最近すっかりご無沙汰ですが、私はけっこう演劇が好きです。限られた舞台空間の中で、役者たちが物語を紡ぎ出す。それは、映画鑑賞や読書とはまた違った楽しさがあります。
演劇界の悲喜こもごもを扱った小説もたくさんありますね。「舞台という閉ざされた世界」「人間が別人になりきって演技する」などといった状況の特殊さが、作家の創作性をかき立てるのかもしれません。私が今まで読んだ中では、綾辻行人さん「霧越邸殺人事件」、近藤史恵さん「演じられた白い夜」などが印象的でした。その中でも白眉はこれ。数多くの賞を受賞し、国内でもトップクラスの知名度を誇る人気作家、東野圭吾さんの「ある閉ざされた雪の山荘で」です。
有名演出家のオーディションに合格し、高原の山荘に集められた七人の男女。希望と緊張を抱いてやって来た彼らに、一つの指示が下される。「ここを人里離れた吹雪の山荘と仮定する。そこで起きる事件に自分達で対処し、推理劇を作り上げなさい」。そして、その指示に従うかのように、ペンションからは一人、また一人と役者が消え、現場には彼らの「殺害状況」を記した紙が残される。これを芝居と信じて推理を繰り広げるメンバーたちだが、やがて一つの疑念が生まれる。果たして、これは本当に芝居なのか。まさか、本当に殺人が行われているのではないか。疑心暗鬼の果てに待つ、驚きの真相とは。
世の中にクローズドサークルものは数多くあれど、本作のシチュエーションは群を抜いてユニークと言えるのではないでしょうか。登場人物たちが滞在しているのはごく普通の山荘で、天気は晴れ、電話線も生きています。その気になればすぐに助けを呼ぶなり逃げ出すなりできるわけですが、そうは問屋が卸さない。なぜなら山荘到着後間もなく届いた指令に「外部と連絡を取ったり、山荘から逃げたりすれば、オーディション合格を取り消す」とあるから。高名な演出家の次回作に是が非でも出演したい役者たちは、その場に留まり続けるしかないわけです。
この辺りの登場人物たちの心理描写は本当にリアル。「もしかしたら本当にメンバーが殺されているのではないか」「だったら早く逃げなければ」「でも、もしこれが芝居の演出なら、せっかくのチャンスをふいにしてしまう」・・・そんなジレンマの描き方が臨場感たっぷりで、役者の世界などまるで分からない私でも、「そりゃ逃げ出せないよなぁ」と納得してしまいました。
もちろん、心理描写だけでなく、仕掛けられたトリックも面白いです。叙述ミステリーとしての側面を持ちながら、山荘という状況を活かした謎解きもある上、読者向けに建物の見取り図まで掲載してくれているという親切さ。探偵役として推理を楽しみたいと願う読者には、まさにうってつけの作品と言えるでしょう。
その他、演劇界の中で繰り広げられる人間模様や終盤のどんでん返し、この手の作品にしては珍しいほどの読後感の良さなど、魅力たっぷりの本作。中でも私のイチオシは、文庫版に収録された法月倫太郎氏による解説です。これはかなり読み応えあるので、法月ファンでなくともぜひ読んでみることをお薦めします。
山荘からは逃げ出せない度★☆☆☆☆
気持ち良くスカッと騙された度★★★★☆
こんな人におすすめ
・クローズドサークル系の推理小説が好きな人
・演劇界を扱った作品が読みたい人
初期の東野作品好きです。
これと仮面山荘は東野さんにハマるきっかけになりました。
内容はよく覚えてないので再読したいなぁ・・・だが読書時間が足らない!
私はこれと「むかし僕が死んだ家」で東野さんにハマりました。
同じく、このくらいの時期のノンシリーズ長編が好きですね。
最近も面白いと思いますが、定期的に読み返したくなるのは初期作品です。
昔、読みましたがラストのとんだ茶番劇だったと呆れた記憶があります。
文字通り「茶番」と言えるオチですよね(^_^;)
このラストを受け入れられるか否かで、作品に対する評価が変わってきそうです。
同じ山荘ものでも、「仮面山荘殺人事件」との雰囲気の違いに驚きました。