はいくる

「隣人」 永井するみ

昨今は近所付き合いが希薄な世の中だと言われています。私自身、生まれてから今まで何度か引っ越しを経験しましたが、隣近所と親しく付き合った経験は皆無。せいぜい顔を知っている程度だったり、最初から最後まで隣人と一度も顔を合わせないままだったことさえあります。

もっとも、「どんな人なのかよく分からない」というのは、何も近所付き合いに限った話ではありません。親子、兄弟姉妹、友達、恋人、夫婦・・・どれだけ近い関係でも、いえ、近い関係だからこそ、相手の本性や本音が分からなくなることは多々あります。今回ご紹介するのは永井するみさん『隣人』。身近な人の知られざる一面にゾクッとさせられました。

 

こんな人におすすめ

イヤ~なサスペンス短編集が読みたい人

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幸福な夫婦を襲った悲劇の顛末、不倫相手との未来を得ようと足掻く女の運命、家庭に疲れた男が見つけた憩いの場、優しい伯父夫妻を慕う姪の胸内、幼馴染と再会した男が知る過去の罪、訳あって妹の子を連れ出した女の旅路・・・・・近いけれど、遠い。親しいはずなのに、見えない。絡み合う人間模様を描いたサスペンス短編

 

一部を除いて、永井作品の多くにはシリアルキラーもサイコパスも極悪ヤクザも出てきません。犯罪が登場することはあっても、基本的に身近で起きる出来事が中心です。だからこその緊張感や恐怖感があるのですが、本作はそんな永井ワールドの特色がはっきり表れた一冊と言えるでしょう。各話の主人公たちが、それぞれ身勝手だったり他力本願だったりと、完全な善人とは言い切れないところにリアリティを感じました。

 

「隣人」・・・優しい夫と飼い猫のサシーとともに幸福な日々を送る主人公・美由紀。ある日、夫婦で旅行に出かけるが、不幸にも夫が海で溺死してしまう。周囲の皆が主人公を気遣う中、ふいに隣家の住人が訪ねてきて・・・・・

表題作なだけあって、作中に流れるじめっとした空気は収録作品中随一だと思います。設定からして、美由紀が単なる<悲劇の未亡人>ではないのだろうなと想像できますが、まさかそれが本音だったとはね。そこに絡んでくる隣人もねっとりと気色悪いことこの上なし!この雰囲気に、猫というミステリアスな動物がうまくマッチしていました。

 

「伴走者」・・・派遣社員として働く主人公は、ふとしたきっかけで派遣先の上司と不倫関係を結んでしまう。絶対に彼を手放したくない。でも彼には家庭がある。試行錯誤する主人公に、上司はある頼み事をするのだが・・・・・

しでかしたことは一話の主人公の方が大きいのですが、人としての醜悪さではこのエピソードの主人公の方が上だと思います。不倫という罪を犯しておきながら、自分の将来のことしか考えない浅ましさ。そのせいか、ラストで主人公が強烈すぎるしっぺ返しを食らっても、あんまり同情できません。でも、<彼女>は気の毒だよなぁ・・・

 

「風の墓」・・・実家依存の妻との結婚生活に倦んだ高校教師・兼吾は、気まぐれで訪れたギャラリーで女性作家の作品に惹きつけられる。ひょんなことから作家と知り合う機会を得、交流を続ける兼吾だが・・・・・

前の二話と同じく、身勝手な欲望で身を滅ぼす主人公の話なんですが、このエピソードの兼吾には愚かさと同じくらい哀れさを感じます。いつまでも親子べったり状態の妻と義両親がいたんじゃ気が休まらないだろうし、遅くに芽生えた恋心にのぼせ上っちゃったんだろうなぁ。女性作家側の心理描写がなく、内面がほとんど分からない所が逆に怖いです。

 

「洗足の家」・・・仕事一筋の父と、交通事故死した母に代わり、優しく接してくれる伯父夫妻を慕う主人公。結婚を考え始めた彼女は、恋人を伯父夫妻に紹介することにする。実は伯母は、主人公の母が亡くなったのと同じ事故で車椅子生活を余儀なくされていて・・・

私が一番好きなエピソードです。物事の表面しか見ない男性陣に対し、心の闇の奥底を覗いた上で結託する女性陣が怖い怖い・・・でも、彼女たちの欲望に対する忠実さがきっぱり突き抜けているせいで、妙な後味の良ささえ感じちゃいます。まあ、被害者もかなりろくでもない奴だし、こういうハッピーエンドもアリなんじゃないでしょうか。

 

「至福の時」・・・大学生の恭平は、モデルのアルバイトを始めることにする。実は、恭平がアルバイトを始めたのには、ある理由があった。子どもの頃、恭平はモデル事務所の近くにある幼児教室に通っていたのだが・・・・・

第二話の兼吾とは違った意味で、このエピソードの恭平には哀れさを感じました。母の自殺の真相が、自分の予想していたものとは違っていたと知った時の彼の衝撃はどれほどのものだったことか・・・でも、実母の胸中も理解できないではないし、すべてが物悲しいです。後で気づきましたが、これは収録作品の中で最長のエピソードだったんですね。そうと気づかせない読みやすさです。

 

「雪模様」・・・かつて、妻子ある男と不倫していた主人公。だが、なんと実の妹と不倫相手が恋に落ち、妹は彼の子を出産する。様々な感情を押し隠して妹と穏やかに付き合う主人公だが、ある時、衝動的に妹の子を連れ出してしまい・・・・・

作中で唯一、後味の良いエピソードです。過去に不倫していたという咎はあれど、逞しく将来を見据える主人公はなかなか好印象。逆に、不倫を繰り返す男はタンスの角に足の小指ぶつけちまえと思いますが・・・・・終盤にいきなり登場するある人物もいい働きをしますし、読んでいてとても清々しかったです。

 

本作をレビューサイトなどで見てみると、<プロットが同じ>という批判がちらほらありました。まあ、確かに、基本的にどの話も<信じていたものに裏切られる>という点で共通しているんですよね。それをマンネリと捉える人にとってはイマイチかもしれませんが、私はこういうプロットが大好きなので気になりません。語り口がいい意味で軽く、バッドエンドのエピソードでも嫌な気分を引きずらないところもプラスポイントです。

 

どんな近い人にでも秘密はある度★★★★★

やっぱり女性の方が嘘は上手い度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    隣に誰が住んでいるのか分からない~31歳の時転職して1人暮らし初めて結婚するまで3年間暮らした時がそうでした。
    隣の人が夜中に梨を剥くから包丁貸して下さいと2度も来たこともあったことを覚えています。包丁を持っていないと断りましたがあの時貸していたらどうなったのか?
     題名「隣人」と「雪模様」が面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      すぐ近くにいる人でも内面は分からない。
      そんな恐ろしさが丁寧に描写されていました。
      インパクトという点では表題作の「隣人」がトップ、後味の良さでは「雪模様」が一番だと思います。
      それにしても包丁の話、怖すぎる・・・・・

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