はいくる

「おそろし~三島屋変調百物語」 宮部みゆき

あけましておめでとうございます。2023年が始まりました。2022年を振り返ってみると、収束の気配が見えないコロナ、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元首相の銃殺事件と、気持ちが塞ぐニュースが多かったです。今年こそは明るい兆しが見えますように。それはきっと、全人類共通の願いでしょう。私にできることは少ないかもしれませんが、自分と家族の健やかな生活を守るよう心掛けつつ、読書も楽しんでいきたいです。

さて、年末年始という時期は、一年で一番、日本の伝統文化を感じる時期だと思います。着物姿の人が増え、お蕎麦やお節といった和食が多く供され、寺社仏閣での行事の多さも年間最多ではないでしょうか。こういう時期ですので、本もまた日本の文化を感じられる時代小説を取り上げようと思います。宮部みゆきさん『おそろし~三島屋変調百物語』です。

 

こんな人におすすめ

切なく温かい怪談小説が読みたい人

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悲しい過去を背負って実家を離れ、江戸に住む叔父夫妻のもとに身を寄せた娘・おちか。ひょんなことから、おちかは叔父宅に人を招き、彼らが胸に秘めた怪談話を聞き集める役目を担うこととなる。兄の死を願った弟が見たものの正体、新居で幸福に暮らす一家を待つ戦慄の運命、幼馴染と婚約者の命を奪った悲しい行き違い、美貌の姉と鏡がもたらす恐ろしい災厄、死者が集う屋敷に囚われていたもの・・・・・江戸を舞台に描かれる、人の情念が詰まった怪談小説集

 

大大大好きなシリーズ第一弾です。現代ものにしろ時代ものにしろ、宮部みゆきさんの小説に出てくる怪奇現象って「化物の仕業でした。怖かったね」で終わらないんですよね。たとえ化物が絡んでいても、本当に物事を左右するのは人間の情と業。その複雑な描き方が素晴らしいです。おまけに江戸時代が舞台ということもあり、丁寧に綴られる文化の描写が美しいこと!調度品一つ、食事一つ取っても情緒があり、清廉に生きるというのはこういうことなんだなと感じさせられました。

 

「曼殊沙華」・・・叔父夫妻が営む袋物屋<三島屋>で暮らし始めたおちか。ある時、おちかは叔父の代理として、客人である藤兵衛の話を聞くこととなる。藤兵衛は、自身の兄が人を殺したことがあると語り始め・・・・・

時代小説ではあるものの、現代にも通じる物語です。犯罪加害者の家族として、辛酸を舐め続けてきた藤兵衛。やっと平穏に暮らせるようになった矢先、兄が島流しから帰ってきて、周囲は「兄さんを支えてやれ」と妙に気遣う。なぜ兄ばかり庇われる?俺だって辛い思いをしてきたのに!・・・そんな藤兵衛の怒りと苛立ちを、冷酷だと責めることはできません。もともとはお兄さんが大好きだったからこそ、余計に許せなかったのでしょう。最後、藤兵衛が安らかな気持ちだったらいいなと思います。

 

「凶宅」・・・次なる百物語の語り手は、おたかという若い女性だ。幼少期、おたかは一家でとある屋敷に一年間だけという約束で住んだことがある。無事に一年暮らすことができれば百両払うという奇妙な話だ。不可解に思いつつ、破格の報酬と、屋敷の立派さに惹かれて屋敷暮らしを始める一家だが・・・・・

怪談としての怖さは収録作品中随一だと思います。ホラー小説で「~という条件を守れば大金がもらえる」という話が出てきた場合、大抵ろくなことにならないというのがお約束。この話でも、一家を待っていたのはあまりに不気味で謎めいた運命でした。親方をはじめ、怪異の存在に気付いていた人がいたにも関わらずまったく無力・・・というのも、いかにも日本の怪談っぽいですね。この話はここだけでは終わらず、最終話に続きます。

 

「邪恋」・・・おちかの口から語られる、彼女が実家を離れた本当の理由。おちかには、子どもの頃から家族同然に育った松太郎という少年がいた。昔、行き倒れていた松太郎を、哀れに思ったおちかの両親が引き取ってやったのだ。それを恩に感じ、身を粉にしておちか家族のために働く松太郎。それから歳月が流れ、年頃となったおちかのもとに、幼馴染の良助との縁談が持ち上がるのだが・・・・・

今回は怪談話ではなく、おちかの過去にまつわる話です。松太郎を家族同然と言いつつ、本当の家族にするつもりは毛頭なかったおちか一家。恩義に縛られて自立の道を歩めなかった松太郎。悪人など一人もいないのに起きてしまった悲劇がやるせなかったです。松太郎の複雑な立場と心理を理解していた行商人さんが、もうちょっと活躍してほしかった・・・

 

「魔鏡」・・・お福という女性が三島屋を訪れ、自身の実家が滅んだ顛末を語り始める。お福には、病のため田舎で静養中の姉がいた。やがて時が流れ、回復した姉は実家に戻ってきて、家族揃っての幸福な暮らしが始まった。優しい両親、兄姉に囲まれ、お福は幸せだった。長く離れて暮らしていた兄と姉が、禁断の恋に堕ちてしまうまでは。

