はいくる

「老い蜂」 櫛木理宇

一昔前、<お年寄り>という言葉が持つイメージは、貫禄や老練、泰然自若といったものでした。最近はどうでしょうか。老害、暴走老人、シルバーモンスター・・・残念ながら、そんなマイナスイメージのある単語が飛び交っているのが現状です。もちろん、老若男女問わず、非常識で悪質な人間はいつの時代も大勢いました。ただ、感情をコントロールする前頭葉の機能は、ただでさえ加齢により低下するもの。加えて、核家族化や非婚化が進む現代において、かつてのように家族と暮らすことができず、コミュニケーション能力が一気に衰えて暴走するお年寄りが増えたことは事実だと思います。

これまでこのブログでは、中山七里さんの『要介護探偵の事件簿』や宮部みゆきさんの『淋しい狩人』といった、老いてなお気力も知力も若者に負けず、経験を活かして活躍するお年寄りの小説を取り上げてきました。こんなお年寄りばかりなら何の問題もないのですが、悲しいかな、善人もいれば悪人もいるのが世の常です。今回は、読者の背筋を凍らせるような老人が出てくる作品をご紹介します。櫛木理宇さん『老い蜂』です。

 

こんな人におすすめ

老人ストーカーが絡んだサイコスリラーに興味がある人

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ある日突然、女性の前に出現した老人ストーカー。その仕打ちは陰湿を極めるが、相手が高齢者ということもあって周囲はまともに取り合ってくれない。打ちのめされ、恐怖に震える被害者だが・・・・・程なくして、新婚夫婦の家が老人に襲撃され、夫は死亡、妻は誘拐されるという事件が起こる。この老人は一体何者なのか。一体なぜ、幸せそのものの若夫婦を狙ったのか。連れ去られた妻は果たして無事なのか。事件を担当することになった佐坂と北野谷は、懸命に捜査に臨むのだが---――

 

む、胸糞悪い・・・・・!櫛木理宇さんは『灰いろの鴉』でも老人問題を取り扱っていましたが、あちらに出てくる老人が被害を受ける側だったのに対し、本作は容赦なく他人を苦しめ、追い詰めるモンスター老人が登場します。『殺人依存症』同様、読むタイミングを選ぶ作品だと思うので、くれぐれもご注意ください。

 

小輪(さわ)と薫子。無関係のはずの女性二人が巻き込まれた、高齢者によるストーカー事件。ところが、加害者が老人と知るや否や、身内も警察も「寂しいお年寄りのすることなんだから大目に見てやれ」と、苦笑しながら言うばかり。数々の不気味な嫌がらせに、二人は憔悴していきます。それからしばらく経った頃、正体不明の老人が若夫婦の家を襲撃して夫を殺害、妻を連れ去るという凶悪事件を起こします。事件を担当するのは、幼い頃、ストーカーに姉を殺害された過去を持つ荻窪署の佐坂と、一癖ある性格ながら名刑事の誉れ高い警視庁の北野谷。捜査を進める二人の前に現れる、一筋縄ではいかない関係者達と、被害者夫婦が抱えた深い苦悩。やがて事件は、二人の女性が巻き込まれたストーカー事件と、そして過去に起きた連続殺人事件と意外な繋がりを見せ始めます。果たして佐坂達は犯人を逮捕し、攫われた妻を助けることはできるのでしょうか。

 

本作は、前半と後半でかなり雰囲気が違います。前半は、小輪と薫子という一見無関係な女性達の身に起きた老人によるストーカー事件を中心に進みます。これがもう言葉に表せないくらい気色悪くておぞましい!!!風鈴の音色とともに接近してくるストーカー、延々とついてくる足音、ドアスコープの向こう側から室内を凝視する目、投げ込まれた排泄物まみれの下着、老人が行う性的な仕草・・・おまけに、これだけ陰湿な嫌がらせをされているのに、物理的な被害がないので対処の仕様がないのです。それどころか、身内も友人も警察も「まあまあ、お年寄りのしたことじゃないの」「あんまりおじいさんをいじめなさんな」と軽く流すばかり。ストーカーじいさんの気色悪さもさることながら、こういった周囲の人間の態度も胸糞悪くて仕方ありませんでした。特に薫子の兄嫁!お前はもうちょっと痛い目を見ろ!

