はいくる

「殺し屋、やってます。」 石持浅海

フィクションの世界には、<創作だからこそ楽しめる>という要素がいくつもあります。一番分かりやすいのは、犯罪に関するものでしょう。殺人、放火、誘拐、強盗等、現実に起これば許し難いものでも、小説や映画なら物語を盛り上げる重要なポイントとなり得ます。

そんな犯罪に関わる職業の筆頭格、それは<殺し屋>です。非合法な手段で犯罪と関わりまくれるという使い勝手の良さ(?)から、フィクション界で殺し屋はいつも大活躍!もはや古典の貫禄さえある『仕掛け人・藤枝梅安』や『ゴルゴ13』、もっと近年のものだと伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』、逢坂剛さんの『百舌シリーズ』等々、殺し屋が登場する作品は数えきれないほどあります。最近読んだ作品でも、腕のいい殺し屋が意外な形で有能ぶりを発揮していました。今回は、石持浅海さん『殺し屋、やってます。』を取り上げようと思います。

 

こんな人におすすめ

・殺し屋が登場する小説に興味がある人

・日常の謎をテーマにしたミステリーが好きな人

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昼は経営コンサルタント、夜は殺し屋。二足の草鞋を履く富澤のもとには、今日も様々な依頼が持ち込まれる。夜な夜な公園で水筒を洗う保育士、独り身なのに子ども用紙おむつを買うサラリーマン、元婚約者を殺そうと目論む親子連れ、殺害依頼とキャンセルが繰り返される会社社長、奇妙な殺し方を指定された同人作家、同じ名前を使ってルームシェアする二人の女・・・・・クールな殺し屋が日常の謎に挑む、コージーミステリー短編集

 

さらりと軽妙な作品が読みたい時、高確率で候補となる石持浅海さんの短編集です。石持ワールドってクローズドサークルで進んでいく傾向にある気がしますが、本作のシチュエーションは開けていて、なんだか新鮮でした。それにしても、この殺し屋稼業、体系がめちゃくちゃしっかりしている!フィクションながら、本当にビジネスとして成立しそうだと唸ってしまいました。

 

「黒い水筒の女」・・・富澤が殺害依頼を受けたのは、評判のいい保育士・瑠璃子。早速事前調査を開始したところ、瑠璃子が仕事帰り、毎晩公園に立ち寄って水筒の中身を洗っていることを知ってしまう。自宅で洗えばいいものを、なぜわざわざ夜中の公園でそんなことをするのだろう?不審に思いつつ、依頼を決行する富澤だが・・・・・

子どもに囲まれる保育士と、毎晩公園で水筒を洗うという奇行のギャップが強烈でした。背後にあった事情も相当に屈折していて、イヤミス好きの心に刺さります。第一話ということもあってか、この話が一番記憶に残りました。

 

「紙おむつを買う男」・・・今回の富澤のターゲットは、一人暮らしの会社員であり、学生時代に過激派活動をしていた男・小此木だ。現在の小此木の生活は平凡そのものだが、唯一、独身にも関わらず子ども用紙おむつを購入していることが気にかかる。富澤は、小此木が過激派だった過去と関係しているのではと考えて・・・・・

ミステリーとしてのロジックも完成されたものなのですが、それよりインパクトあったのは、富澤の人物像。殺し屋稼業を一〇〇パーセントビジネスとしてとらえる姿勢が怖いというか、凄いというか・・・終盤交わされる富澤と連絡係・塚原のやり取り、ラスト一行の決め台詞が印象的です。

 

「同伴者」・・・富澤と依頼人の間を取り持つ仲介者、通称<伊勢殿>。ある日、伊勢殿のもとを依頼人の男性・藤倉が、なんと母親同伴で訪れる。ターゲットは、藤倉を弄んで捨てたという元婚約者・衣梨奈。どうやら藤倉本人より母親の方が衣梨奈を憎んでいるらしい。殺人依頼に母親同伴とは、世も末だ。伊勢殿は呆れつつも殺し屋との繋ぎを取るのだが・・・・・

本作の殺し屋稼業は「依頼人→仲介者の<伊勢殿>→連絡係の塚原→富澤」で回るシステム。この話は、収録作品中唯一、伊勢殿目線で進んでいきます。富澤目線では完全に謎だった伊勢殿の生活を垣間見ることができ、なかなか面白かったです。真相のブラックさという点では、この話が一番ではないでしょうか。

 

