はいくる

「ファミリーランド」 澤村伊智

SF小説の舞台になりやすい設定として、<違う惑星><異次元>と並んで多いのが<未来社会>です。私個人としては、今からほんの少し先の時代を描いた近未来小説が好きだったりします。何百年、何千年も未来の話だとファンタジーとしか思えませんが、何十年レベルの未来なら「こういうこともありそうだな」と感情移入しやすいです。

<状況がリアルに想像できる>という性質からか、近未来を舞台にした小説は、闇を感じさせたり希望がなかったりするケースが多い気がします。恩田陸さんの『ロミオとロミオは永遠に』や中村文則さんの『R帝国』などでは、時代が進んだが故の狂気や絶望が描かれました。今回取り上げるのは、澤村伊智さん『ファミリーランド』。少し文明が進んだ時代の恐怖が楽しめます。

 

こんな人におすすめ

・近未来を舞台にした小説が読みたい人

・嫁姑や介護など、家族の問題をテーマにしたホラーに興味がある人

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ネットを駆使した姑の過干渉に悩む妻、夢のような妊娠促進剤がもたらしたもの、婚活サイトを経て結婚した男を待つ恐怖、自宅看護ロボットに猜疑心を募らせていく母親、日々衰えていく父親の最後の願い、昔ながらの葬儀で自分を弔ってほしいと頼む老人の真意・・・・・果たしてこれが人類が目指す世界なのか。澤村伊智が贈る、少し未来の恐怖を描いたホラー短編集

 

澤村伊智さんと言えば、『ぼぎわんが、来る』を始め、化物が跳梁跋扈する土着ホラーが有名です。対して本作は、何十年か先(恐らく二一〇〇年代前半)を舞台にしたSFホラー。幽霊も呪いも登場せず、昔からの澤村ファンは「あれれ?」と思うかもしれません。ですが、偏見や見栄、利己主義など、人間の嫌な面の描写は相変わらず秀逸です。タイトルが『ファミリーランド』なだけあって、家族の問題をテーマにしているところも、読者の共感と恐怖を呼ぶのではないでしょうか。

 

「コンピューターお義母さん」・・・夫と息子と共に平凡な暮らしを送るパート主婦・恵美の最大の悩み。それは、遠方のホームに入る姑が、ネットデバイスとアプリを駆使して生活全てを監視・干渉してくることだ。夫に相談しても「母さんは寂しいんだよ」と取り合ってくれない。限界に達した恵美は、姑に直談判を試みるのだが・・・・・

玄関のセンサーから出入り時間が、冷蔵庫のセンサーから買い物の中身が、ベッドの体温感知センサーから夜の生活が、すべて姑に筒抜け状態・・・考えただけで発狂しそうです。でも、ネットを通じて買い物履歴や行動範囲を調べることは現実にも可能なわけですし、こんな社会になる日も遠くないのかも・・・後半、恵美が知る姑の真実は、ちょっと切なかったです。

 

「翼の折れた金魚」・・・とある製薬会社が開発した男女共用妊娠促進剤<コキュニア>。服用すれば妊娠率が上がる上、生まれた子は金髪碧眼を持ち、知能も高い。薬の服用により生まれる計画出産児が大多数を占める中、小学校教師・森村のクラスにはコキュニアを使わずに生まれた生徒が二人いて・・・・・

私が一番恐怖を感じたエピソードです。何が怖いって、<コキュニアを使わない親=無計画で子どもの将来を考えない虐待親><コキュニアを使わずに生まれた子=馬鹿な親のせいで生まれつき不幸な子>と盲信しきっている森村が最高に怖い。この森村が悪人でも何でもないところとか、<親の役割はコキュニアを使って出産することだけ>と思う人間が現れ始めているところとか、鳥肌ポイントが目白押しでした。どうかどうか、こんな時代が来てくれるなよと、願わずにはいられません。

 

「マリッジ・サバイバー」・・・幼い頃の家庭環境により、結婚にまるで興味がない主人公。だが、周囲からのプレッシャーに押され、マッチングサイトを使って結婚する。妻となった女性は条件的に申し分なかったが、唯一、我慢できない点があって・・・・・

第一話同様、家庭と監視をテーマにしたエピソードです。ただ、第一話のヒロインと違い、こちらの主人公にはあまり同情できないなぁ。境遇は気の毒だと思うけど、結婚すると決めたのは自分だし、何より、いくらストレス溜めたからといって何してもいいわけじゃないでしょう。余談ですが、パートナーを選ぶ時に匂いを基準にする人って、私の周りに結構います。

 

「サヨナキが飛んだ日」・・・最愛の一人娘を殺した経緯を語る母。夫亡き後、母にとって娘は唯一の生き甲斐であるはずだった。あの日、鳥形の看護ロボット<サヨナキが>現れるまでは。母は、サヨナキに頼り切りの娘に違和感を感じるようになり・・・・・

娘を偏愛する母とロボットに依存する娘。正気を失っているのはどちらなのか分からず、ハラハラしながら読みました。<娘殺しで捕まった母が、精神科医に語り掛けている>という形式も、この話の不気味さを盛り上げていたと思います。どれだけ文明が進んでも、こういう親子の愛憎のもつれ合いはなくならないんでしょうね。最後の一行が凄まじく怖いです。

 

「今夜宇宙船の見える丘に」・・・生活苦の中、譫妄の症状が出た父親を介護する伸一。家計は火の車であり、もはや限界が近い。わずかに残った正気で状況を察した父は、最後に一つだけ希望を叶えてほしいと言う。それは「宇宙船を見たい」というものだった。

一番恐怖を感じたのが第二話なら、一番絶望感を感じたのがこのエピソードです。<主人公が直面した介護地獄>→<状況に気付いた父親の苦悩と望み>→<壮大な経験を経て見直される親子の絆>と持ってきて、まさかこんな真相が待っているなんて!ちなみにここで出てくる主人公の友人・石嶺は、第一話のヒロインの夫であり、時系列的にこの話は第一話より過去の出来事です。このことを踏まえて深読みすると、第一話のオチも色々と考察できるのですが・・・うーん、考えすぎかな?

 

「愛を語るより左記のとおり執り行う」・・・仕事がうまくいかず、干される寸前のディレクター・天祢。そんな彼に、部下が親戚の老人の話をする。アプリとデバイスを使った葬儀が主流の現代において、その老人は昔ながらの葬儀を希望しているらしい。これは面白いと、早速取材に乗り出す天祢だが・・・・・・

最終話にして、唯一、後味の良いエピソードでした。ネットやアプリの力で、関係者全員がその場を動かず葬儀が執り行える時代、あえて<会場を用意し、参列者が歩いて集まって来る葬儀>を希望した老人の真意は何なのか。真相は「ありゃりゃ」という感じですが、みんな満足したみたいで良かったです。老人の思惑が、親族の推察とは全然違うであろうところに笑っちゃいました。

 

最終話を除き、ゾッとする展開ばかりの本作ですが、その白眉は表紙ではないでしょうか。中折れ部分、真っ黒い背景に白く印字された「いい時代になりました」の文字・・・作中で登場人物たちが感じる恐怖や絶望を知ってから見ると、ブラックユーモアが過ぎて寒気がします。

 

どれもこれも近い内に起こりそう度★★★★★

歌のタイトルをもじった題名が面白い!度★★★★☆

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