました(^^;)
それでも、十分読ませる力のある筆力と構成だったと思います。
漫画やドラマじゃあるまいし、危機的状況に陥った人達って、意外とああいうお気楽さなのかもしれませんね。
オチが分かってみれば、ドヤ顔で推理を披露した翔太郎の滑稽さときたら・・・
主人公の恐怖と絶望を思うと、今も鳥肌が立ちそうです。