はいくる

「人格転移の殺人」 西澤保彦

<あの人は人が変わってしまった>という言い回しがあります。ある人の性格や行動パターンが唐突にガラッと変わった時によく用いられますね。現実では、本当に人が変わったわけではなく、何らかのきっかけにより人となりが激変したというケースがほとんどでしょう。

一方、フィクションの世界の場合、例えでも何でもなく本当に<人が変わった>ということがあり得ます。こういう設定で有名なのは、東野圭吾さんの『秘密』。事故で死んだ娘の体に、同じく事故死した母親の魂が宿ってしまうというヒューマンファンタジーでした。何度も映像化されているので、ご存知の方も多いと思います。ただ、私が<人が変わった>系の小説で連想するのは、実はこちらの方なんですよ。西澤保彦さん『人格転移の殺人』です。

 

こんな人におすすめ

SF設定が絡んだミステリーが読みたい人

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大地震から避難するため、やむなくショッピングモールの地下に避難した男女六人。実はそこは閉鎖された政府の実験施設であり、中に入った人間達の間で人格が入れ替わり続けるという摩訶不思議な場所だった。いきなり人格が他者の肉体に移り、その場から逃げることもできず、大混乱する六人だが、異変はそれでは終わらない。不定期に人格が転移し続ける中、施設内にいる六人が一人ずつ殺されていくという連続殺人事件が発生。状況からして、犯人は監禁状態の六人の中にいるのは確実だが、一体誰の人格であり、誰の肉体を使っているのか。殺されたのは一体誰の人格なのか。極限状態の中で推理する面々が最後に見た真相とは・・・・・

 

西澤保彦節炸裂!としか言いようのないSFミステリーです。設定の細かさは『七回死んだ男』に通じるものがありますが、あちらのトラブルが主人公周辺でのみ起こっていたのに対し、本作は政府が絡んだ超大事件。その割に大風呂敷を広げ過ぎた印象はなく、きちんと主人公の推理で真相が分かるという構成が上手いですね。

 

主人公は、婚約者の女性にふられて失意の真っ只中にいる日本人サラリーマン・江利夫(通称エリオット)。なりゆきでカリフォルニアのファーストフードショップに入った彼は大地震に見舞われ、居合わせた店員や客らと共に地下に避難します・・・目を覚ました時、江利夫は自分がなぜか屈強な白人男性の姿になっていることに気付き、驚愕。現れた政府関係者の説明により、ショップが入ったショッピングモールの地下には閉鎖された政府の実験施設があったこと、大地震で開いた通路に六人が侵入してしまったこと、この施設に入った人間同士の間では不定期に人格が入れ替わる現象<マスカレード>が死ぬまでずっと起こり続けることを知りました。こんな事態が世に知られれば一大事。江利夫らは世間的には地震で死亡したこととされ、処遇が決まるまでの間、監禁状態に置かれることになります。これだけでも大ごとなのですが、そこにさらに、監禁されたメンバーが一人ずつ殺されていくという連続殺人が発生。どうにか犯人を推理しようとする江利夫達ですが、そこで問題にぶち当たります。イレギュラーな間隔で起こり続ける<マスカレード>により、一体殺されたのが誰の人格なのか、犯人は誰でどの肉体を使っているかがさっぱり分からないのです。果たして江利夫は、この異常な状況下で犯人を見つけ、生還することができるのでしょうか。

 

と、こんな風に書くとものすごく設定がややこしそうですが、不思議とするする読めてしまうのが西澤マジック。序盤と中盤、政府の実験に参加していた学者を登場させることで、この突飛な現象を明快かつ論理的に説明してくれます。この<シチュエーションはぶっ飛んでいるが、法則を理解すればちゃんと論理的に推理できる>というのが西澤保彦さんの作品の魅力ですよね。他の多くの著作と同様、<そもそもこんなテクノロジーを誰が作ったのか><どんな原理で作動しているのか>という部分が最後まで謎のままというところも、いかにも西澤保彦さんらしい!(アメリカ政府はこの装置を偶然見つけて研究していた、という設定)。

 

一旦<マスカレード>のルールを理解してしまえば、あとは王道をいくクローズド・サークルもののミステリーです。ユニークなのは<マスカレード>により本当に被害者と加害者が分からないというところですが、ここで舞台がアメリカだという点が生きてきます。場所が場所なだけあって、主要登場人物は性別年齢はおろか人種もばらばら。話す言葉も、八年間の在米経験により標準的なアメリカ英語を使う江利夫、ブリティッシュイングリッシュで話すジャクリーン、黒人訛りがあるボビィ、フランス語と日本語はできるが英語は話せないアラン等々、十人十色です。つまり、<マスカレード>で肉体と人格が入れ替わっても、自己申告&話し言葉で誰の人格か察することができる、というわけなのですが、これが意味するところは果たして・・・・・?西澤保彦さんの著作には、アメリカを舞台にしたものもいくつかありますが、特に本作のトリックは日本じゃまず成立しないだろうなと唸らされました。

 

本筋であるミステリー部分以外はもちろん、海外における日本人の立ち位置や葛藤の描写も丁寧で面白いですし、西澤ワールドにしては珍しく読後感も良かったです(結構な犠牲者が出ていますが・・・)。森博嗣さんの解説もなかなか読み応えあるので、できれば読み飛ばさずに目を通してみてください。私はそこを読みたいがためにわざわざ文庫版を探しました。

 

よりによって個性的すぎる面々が閉じ込められてしまった度★★★★☆

最後の解釈が合っていますように!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    西澤保彦さんは「七回死んだ男」しか印象に残っていません。森博嗣さんも未読ですが読んでみたいです。
    東野圭吾さんの「秘密」のように別人の身体に意識が移ってしまうストーリーは小説でも漫画でも多くありますが「秘密」ほどリアリティーがある作品はお目にかかれないと感じます。
    波乱な展開でしかも外国人に意識が移ってしまうとは面白そうです。
    西沢ワールドがどういうものか?味わえそうです。
    是非とも読んでみたい作品です。

    1. ライオンまる より:

      かなり特殊な舞台設定ですが、西澤保彦ファンの中では人気の高い作品です。
      どう考えても悲劇的な修羅場にも関わらず、エゴむき出しでやり合う登場人物達が妙にコミカルなんですよ。
      西澤保彦さんは海外在住経験があるからか、日本人から見た海外の描写に臨場感があり、物語の雰囲気を盛り上げていました。

  2. しんくん より:

    読み終えました。
    大変に面白そうです。
    マスカレードという人格転移、日本人の海外に対する劣等感や立ち位置など昔の作品ですが大変斬新で新鮮に感じました。
    6人もの人格が入れ替わる場面を混乱することなく読めたのは作者が上手く整理して描いてくれたからこそ~だと感じました。
    後半の謎解きが殆ど会話だけでも分かりやすく伝わってくるのも良かったです。
    ラストのエピソードも幸せな気分で読み終えて読後感が良かったです。
    西澤ワールドとはこういうものかと実感したSFミステリーでした。

    1. ライオンまる より:

      そうそう!まさにこれが西澤ワールドであり西澤マジックなんですよ。
      ものすごくややこしい設定&状況なのに、だれることなくスピーディに読めちゃうんですよね。
      西澤保彦さんの場合、バッドエンドで終わる作品も結構多いのですが、これは後味良いので誰にでも薦めやすいです。

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