歴史上、どの時代が好きかという質問があったら、どんな答えが集まるでしょうか。有名な英傑が大勢登場する戦国時代や幕末、陰陽師を扱った作品によく取り上げられる平安時代、文化面で大きな発展があった江戸時代などが挙がりやすい気がします。
その一方、名前が挙がりにくい時代もあると思います。縄文時代なんて、その筆頭格。あまりに昔すぎて、<坂本龍馬>とか<関ヶ原の戦い>とかいった超ド級のインパクトある偉人や出来事が確認できないことが一因でしょう。そのせいか、縄文時代がテーマの小説も少なめで、私はこれまで荻原浩さんの『二千七百の夏と冬』くらいしか知りませんでした。他にはないのかな・・・と思っていたら、先日、予想外の形で縄文時代が出てくる作品を見つけました。真梨幸子さんの『縄紋』です。
こんな人におすすめ
縄文時代が絡んだイヤミスが読みたい人
この小説はただの妄想なのか、それとも---――『縄紋黙示録』なる自費出版原稿の校正を引き受けたフリー校閲担当者・興梠。延々と続く縄文時代の描写、あまりに突飛なストーリー展開に首を傾げながら読み進める内、小説の内容と現実が一部リンクしていることに気付く。そこで浮かび上がってくる、都内で起きた凄惨な父子殺害事件。まさかこの原稿の著者は、あの事件の犯人なのか?元同僚の手を借りつつ校正作業を進める興梠だが、やがて周囲で奇妙な出来事が起こり始め・・・
タイトルを見た多くの人が、「あれ、<縄文>じゃなくて<縄紋>?」と首を傾げると思います。作中で校正者の興梠も同じことを思うのですが、実はここにはちゃんとした歴史的な意味がありました。ここを始めとして、真梨さん、相当深く細かく縄文時代について調べたんだろうなと、しみじみ感心させられること間違いなしの本作。特に作中作である『縄紋黙示録』の世界観の作り込み方がとても精緻で、圧倒されるような思いを味わいました。
フリーの校閲担当者である興梠は、自費出版原稿の校正を依頼されます。それは『縄紋黙示録』というタイトルの小説で、主人公が意識だけ縄文時代にタイムスリップするという奇妙なもの。おまけに校正を進める内、過去、貝塚から発見された縄文人の人骨と、現実の事件との間に共通点があることが分かります。それは、一人の主婦が夫と娘を殺害し、夫を首だけ出した状態でゴミの中に埋め、娘の死体は鍋で煮込むという残酷な事件で、遺体発見時の様子が貝塚で発掘された縄文人の人骨と酷似していたのです。これは何か意味があるのか?もしやこの小説は、ただのファンタジーではないのだろうか。不思議に思った興梠は、元同僚の一場に協力を頼み、調査・校正を行っていきます。ですがこの時、『縄紋黙示録』の呪いはすでに興梠を呑み込もうとしていたのです。
ここまであらすじを読んで、何となく察する方もいるかもしれませんが、本作は真梨作品の中でもかなり人を選ぶ内容だと思います。それは残酷だからとか後味が悪いからとかいう理由ではなく、歴史的・考古学的な要素がかなり強いから。興梠が校正する『縄紋黙示録』は、まず縄文時代に至るまでの説明から始まり、そこが過ぎたと思いきや、主人公が犬やカラスや蛇に乗り移り(?)ながら縄文時代を旅するという突飛な内容。現代人の感覚からすると奇妙な風習や言語が次々登場し、「一体これは何を意味しているの?」と頭にハテナマークが浮かぶこともしばしばです。また、興梠がその内容に誤りがないか校正する関係上、様々な史料に関する記述が続きます。この辺りが受け付けないと、物語にもさっぱり入り込めないでしょう。
ですが、中盤以降、現実の事件が加速してくる辺りからは、いつもの真梨幸子節全開です。残虐な<千駄木一家殺害事件>の真相は何なのか、この事件と『縄紋黙示録』はどう繋がるのか、『縄紋黙示録』に関わった人間が次々正気を失っていくのはなぜなのか・・・ミステリー部分の犯人発覚シーンでは「結局、犯人はお前かい!」と目を丸くしてしまいました。でも、よくよく考えてみたら、ちゃんと伏線は貼ってあったんだよなぁ。歴史部分の比重が大きいからか、真梨さんの作品にしては登場人物が少なく、家系図が入り乱れてもいないため、人間関係の把握が容易なのも有難いですね。
内容も内容の上、五百ページとかなりボリュームもあるので、今まで真梨さんの著作を読んだことがない人が最初に手を出すには不向きかもしれません。反面、歴史的な要素が好きな人、読むのが苦にならない人にはビビッと来るものがあると思います。実際、ここまで縄文時代について細かい記述があるミステリーってなかなかないと思うので、歴女としてはもっと認知度が上がってほしいです。
小説と現実のリンク具合が不気味すぎる度★★★★☆
あの人は、結局何者なんだろう・・・度★★★★★
日本史は好きで特に好きな時代は、平和で町人文化が発達した江戸時代中期ですが、縄文時代も良いですね。
その縄文時代と現代のミステリーが関係するとは興味深いです。
かなりのボリュームですが、真梨幸子さんの独特のイヤミスと展開、「三匹の子豚」のような展開が期待出来そうです。
江戸時代は、徳川幕府内のあれこれが面白く、史料や小説や漫画を読みまくったものです。
反面、具体的な偉人やエピソードの記録がない縄文時代はほとんど興味がなかったので、本作は逆に新鮮でした。
作中作の描写を受け入れられるか否かで評価が分かれそうですが、一読の価値はあると思いますよ。