怪奇現象は出てくるものの、それよりも人の情念の恐ろしさが身に染みる話です。凛々しい兄、美貌の姉、黒絹の布団と白い肌の女、謎を秘めた一枚の鏡。うーん、なんて禍々しくも耽美的!天真爛漫としていたお福がまっとうに幸せになれたのが唯一の救いです。対して、何一つ悪いことをしていない兄嫁さんが気の毒すぎる・・・

 

「家鳴り」・・・おちかのもとを、実家を継いだ兄の喜一が訪ねてきた。自死した松太郎の亡霊が出るようになり、おちかの身に何か起きるのではと案じたのだという。時同じくして告げられる、正気を失ったおたかの異変。すべての鍵は、幼いおたかが家族で暮らした屋敷にある。おちかはこの世ならざるものと対決する覚悟を決めて・・・・・

「凶宅」に出てきた屋敷が再登場するとともに、すべての話がここに集結します。過去を受け止め、勇気を出し、屋敷に囚われた人々を救おうとするおちかの凛々しいことといったら!怪談話に耳を傾け、そこに秘められた喜怒哀楽に触れ続けてきたことは無駄ではなかったのですね。此岸と彼岸を行き来する<商人>の正体など、謎が残る展開も非常に好みです。

 

宮部みゆきさんが「九十九話目まで書きたい」と語っていたという本シリーズ、現在は八刊目まで刊行されています。百物語達成まではまだ五十話以上の怪談が必要となるので、当分楽しみが続きそうで嬉しいです。でも、百物語が完成すると不吉なことが起こるっていうけど・・・だ、大丈夫ですよね?

 

時代を超えても人の情は変わらない度★★★★★

読後感は良いのでご安心を!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    新年明けましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。
    いろいろあったと毎年思いますが、ロシアの戦争に中国の台湾侵略、北朝鮮のミサイルの脅しか挑発など、いつ戦争に巻き込まれるかと危機感を強く感じた年でした。
     テレビでは日本人はのほほんとしている、危機感が無いのか?と言われても、だからどうしろ?と言いたくなりますが、自分に出来ることをしていくしかないと思います。
     宮部みゆきさんお時代もので怪談とは大変興味深いです。
     日本のホラーは江戸の情緒が入っていて、怖いと同時に何故か親しみを感じる作品が多くそれこどが怪談だと思います。
     百物語を全てシリーズで語られていくのは大変興味深いです。
     次にどんな話が来るかワクワクしながら読めそうで図書館が開館したら早速借りてきます。
     今年もブログ楽しみにしてます。
     

    1. ライオンまる より:

      宮部みゆきさんの時代小説は傑作揃いですが、中でもこのシリーズが一番好きです。
      百物語と銘打たれているだけあって、正統派の怪談、救いも希望もない怪異譚、ほのぼのコミカルな妖怪物語と、収録作品もバラエティ豊か。
      本作は第一作目ということもあって各話の繋がりが強いですが、二作目以降は基本的に独立した話ばかりなので、分量の割にさらりと読めますよ。

      2022年は今まで生きてきた中で一番<戦い>の気配を強く感じた年でした。
      ちっぽけな一市民に過ぎない私ですが、今そこにある幸せを壊さないよう、精一杯努力していくつもりです。

      しんくんさんのレビューも楽しみにしています。
      今年もよろしくお願いします。

  2. しんくん より:

    「曼殊沙華」読み終えましたが、オチがイマイチよく分かりません。
     百物語は一編完結だと思ってましたが連作短編集で繋がっているのですね。
     このブログ読んで改めて理解しました。後半が楽しみですが「スタッフ・ロール」も後半が面白くなってきました。
     辻村深月さんの「ハケンアニメ」のようなイメージです。
     深緑野分さんの「スタッフ・ロール」を会社に忘れてきてこちらを読み始めました。
     ところでイギリス王室のヘンリー王子が出された「回顧録」ですが読みたいと思いますか。
     世界に王室の恥を晒しているのか?とすら思いますが、何故か大変読みたくなります。日本語版は出ていないようですがいずれ翻訳されると思います。
     ヘンリー王子が秋篠宮様と重なって見えるのは自分だけでしょうか?

    1. ライオンまる より:

      何しろ<怪談>なだけあって、「結局どうしてこうなったの?」という部分があやふやなんですよね。
      二巻目以降は一話一話がほぼ独立していますが、この第一巻は各話の繋がりが強いので、余計に曖昧さ・不可解さを強く感じるのかもしれません。

      私は世界の王室史が結構好きなので、ヘンリー王子の回顧録にも興味津々です。
      秋篠宮様との間には、<勤勉実直な兄がいる><結婚の際にひと悶着あった><本人ではなく家族の行状で批判殺到>等々、共通点が多い気がします。
      日本語版が出たらぜひとも読みたいですね。

  3. しんくん より:

     読み終えました。
     まさに現代にも通じる愛憎劇、ホラーというより日本の怪談とはこういうものだと思いました。
     宮部みゆきさんらしい怪談というよりSF要素を感じるラストが良かったです。
     おちか自身が語り手になる場面もまた印象的でした。
     百物語とはただ怖い話を語るだけでなくこのような効果というか狙いがあるというのも新鮮な気分でした。

    1. ライオンまる より:

      愛憎劇でもあり怪談でもありSFでもあり・・・
      この多彩さが、本シリーズの魅力です。
      次巻からは、コミカルだったり、モンスターパニックだったりする話も出てきます。
      最新刊が、図書館での予約順位がやっと三番目まで来たので、早く読みたいです。

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