 

そして中盤、謎の老人による新婚夫婦襲撃事件が起きて以降は雰囲気ががらりと変わり、スリリングな警察小説になります。中心となる刑事は、ストーカー殺人事件の被害者遺族である佐坂と、切れ者ながらアクの強い北野谷。さらにここに、櫛木ワールドおなじみの名刑事・今道が加わってくれるのが、ファンとしては嬉しいですね。過去のトラウマから迷走しがちな佐坂、変わり者ゆえ理解者が少ない北野谷の間で、いい感じにバランスを取ってくれました。

 

しかしまあ、一部の人間達の性悪なこと性悪なこと。ストーカー老人の狂気は言うまでもありませんが、我が子を道具以下としか思っていない女、ひたすら保身に走る小悪党、身勝手な欲を弱者にぶつける男etcetc、救いようのない人間達のオンパレードです。おまけにそういった人間も、劣悪な生育環境のせいでまともに育てなかったという描写もあり、憎むべきなのか哀れむべきなのか、何度も悩まされました。過去に起きた連続殺人事件なんて、完全に負の連鎖だもんな・・・被害者遺族達の悲惨なその後も嫌になるくらい丁寧に描いてあって、陰陰滅滅とした気分になること請け合いです。

 

とはいえ、本作は、櫛木理宇さんの著作の中では比較的ハッピーエンドと言える結末を迎えます。犯人は逮捕され、守るべき人間は守られる。『殺人依存症』では、解決したと見せかけて絶望エンドが待っていたのでハラハラしたものの、今回はトラウマを抱えた佐坂が新たな一歩を踏み出すこともできて一安心。読者だけでは恐らく分からない経緯で真犯人が判明するため、ミステリーとしては物足りないかもしれませんが、クライムサスペンスとしては上出来だと思います。たぶん、今道刑事は櫛木理宇さんのお気に入りっぽいので、今後も活躍してほしいですね。

 

虫唾が走るレベルの身勝手さ★★★★★

お年寄りはか弱いもの★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

     図書館で借りて来て今家にあります。帯を少し読みましたがかなりドギツイ内容だと思いましたが予想以上に重たそうです。
     「虎を追う」のように引退したり刑事が孫と凄惨な事件を追いかけて実の娘にこっぴどかく叱られる場面が面白かったですが救いのないような負の連鎖、悲劇の連続でそのような息抜きの場面はあるのでしょうか。スカッとするラストのようで楽しみです。ホ-ンテッド・キャンパス19読み終えました。いつの時代でもクズ男に泣かされる女性は存在すると思わされる短編ばかりでした。八神とこよみの急接近が印象的でした。

    1. ライオンまる より:

      今回は、ほのぼのシーンは少なめですね。
      強いて言うなら、曲者刑事の北野谷が料理好きで、料理に関する蘊蓄を語る場面がちょっと息抜きかも?
      ただ、ラストはきちんと一件落着するので、読後感はそこそこ良かったです。

      「ホーンテッド・キャンパス19」、早く読みたいです!!
      もう八神も卒業が近いですよね・・・
      できればシリーズ最終巻までに、大好きな泉水がクローズアップされたエピソードが読みたいものです。
      彼、八神や鈴木と違って心身共に強いキャラだからか、いつもさらりと描かれちゃうんですよね(涙)

  2. しんくん より:

     読み終えました。予想以上に胸糞悪くなる内容ですが引き込まれて一気読みでした。
     薫子の兄嫁に腹が立ちましたが女性はあれぐらい強かでないとストーカーの犠牲になってしまうではないか?小輪、薫子もあそこまで図々しく~とは行かないまでも見習うところもあるのでは?と少し思いました。しかし犯人が最後の最後まで判らず救いのあるラストは良かったです。
    灰いろの鴉は未読ですので読みたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      ほんとーーーーーにあの兄嫁は腹立たしい!!
      でも確かに、ああいう図太い人の方が犯罪被害を防ぎやすいというのもまた事実なんですよね。
      「灰いろの鴉」も、本作とは別視点で老人問題を取り上げていて面白いですよ。
      あんまり同じ作者の記事が続くのもどうかと思うので、少し間を置いてからレビューをアップしようと思っています。

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