はいくる

「ダブル」 永井するみ

悲しいかな、この世には嫌なもの、受け入れられないものが溢れています。かくいう私自身、けっこう好き嫌いが多い方でして、嫌だと感じるものは色々あります。例を挙げると、虫、肉の脂身(霜降りとか本当に無理!)、ぶつぶつした穴の集合体などでしょうか。

しかし、いくら嫌だからといって、この世から排除できるとは思っていません。これが<誘拐殺人><放火>などのように明確な<悪>ならともかく、私個人の感覚で虫や脂身をすべて消し去るなど不可能ということくらい弁えています。そこを弁えず、不愉快なものを次々排除する人間がいたとしたら・・・・・一体どんなことになるか、想像しただけで恐ろしいですね。そんな恐ろしさを描いた小説がこちら、永井するみさん『ダブル』です。

 

こんな人におすすめ

女性目線でのサイコサスペンスが読みたい人

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極端に肥満した容姿に、耳につくキンキンした声。連続不審死事件の犠牲者たちは、いずれも人を不愉快にさせる要素があった。事件を取材するライターの多恵と、多恵の前に現れた幸せな妊婦・乃々香。立場も性格もまるで違う二人は、徐々に友情めいたものを育んでいく。そんな折、また新たな犠牲者が現れて・・・・・謎めいた死の連鎖は事故か、殺人か。自らの生き方に葛藤しつつ事件を追う多恵は、真相に辿りつくことができるのか。迷いと悩みの果てに明らかになる予想外の真実とは。

 

永井さん、なんであんなに早く亡くなってしまったんだろう・・・読み返すたびに悲しくなってしまうほど好きな作品です。登場人物のキャラクター設定といい、読者をゾッとさせるようなサイコパス描写といい、永井作品の中でもトップクラスの面白さなんじゃないでしょうか。何気に男性陣が好人物揃いなのもポイント高いです。

 

女性一人が犠牲となったひき逃げ事件。この事件は、被害女性が大変な肥満体であったこと、生前に恋人と人目も憚らずいちゃついていたことから<いちゃつきブス女事件>として世間の注目を集めます。さらにこの近所では、痴漢容疑をかけられたサラリーマンが駅の階段から転落死するという事件も発生。ライターの多恵はこの二つの死に関連性があると見て調査を始め、その過程で専業主婦の乃々香と知り合います。乃々香は妊娠しており、のんびりとマタニティライフを満喫中。正反対の境遇の二人が親しくなっていく中、独居老人が薬物入り缶コーヒーを飲んで病院に搬送されるという騒ぎが起きます。この老人は半ばボケており、急に卑猥な言葉を口にしたり通りすがりの女性を触ったりするなどして、近所で<色ぼけじいさん>と呼ばれていました。

 

ここまで来ると読者も多恵も気づきますが、被害者はいずれも<明確な犯罪ではないけれど、周囲に不快感を与える要素>を持っています。最初の被害女性は、人目を引くほどの肥満体であり、往来で彼氏といちゃいちゃする。二番目のサラリーマンはきいきいと耳障りな声の持ち主。三番目の老人は、痴呆のせいとはいえ、やっていることは痴漢です。もし私が彼らとすれ違ったとして、体調不良か何かで心に余裕がなければ、眉をひそめるくらいしたかもしれません。心身の状況次第では「あんな人、いなければいいのに」と内心思うことだってあるでしょう。でも、世の中の大多数の人と同様、決して殺そうなどとはしない。そんな正気と狂気のボーダーラインをあっさり超える人物の姿に、ゾワゾワハラハラしっぱなしでした。

 

で、ここで重要となるのが、主要登場人物である多恵と乃々香の存在です。ライターとしてバリバリ働く独身の多恵と、専業主婦生活をほんわかと楽しみつつ出産に備える乃々香。対照的な生き方を送る二人は、それぞれ違ったエゴや欲望の持ち主です。多恵は事件の真相解明に奔走するけれど、それは正義のためでも何でもなく、自分がライターとして名を上げたいから。特に前半などは、内心で被害者を貶めるようなことを思っている場面がちらほらあり、素直に感情移入できるとは言えないキャラクターです。

 

一方、乃々香はというと、一見おっとりした奥様風ながら、相当に依存心が強く好き嫌いも激しい女性です。いい年して夫や母親にべったり甘え、ひとたび「不愉快だ」と感じた人物に対する嫌悪感は苛烈と言っていいほど。そんな彼女は、連続不審死事件が起こるたび、事件の記事をスクラップして悦に入っているのですが、その行為が意味するところは果たして・・・・・ただ、乃々香ほどでないにしろ、妊娠中に普段以上に視野が狭くなったり、神経質になったりすることってあるんですよね。この辺りは、自分が妊娠していた頃のことを思い出し、「私はさすがにここまでじゃなかったよね・・・」と少し不安になってしまいました。

 

読了後にタイトルの意味が分かる構成も含め、非常に好みでした。なるほど、その<ダブル>だったのね。永井作品の中で、もう少し知名度高くていいと思うのですが、今一つなのは賛否が分かれる曖昧なラストのせいかなぁ・・・でも、私はこのモヤモヤ感が嫌いじゃありません。

 

人って一面だけじゃないんだよ度★★★★☆

これぞまさに負の連鎖・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    この作品を読んでから永井するみさんを暫く読まなくなるほど衝撃的でした。
    いくら目障りだからと言って、殺害して排除する母子に驚きました。
    秋吉理香子さんの「聖母」を読んで思い出しました。
    この母子に振り回された女性ライターは気の毒なのか読みが甘いのか?
    疑問が消化できないまま読み終えた作品でした。
    永井さんが生きておられたら令和の時代を描いた作品を読みたかったです。

    1. ライオンまる より:

      モヤモヤの残るラストですが、逆にそのモヤモヤが良かったと思います。
      犯人のサイコパスっぷりには心底ゾクッ・・・
      つくづく早すぎる死が惜しまれます。

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