はいくる

「むかし僕が死んだ家」 東野圭吾

小説が世間の注目を集めるきっかけは、<映像化される>もしくは<文学賞を受賞する>の二つが多いと思います。もちろん、口コミのみで広がっていく名作もたくさんありますが、有名監督の手で映像化されたり、賞を獲ったことがメディアに取り上げられたりすると、普段本を読まない層の関心を惹くこともできます。当ブログでも、掲載した作品がドラマ化されたことで、その記事の閲覧数が一気に何千件に跳ね上がったりすることもありました。

こうした有名作品も面白いものですが、それと同時に、世の中には<隠れた名作>というものも存在します。今のところ大々的に映像化されたわけでも、名のある賞を受賞したわけでもなく、世間一般の知名度はやや低いものの、面白さは保証つきの作品。かつてブログで紹介した歌野晶午さんの『家守』などはそれに当たるのではないかと、個人的に思っています。今回取り上げる作品もそうではないでしょうか。東野圭吾さん『むかし僕が死んだ家』です。

 

こんな人におすすめ

記憶にまつわるホラーミステリーが読みたい人

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かつて恋人だった女性と七年ぶりに再会した主人公。久しぶりに会った彼女の話は、予想を遥かに超えたものだった。「私には子どもの頃の記憶が一つもない」失くした記憶の手がかりらしき物を見つけたので調査に協力してほしいという頼みを、不審がりながらも引き受ける主人公。二人はわずかな手がかりをもとに、人里離れた場所に建つ家を訪れる。そこで待っていた真実は、あまりに切ないものだった・・・・・秘められた悲しみが胸を打つ記憶ミステリー

 

著者である東野圭吾さんをして<隠れた自信作>と言わしめる作品です。前書きにも書いた通り、本作の知名度は決して高い方ではありません。強烈な個性を放つ探偵役がいるわけでも、敵とのスリリングな攻防戦が繰り広げられるわけでもなく、東野ワールドの中では地味な部類と言えるでしょう。ですが、密度の濃い構成とリーダビリティは『加賀恭一郎シリーズ』や『ガリレオシリーズ』に勝るとも劣らないのではないかと、勝手に思っています。

 

主人公の<私>は、ある日、昔の恋人である沙也加から連絡を受けます。すでに別の男と結婚し子どももいる沙也加が一体何の用だと訝しみつつ会いに行く<私>ですが、そこで彼女から持ちかけられた話は予想外のものでした。「私には子どもの頃の記憶がない。先日、父が亡くなった際、遺品の中に私の記憶に関わっているらしい地図と鍵が出てきた。調べたいので、同行してくれないか」断り切れず了承した<私>が沙也加と共に向かったのは、長野県のとある山中にひっそりと建つ白い洋館。そこには、かつてこの家に住んでいた<祐介>という少年の日記が残されていました。

 

まずこの洋館の描写がめちゃくちゃ不気味!うら寂しい山の中に建つ異国風の家、なぜか地下からしか館内に入れない設計、水道管も電線も通っていない構造、すべて同じ時刻で止まった時計、そこに残された子どもの日記、綴られた悲惨な出来事・・・・・ミステリーと銘打たれているにも関わらず、本作がホラー扱いされるのは、この辺りの描き方のせいもあるでしょう。

 

とはいえ、そこはやっぱり東野ミステリーなだけあって、ミステリーとしての構成は文句なしです。特に、館の調度品やちょっとした描写が伏線になっていて、最後の真相に結び付く展開はお見事の一言。現在進行形で出て来る主要登場人物が<私>と沙也加の二人だけで、あとは祐介の日記に出てくる人物のみ、舞台となる場所も基本的に山奥の洋館のみという設定も、物語の欝々とした(褒め言葉)雰囲気を高めていた気がします。というかこれ、読了後に気付きましたが、たった二日間の出来事なんですよね。密度濃すぎて忘れてた・・・・・

 

冒頭から続く陰気な雰囲気からも察せられる通り、明かされた真実は暗く悲しいものです。この世に悲しいことなど山ほどありますが、児童虐待に関するとなると、悲惨さがより一層強く迫ってきます。ここで東野さんの凄いところは、虐待被害者だけでなく加害者の内面もちゃんと読者に想像させるところでしょう。どこかで何かが少し違えば、彼らはもっと健やかな家族になれたのではないか・・・沙也加の人生はもっと生きやすいものになっていたのではないか・・・そう思うとやり切れなかったです。

 

児童虐待問題が絡む性質上、手放しのハッピーエンドとは言い難いですが、救いが全くないわけではないので、イヤミス嫌いの方でも大丈夫だと思います。二〇二〇年一月現在、映像化の話はないものの、視覚的なトリックも使われていないし、いずれドラマか映画化される気がするなぁ。主役二人はどちらも三十歳前後らしいので、高良健吾さんと木村文乃さん主演なんてどうでしょうか。

 

子どもに罪はありません度★★★★★

読み終わってタイトルに納得!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    懐かしいですね。
    不気味な洋館の意味が分かった瞬間、女性の無くなった記憶、子供の日記に書かれた真実が全て繋がりました。
    同時に余計に複雑な気分になった記憶があります。
    真実を知れば知るほど悲しくなりますが、この2人のその後がどうなったのか映像化であ新しい展開があれば~と思います。
    沙也加こと久美が木村文乃さんというのは良いですね。
    主人公は松坂桃李君も良いと思います。

    1. ライオンまる より:

      途中まではホラー風味の展開でしたが、真実が分かってみると恐ろしさより哀しさを感じました。
      「恋人同士で謎を解く」ではなく「元恋人同士」という関係の微妙さも面白かったです。
      松坂桃李君、いいですね!
      どことなく翳りを感じさせる主人公にぴったりです。

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