はいくる

「螺旋階段のアリス」 加納朋子

世界各国には様々な童話があります。勧善懲悪のヒーロー話からおどろおどろしい怪異譚、くすりと笑えるほのぼのストーリーまで、その作風は千差万別。物語として面白いだけでなく、現代にも通じる教訓や風刺が込められているものも多く、大人になってから読んでも楽しめます。

そんな童話の中でも、『不思議の国のアリス』のシュールさは群を抜いていると思います。主人公・アリスが見た夢の話なだけあって、登場人物の背丈が伸びたり縮んだりするわ、動植物がいきなり喋るわ、道具が擬人化するわとやりたい放題。この奇妙さのせいか、『不思議の国のアリス』がゲームや小説のモチーフとして使われる場合、どことなく不気味で謎めいた作品になることが多いようですね。例を挙げると、小林泰三さんの『アリス殺し』や、当ブログでも取り上げた柴田よしきさん『紫のアリス』といったところでしょうか。もちろんそれはそれで面白いのですが、不気味なのは苦手という読者のため、今回はほっこりと希望のある作品をご紹介したいと思います。加納朋子さん『螺旋階段のアリス』です。

 

こんな人におすすめ

日常の謎を扱ったミステリー短編集が読みたい人

スポンサーリンク

長年勤めていた会社を退職し、私立探偵に転職した主人公・仁木。どうせならハードボイルドな本格探偵になろうと意気込むも、事務所は閑古鳥が鳴くばかり。おまけに白い猫と共に現れた謎の美少女・安梨沙をなりゆきで助手として雇うことになり、理想の日々から遠ざかる一方。だがこの安梨沙、なかなか鋭い観察眼の持ち主で・・・・・離婚を繰り返すマダムに突き付けられた思わぬ誤算、身の潔白を証明したいと願う社長夫人のもう一つの顔、老婦人が甘受してきた幸せの真相、無人のはずの倉庫で鳴る電話の謎、妻から夫へのささやかな頼み事に隠された哀しい秘密、産婦人科医から託された赤ん坊の正体。不思議の国のアリスをモチーフに綴られる、優しくちょっぴり切ないミステリー短編集

 

加納作品にしては珍しく、中年(五十代)男性が主人公です。どこから見ても平々凡々な中年男と、メルヘンチックな美少女のコンビだなんてアンバランスそのものなはずですが、加納朋子さんのほのぼのした筆致だとあら不思議、しっくり自然に見えてきます。あちこちで出てくる『不思議の国のアリス』を意識した描写もいい味出してました。

 

「螺旋階段のアリス」・・・安梨沙を助手とした迎えた探偵事務所に、ようやく依頼人が訪れる。長年専業主婦だった依頼人は、同じ夫と何度も離婚・再婚を繰り返してきたという過去の持ち主。自分の有難味を分からせたいが故の、半ばお遊びだ。ところが、数回目の離婚後、再婚手続きを踏む前に夫が急死してしまう。このままでは遺産がもらえないが、家の中のどこかには貸金庫の鍵が隠されているそうで・・・・・

どれだけ完璧に家事をこなしていようと、愛情を試すように離婚・再婚を要求する妻なんて、普通はかなり厄介なはず。若竹七海さん辺りなら無茶苦茶不愉快な人物に仕上げそうですが、ここはほのぼの加納ワールド。困ったちゃんな妻を夫が心から愛おしんでいたため、ちょっと笑える夫婦愛物語になっています。このご主人の悪戯、粋だなぁ。

 

「裏窓のアリス」・・・社長夫人から持ち込まれた依頼。それはなんと、自分の素行調査をしてほしいというものだった。曰く、夫が自分の不貞を疑っているため、潔白を証明したいのだという。調査そのものは、いたって順調に終了するのだが・・・

流れからして、素行調査依頼の裏には隠された思惑があるんだろうなと推測できますが、真相は予想外でした。男と女。夫と妻。その意識や価値観の違いというものをしみじみ感じさせます。安梨沙が毎日色々なお茶を事務所に持ち込むのは、『不思議の国のアリス』のお茶会をイメージしているのかな。こういうちょっとした描写から、安梨沙という少女の人間像が浮かんできて楽しいです。

 

「中庭のアリス」・・・見るからに上品な老婦人が事務所を訪れ、行方不明の飼い犬を探してほしいと依頼してきた。婦人はその犬を三十年間も飼い続けているという。犬がそんなに長生きするものなのか?案の定、婦人の身内は、そんな犬などいないと証言する。だが、婦人の妄想というわけでもなさそうで・・・・・