「優柔不断な依頼人」・・・今回の依頼は、最初から奇妙なものだった。ワンマン社長である春山の殺害依頼が入り、間もなく依頼取り消し。時置かずして二度目の春山殺害依頼が入るも、再びキャンセルされたのだ。同じ人物の殺害依頼と取り消しが、こうも続くのはおかしい。引っかかりを覚えた富澤は、密かに調査を行って・・・・・

この話は他の収録作品と毛色が違い、ターゲットの殺害自体は依頼が取り消されているため実行されません。富澤が個人的関心に基づき追加調査を行うわけですが、明らかになった事情は「ほほう」という感じでした。この様子からして、再々依頼が来たら、間違いなく殺害実行するんだろうなぁ。

 

「吸血鬼は狙っている」・・・会社員・彩美の殺害依頼には、オプションが付いていた。「殺す際、首筋に針を二本、数センチ間隔を開けて突き立ててほしい」。それではまるで、吸血鬼に食いつかれたようではないか。富澤が訝しみつつ依頼を決行すると、彩美は安堵の微笑を浮かべたままこと切れて・・・・・

殺し屋に殺害方法の指定をすること自体は、この手の作品では割とよくあります。ただ、吸血鬼の仕業に見せかけてほしいというのはかなり異例。この一件について、富澤は<綺麗な仮説>と<生臭い仮説>の二つを挙げるのですが、真実は果たして・・・それにしても富澤、恋人に対しても通常運転なのね。

 

「標的はどっち?」・・・富澤のもとに持ち込まれた、会社員・佐田結愛の殺害依頼。富澤が事前調査を行った結果、依頼人が示した住所には、<佐田結愛>を名乗る女性が二人、ルームシェアしていることが分かる。なぜ彼女達は同じ名前を名乗っているのか。依頼人が殺したいのは、果たしてどちらなのか。さらに調べたところ、片方の女性が本物の佐田結愛、もう片方は結愛から名前を借りていることが判明し・・・・・

依頼がキャンセルされた第四話に対し、この話は富澤が熟慮の末、依頼を断ります。そこで終わりにならず、さらに一捻りしてあるところが面白いです。今のご時世と絡めた真相も、悲しいながら胸に迫るものがありました。この<佐田結愛>、二人とも善人みたいなのに・・・

 

「狙われた殺し屋」・・・伊勢殿経由で新たな殺害対象の写真を手に入れた富澤は、愕然とする。なんと、今回の殺害対象は富澤自身だったのだ。どうやら、どこかの誰かが富澤を殺したいほど憎んでいるらしい。断ることもできるが、一体誰が依頼人か気になる。富澤は依頼を引き受けた上で、依頼人の正体を探り始め・・・・・

自分自身の殺害依頼が来てしまうという、富澤にしてみれば天地がひっくり返るほど衝撃的な話です。これは真相そのものより、終盤で真相を知った富澤が、ある人物に向けて発する脅し文句の方がインパクトありました。これまで静かに依頼を決行してきた富澤ですが、言う時は言うんですね。

 

この手の日常の謎ミステリーで殺し屋が登場した場合、なんやかんやあって悪党は始末するも、善人のことは殺しませんでした、というのがお約束。ところが本作の場合、どんな事情があろうと、相手が善良な一般市民だろうと、富澤は淡々と職務を遂行します。現実なら許し難い話なのですが、フィクションとなると、このサイコパスぶりが癖になることまた事実。現時点でこのシリーズは第三弾まで刊行されているので、早く読みたいです。

 

恐ろしいほどの職業人っぷり!!度★★★★☆

お仕事小説としても読めなくはない度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     殺し屋の日常と心理は伊坂幸太郎さん、横関大さんの作品を思い出します。
     殺し屋とはゴルゴ13のように明らかに普通の人とは違う雰囲気と風貌でも社会に紛れ込む、或いは普通の人と変わらない生活に潜んでいるものだと感じます。
     自分自身の殺害の依頼が来るとは面白そうです。
     台風が心配ですがそちらは大丈夫でしょうか。

    1. ライオンまる より:

      穏やかで物静か、社会にすんなり溶け込みつつ殺し屋稼業を続ける主人公の姿が印象的でした。
      日常の謎も構成がしっかりしていて、「ほほう」と唸らせられるものばかりでした。
      こちらは雨風はそれなりに強いものの、今のところ平時と変わらず生活できています。
      しんくんさんの方はどうですか?
      大きな被害が出ないよう、願うばかりです。

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