はいくる

「逆転美人」 藤崎翔

「このトリックは映像化不可能!」。ミステリー小説等でしばしば目にするキャッチコピーです。叙述トリックをはじめ、小説の<文字を読む>という特性を活かしたトリックに対して用いられることが多いですね。ラストで世界が反転するようなどんでん返しが待っていることが多く、私も大好きなトリックです。

とはいえ、脚本の作り方や、進歩した映像技術により、映像化不可能と言われつつ映像化に成功した作品もたくさんあります。貫井徳郎さんの『愚行録』は、妻夫木聡さん・満島ひかりさん主演で映画化されていますが、個人的にその年一番と言えるくらいの傑作だったと思います。でも、どれだけやり方を考えても、この作品は本当に映像化不可能ではないでしょうか。藤崎翔さん『逆転美人』です。

 

こんな人におすすめ

どんでん返しのあるイヤミスが読みたい人

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過ぎた美貌のせいで、幼い頃より辛酸を舐め続けてきた香織(仮名)。いじめ、セクハラ、性犯罪、そしてついに殺人事件に巻き込まれてしまう。私は何も悪いことをしていないのに、このままではあまりに理不尽だ。香織は意を決し、手記『逆転美人』を出版することにした。手記の中で、香織は自らの過酷な半生と、殺人事件の真相について語るのだが・・・・・読者を驚愕の渦に巻き込む、どんでん返しミステリー

 

この本を完成させるの、さぞかし大変だったろうなぁ!というのが初読み時の感想です。古今東西、ミステリー界には様々なトリックがあれど、これほど技巧を凝らしたものは数えるくらいしか存在しないのではないでしょうか。作者の藤崎翔さんはもちろんですが、編集さんの努力にも敬意を表します。

 

飛び抜けた美貌を持って生まれてきた主人公・香織(仮名)。ですが彼女の半生は、その美しさのせいで苦難の連続でした。誘拐や強姦未遂、自身を性的な対象として揶揄する男達、同性からの嫉妬と嫌がらせ。ようやく得た幸福な家庭は不慮の事故で失われ、とうとう我が子をも危険に晒す殺人事件が起きてしまいます。事件のせいでますます世間から好奇の目で見られるようになった香織は、汚名を晴らし、事件の真相を知らしめるため、手記『逆転美人』を出版します。しかし、そこには誰もが予想しえなかった驚愕の真相が隠されていました。

 

本作は、大きく二つに分かれます。三分の二は香織が綴る『逆転美人』の本章、残る三分の一は『逆転美人』の追記です。先に言っておきますと、『逆転美人』本章の内容そのものは、ミステリーとしてはさほど面白いものではありません。絶世の美女がいかに辛い目に遭ってきたかを延々と語っているだけなので、人によっては「嫌味?」「鼻につく」と感じる可能性さえあります。実際、香織も少々考えが足りない面があるため、余計にそう感じるのかもしれませんね。

 

ですが、本章で読むのをやめるのは絶対にやめてください。どれほど鼻につこうと、追記部分まで読み進めてください。黒と白が逆転し、すべての違和感が綺麗にまとまっていく構成に唸らされること必至です。二〇〇ページ以上かけてこれだけのトリックを仕掛けるなんて、どれほどの努力と時間が必要だったことでしょう・・・藤崎翔さんはこれまでもどんでん返しのあるミステリーをたくさん執筆されていますが、こういうタイプのひっくり返し方は初めてだったので、嬉しい驚きでした。

 

また、ミステリー的面白さでは可もなく不可もなしという印象の本章ですが、決して小説としてつまらないわけではありません。世の中に広く蔓延したルッキズムの弊害。性的に嘲笑われようと、性犯罪未遂に遭いかけようと、「美人だって褒めてるんだから、別にいいじゃん」「はいはい、魅力的で良かったね」と軽くあしらわれてしまう悔しさ。特に女性の容姿って、美醜問わず<ちょっとしたからかい>という名の侮辱に晒されることが多い気がします。個人的に、バラエティ番組などで、女性芸人や中年の女性タレントを露骨に笑い者にする空気、苦手なんですよね。ああいうの、何とかならないのでしょうか。

 

前書きに書いた通り、本作には<小説>の特性を最大限活かしたトリックが仕掛けられています。さすがにこれは映像化絶対不可能だと思うのですが・・・できるのかな?もしするとしたら、トリックそのものの描き方はもちろん、広末涼子さんと深田恭子さんと仲間由紀恵さんと佐々木希さんに似ているという香織を一体誰が演じるのか、気になるところです。

 

追記読まずに見破れた人は天才!度★★★★★

できるだけ前情報を得ずに読んでください度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    藤崎翔さん久しぶりです。奇想天外というか予測出来ないミステリーは楽しみです。
    中山七里さんとは違う意味でのどんでん返しは楽しみです。
    先ほど市川憂人さんのミステリーを読み終えましたがこれも予測不可能なミステリーでした。予約しようと思いますが、宮部みゆきさんの百物語シリーズに深緑野分さんの久しぶりの西欧を舞台にしたらしい作品「スタッフ・ロール」を借りて来ました。
    ボリューム感たっぷりの作品ばかり借りてきたので読み終わってからにしょうと思います。

    1. ライオンまる より:

      藤崎翔さんらしい、スピード感溢れるミステリーでした。
      「スタッフロール」も結構な長編ですよね。
      私は雨穴さんの「変な絵」をやっと読了。
      このシリーズ大好きなので、今後も続いてほしいです。

  2. しんくん より:

    逆転美人は予約しましたがまだ先になりそうです。
    代わりに棚にあった指名手配作家を借りて来ました。
    これも大変面白かったですが読まれたでしょうか。

    1. ライオンまる より:

      「指名手配作家」、読んで感想記事を投稿しました(^^)
      藤崎翔さんの著作の中では、トップ3に入るくらい好きです。
      主人公夫婦の力技で物事を解決していく感じ、本当はいけないんでしょうけど、物語のキャラとしてはすごく魅力的です。

  3. しんくん より:

    面白かったです。主人公・仮名香織の美貌故の酷いイジメに遭った辛い半生は読むのがキツかったですがあちこちで妙な違和感がありました。
    それを全て解決してくれる後半からの追記で全て謎が解けました。
    指名手配作家に似たような設定でしたが、題名の意味がシックリとくる後半はさらに夢中で読んでました。
    森中優子は、東野圭吾の「白夜行」に登場する雪穂、中山七里さんに登場する蒲生美智留に近いと思いますが詰めが甘く考えが足りない。
    どちらが正しいのかと言われるとやはり娘の亜希だと言わざるを得ないですね。
    男が描くイヤミスとしては見事だと思います。

    1. ライオンまる より:

      香織の半生がひたすら哀れだった前半と、真相が発覚する後半の印象の変わりっぷりが衝撃的でした。
      優子は頭が回るタイプなんだろうけど、雪穂や蒲生美智留に比べると役者が負けるかな。
      読了後、こんなに頑張ってページを遡った作品は初めてかもしれないです(^^)

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