序盤で描かれる、幸福を絵に描いたような老婦人の様子が、真相を知った後だと違って見えてきます。本人は確かに幸せな人生を送ってきたんだろうし、何が悪いというわけではないんだけど・・・これから死ぬまでの間に、彼女が現実を直視する時が来たらどうなるか、かなり不安です。

 

「地下室の番人」・・・仁木が以前勤めていた会社の地下には倉庫がある。そこの<番人>と呼ばれている人物から依頼が来た。倉庫にはいつも施錠しており、基本的に無人なのだが、なぜかしょっちゅう庫内で電話が鳴るのだという。仁木は久しぶりにかつての職場を訪れて・・・・・

このエピソードでは安梨沙はほとんど目立たず、仁木が一人で奮闘します。この真相は、どれだけ推理力があっても、まだ若くて長く勤めた経験のない安梨沙には分からなかったかもしれませんね。脱サラした仁木の目から見た、良くも悪くも会社に囚われてしまった人間の姿が印象的です。

 

「最上階のアリス」・・・仁木の大学の先輩・真栄田から、奇妙な依頼が持ち込まれる。真栄田の妻は、あそこのお菓子を買ってきてとか、某所の個展に出席してきてとか、ちょっとしたお使いを真栄田に頻繁に頼んでくる。昔はこんなことはなかったのに、最近やけに多くないか。妻の頼み事の真意を探ってほしいと依頼された仁木は、早速調査を開始するが・・・

これは犯人(?)の真意に賛否両論ありそうですね。究極の愛とも取れるし、ものすごいエゴとも取れる。第三話同様、本人が幸せならそれでいいという見方もあるでしょうが・・・・・古畑任三郎辺りなら、計画の目的が達成される前に阻止しそうです。『不思議の国のアリス』だけでなく、ドン・キホーテの存在が効果的に使われていました。

 

「子供部屋のアリス」・・・仁木が今回引き受けることになったのは、なんと赤ん坊の子守。おまけにそれを依頼してきたのは、産婦人科の医者だ。なぜわざわざ、設備の整った病院から赤ん坊を連れ出し、探偵に世話させなければならないのだろう。不思議に思う仁木だが、真相は想像以上に過酷なものだった。

先生、素敵すぎる!!このエピソードの感想はそれに尽きます。明かされた真相が酷く哀しい分、どうにか救おうと奔走する産婦人科医の姿が凛々しくて。今回の被害者の苦しみは想像を絶するけど、これほど立派な先生と知り合えたのだから、なんとか立ち直ってほしいです。

 

「アリスのいない部屋」・・・ある日、安梨沙の父から「娘を出せ」という電話がかかってくる。安梨沙は休みを取ると言っていたのだが、父親には「仁木さんのところにいる」と告げ、そのまま行方知れずらしい。おまけに父親のもとには、「安梨沙を誘拐した」という電話がかかってきたそうで・・・・・

ここでようやく安梨沙の背景が明かされます。メインは彼女の失踪事件なんですが、個人的には仁木と脚本家の妻・鞠子とのやり取りの方が印象的でした。経済力も理解もある妻のおかげで、夢だった探偵業に専念できる仁木。そんな妻に感謝しなければと思いつつ、大黒柱として頼られていないことに感じる寂しさ。複雑な心境にある仁木が、妻とどう向き合うか、必読です。

 

ハートの女王やトランプの兵隊といった、ともすれば不気味だったり滑稽だったりしがちなキャラクターと絡めた人物描写が秀逸でした。未読でも差支えはありませんが、『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を読んでいた方が面白さが増すでしょうね。『鏡の国のアリス』の方はほとんど忘れてしまったので、図書館で探してみようかな。

 

童話は現実にも通じます度★★★★☆

仁木の家庭が素敵だな度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    思えば不思議の国のアリスはどんなお話か読んだことなかったです。
    設定からして名探偵コナンの毛利小五郎を思い出します。
    アガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」をモチーフにしたミステリーを読むのにアガサクリスティーを読み始めたように不思議の国のアリス、鏡の国にアリスを読むことから始めようと思いました。

    1. ライオンまる より:

      毛利小五郎よりは自分で推理しますが(笑)、生活苦で汲々としているわけではない探偵稼業という点で共通していますね。
      「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」のキャラクターを知っていれば、面白さが増すと思いますよ。
      本作の続編「虹の家のアリス」も面白いです。

ライオンまる へ返信する コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください