子どもの頃、<契約>というのはものすごく複雑かつ高度なもので、身近には存在しないと思っていました。漫画やドラマの中で、社運を賭けたプロジェクトに挑む会社員が契約書を取り交わしたり、悪徳商人に売り飛ばされた主人公が奴隷契約を結ばされたり、悪魔に願いを叶えてもらうのと引き換えに魂を渡す契約を結んだり・・・・・ただの<約束>とは違う仰々しさを感じていたものです。
ですが、成長した今になって考えてみると、契約とはそれほど物々しく現実離れしたものではありません。それどころか、日常生活の至る所に契約は溢れています。店で物を買うのだって一種の契約ですし、新しくサイトに登録したりアプリをダウンロードしたりする時に契約書が表示されることもしょっちゅうです。これほど機会が多いと、契約というものに対するハードルが低くなってしまいがちですが・・・・・その契約、本当に結んで大丈夫ですか?契約書の内容、ちゃんと読んでいますか?この作品を読んだ後は、気軽に契約を結ぶことができなくなってしまうかもしれません。明野照葉さんの『契約』です。
こんな人におすすめ
女性の執念を描いたサスペンスが読みたい人
私は一体、何を誓ってしまったのだろうか---――仕事も恋愛も何一つうまくいかず、鬱々とした日々を送る主人公・南欧子(なおこ)。私の人生、こんなはずじゃなかったのに。そんな思いを持て余す南欧子の前に、ある日、夢のようなヘッドハンティングの話が舞い込んでくる。不可解に思いつつ、好待遇に惹かれた南欧子は、試用期間の契約を取り交わす。雇い主の意向により、外見や教養を徹底的に磨かれる日々。みるみる美しくなり、自信をつけた南欧子は、雇い主と本契約を結ぶことにするのだが・・・・・この罠を、あなたは見抜けるだろうか。女心に潜む虚栄と欺瞞を描くサイコサスペンス長編
先日、明野照葉さん原作のドラマ『汝の名』(二〇二二年放送)をようやく視聴しました。対照的な女性二人が、やってやり返しての泥沼バトルを繰り広げる様が強烈で、後味悪さを通り越して「いっそとことんやっちまえ」と思ったものです。本作にも、正反対の人生を生きる女性二人が登場しますが、展開も結末も『汝の名』とは大違い。設定に通ずるところがあっても、まったく違う物語を作り上げることができるのだから、つくづく作家さんって凄いと思います。
主人公は、弱小出版社に勤めるOLの南欧子。かつてスクールカースト最上位の女王様だった栄光を忘れられず、つまらない仕事やプライベートにうんざりしています。そんな南欧子に突如届いた、信じられないほど好条件のヘッドハンティングの話。半信半疑ながら話を受けた南欧子は、試用契約を結ぶことにします。「我が社で働いてもらう以上、冴えない状態でいてもらっては困る」。雇い主の意向により様々なスクールやエステに通わされ、外見も内面も磨き上げられたことで、南欧子はかつての輝きを取り戻しました。やっぱり私はこうあるべきだったんだ。南欧子は意気揚々と本契約を結ぶことにしますが、それは仕組まれた罠でした。日に日に理不尽さを増していく仕事に、溜まる一方の疲労、南欧子の不満を許さない契約事項の数々。その背後には、南欧子を憎んでやまない人物の影が見え隠れしていて・・・・・
と、ここまであらすじに書きましたし、割とあっさり分かるので隠しませんが、南欧子へのヘッドハンティングは、とある人物による陰謀です。この陰謀が、ものすごーく執念深くて嫌らしいんですよ。南欧子をただ陥れるだけでなく、少なくない金をかけ、あえてお姫様気分を味わわせてから落とすやり口なんて、まさに陰湿の一言。その復讐劇が血みどろのものではなく、<南欧子の理想とはかけ離れた肉体労働を延々とさせ続ける>だの<その様子を南欧子の友人知人に見せようとする>だの、妙に地に足がついたものなのも、余計にじめ~っとした気分にさせられます。
そこに拍車をかけるのが、タイトルでもある<契約>の存在です。事前に聞いていた仕事内容とあまりに違う環境に置かれ、嫌気が差した南欧子は、退職を考えるようになります。ここで、自分がよく考えず署名捺印した契約書により、そう簡単には辞められず、どうしても辞める場合は多額の違約金を払わなければならないことが発覚。弁護士に相談しても「きちんと合法のラインを守っているのでどうにもならない」と言われ、仕事自体もキツいけれど違法ではないため警察も頼れず、どん詰まりになっていく南欧子の不安や疲労の描写がリアルでした。
ただ、南欧子が割といい加減かつ傲慢な性格をしているせいか、罠にかかっても「自業自得じゃん」と思う部分が大きいんですよ。ごく普通の暮らしをしているのに不満タラタラなところといい、周囲に見栄を張りたい一心でドツボにはまっていく浅はかさといい、「これって避けられたよね」感が満載。南欧子が転職先で心底嫌がる仕事だって、老人介護や清掃といった、華やかではないかもしれないけどいたって真っ当なもの(しかも、高給)です。「あれだけ自分磨きさせられて、なんで介護や清掃やらなきゃいけないの!?もっとお洒落な仕事想像していたのに!こんな仕事してるって、周りに知られたくない!」と騒ぐ南欧子が、ワガママに思えて仕方ありませんでした。というか、このご時世、介護であれ清掃であれ、ほとんどスキルなしで転職して手取り四十万以上もらえるなら、文句言っちゃいかんでしょうに・・・
ちなみに、他作品にも言えることですが、明野照葉さんの作品はあえて明確な結末を描写せず、読者の想像に委ねる構成になっていることが多いです。それは本作も同様で、レビューサイト等を読んでも、そこが賛否の分かれるポイントとなっているようですね。「これが明野照葉さんの持ち味!」と思える人にとっては、女性心理のドロドロを味わえる、上質のサスペンスだと思います。
契約の内容はよくよく吟味しましょう度★★★★★
やられた側は一生忘れないんだよね度★★★★★
この作家さんは未読ですが、何処で聞いたことあるような設定だと感じます。
昨日、降田天さんの少女マクベスをが届きました。
辻村深月さん、湊かなえさんより降田天さん、もしくは辻堂ゆめさんに近い気がします。
契約という言葉の意味と現実がサイコサスペンスにどう繋がるかが楽しみです。
この作家さんも開拓したいですね。
ねっちりしたサイコサスペンスやホラーに定評がある作家さんです。
結末をぼかす傾向にあるので、そこを受け入れられるか否かで評価が変わるかもしれません。
毒島刑事の新作がやっと届きました。
あと、藤崎翔さんの新作が予約順位四番目まで来たので、早く読みたいものです。