実は私、若干閉所恐怖症の気があります。幼稚園の頃、エレベーターに閉じ込められた(実際は私がボタンを押していなかっただけ)経験があるからでしょうか。今でも、閉鎖的な空間はどうも苦手です。
様々な人間模様が生まれやすいせいか、閉ざされた状況を扱った小説は多いです。有名なのはアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』に代表されるクローズド・サークルものでしょうか。しかし、「閉鎖空間」とは、何も物理的に移動できないことばかりではありません。移動そのものは可能でも、様々な原因により今の状況から脱することができない・・・そんなシチュエーションもあると思います。今回取り上げるのは、様々な「逃げられない」状況を扱った短編集、現役サラリーマンでもある石持浅海さんの『三階に止まる』です。
運行中の観覧車内で語られる過去の殺人、閉ざされたエリート校から消える生徒、更衣室で死んだ男子生徒にまつわる噂、父を亡くした娘が仕掛ける戦慄の罠、自殺者が生前ばらまいた青酸カリの行方、自殺志願者が廃工場で見つけた不審な死体、妻をトイレに閉じ込めた夫が語る衝撃の告白、誰もいないのに必ず三階で停止するエレベーターの謎・・・・・逃れたい、でも逃れられない。もつれ合う謎と運命の行方を描いた傑作ミステリ短編集。
石持さんの作品には「逃走できない特殊な状況が登場する」「一人の名探偵ではなく、登場人物たちが知恵を絞り合って事件解決する」という特徴があります。そんな石持ワールド全開と言える本作。ミステリながら、ちょっぴりホラーの香りがする雰囲気もとても好みでした。
「宙(そら)の鳥籠」・・・観覧車の中で女友達にプロポーズしようとする主人公。だが、その前にどうしても話したいことがあった。それは、女友達のかつての恋人・高井の死について。高井は大学の先輩女性に付きまとわれた挙げ句、口論の末に殺されたのだが・・・
繰り広げられる男女の駆け引きが何ともエグくて生臭い!観覧車一周の運行時間である十五分間で話そうという時間設定もなかなかユニークですね。収録作の中で、一番王道をいくミステリだと思います。
「転校」・・・外界から隔絶された環境に存在する超エリート高校。この学校は、時折生徒が何の前触れもなく「転校」という理由でいなくなっていた。この「転校」に関して、校内には一つの噂があって・・・
「世にも奇妙な物語」好きな私のツボを突くダークミステリでした。この手の話のお約束「学校側が何らかの事情で生徒を殺していて、真相を知った主人公も口封じに・・・」という予想を裏切る、一捻りされたオチが面白いです。ラスト一行の何とも言えない不気味な余韻が最高!
「壁の穴」・・・体育倉庫で発見された男子高校生・沢野の死体。死体の側の壁には穴が開いており、「沢野は穴越しに隣りの女子更衣室を覗いていて殺されたのでは?」という噂が立つ。噂にうんざりした女子高生は、沢野の友人・魚住とともに真相を探ろうとするが・・・
「同級生の死の謎を追う少年少女(恋人ではない)」というスタンダードな青春ミステリ。探偵役である魚住の「陰気で誤解されやすいが、実は友情に厚く観察力に優れる」というキャラクターが素敵です。魚住君、別作品にも登場してくれないかな。
「院長室 EDS 緊急推理解決院」・・・警察でも持て余す難事件を扱う専門機関「EDS」。その院長のもとを、一人の女性が訪れる。彼女は一年前に死んだEDS職員の娘だった。彼女は父親の死に関する情報を教えるよう、院長に迫ってきて・・・・・
二階堂黎人さん企画によるミステリ合作長編『EDS 緊急推理解決院』の一話です。漫画のような設定ながら、事件自体は現実に起きそうなところが怖いですね。なお、東川篤哉さんの作品に登場する探偵・鵜飼がゲスト出演しているので、興味のある方はぜひ!
「ご自由にお使い下さい」・・・大学から青酸カリを盗み出し、服毒自殺を遂げた男。持ち出された青酸カリ100gの行方は不明。死んだ男は「ご自由にお使い下さい」のメッセージとともに、大学の卒業生たちにランダムに毒を送りつけたと推測されたが・・・
収録作品中、最短の話ながら、込められた悪意の濃さはトップクラスじゃないでしょうか。犯人の背景が一切不明、何が彼をそうさせたも分からないところが余計に恐ろしいです。おまけにこの記事を書く約一カ月前、実際に福岡県で青酸ソーダがなくなるという事件が起こっているんですよね(汗)
「心中少女」・・・自殺サイトで知り合い、一緒に死ぬために廃工場を訪れた二人の女。彼女たちはそこでカラスについばまれた無残な女性の死体を発見する。その死体にはいくつか妙な点があって・・・・・
「これから死のうとする人間が死体を発見する」という、ものすごく奇妙なシチュエーション。死を覚悟しているせいか、無残な死体を前にやけに冷静な女性たちのやり取りが印象的です。あまりに物悲しいラストは予想外でした。
「黒い方程式」・・・掃除中、トイレに出現したゴキブリを、夫の書斎にあった殺虫剤で始末した妻。気づくと背後には夫が立っていて、あっという間に外からトイレを封鎖してしまった。驚く妻に夫は語る。「あの殺虫剤の中身は、治療法のない新型ペスト菌だ」と・・・
「ふと見かけたゴキブリを始末する」という平凡な風景から、「秘密組織の依頼で作られた治療不可能の細菌兵器」というハードボイルドな世界に繋がる構成がなんともシュール。その割に読後感はあまり悪くないという、不思議な一作でした。
「三階に止まる」・・・新しく、家賃が安く、駅からも近く、住民の感じも良いという優良マンションに越してきた主人公夫婦。唯一の難点は、誰も停止ボタンを押していないのにエレベーターが必ず三階で止まるということ。夫婦は友人とともに調査を開始するが・・・
怪奇現象もまた、石持さんの手にかかるとロジカルなミステリになってしまうんですね。謎が解けてほっと一安心・・・と思いきや、新たな闇を感じさせるラストがインパクトありました。ちなみにこの話で真相究明に一役買う友人・小泉は、石持さんの短編集『二歩前を歩く』にも出ているそうなので、そちらも読んでみたいです。
ホラーあり、ミステリあり、青春小説ありと、バラエティ豊かで満足度の高い一冊でした。今まで石持さんの作品はコージ―ミステリしか読んだことがありませんでしたが、こういう毒の効いた小説も書くと知り、嬉しい驚きです。追いかけたい作家さんが増えました。
逃げられない謎の先にあるものは・・・度★★★★☆
このブラックさが癖になる度★★★★☆
こんな人におすすめ
スパイスの効いたミステリ短編小説が読みたい人
石持さんの作品~久しぶりに読みたくなりました。
現役のサラリーマンならではのリアルな現実に上手くブラックな展開を織り交ぜるストーリーに惹き込まれます。
リアルなブラックミステリーにクローズドサークルに加えて青春小説まであるとは大変興味を惹かれます。
日常生活の描写にリアリティがあるなと思ったところ、現役サラリーマンと知り納得です。
全体的にブラック寄りですが、オチまで綺麗にまとまっているせいかさくさく読むことができました。
しばらく石持作品ブームが続きそうです。