「団地」という言葉ができたのは昭和十年代だそうです。住宅や工場を計画的に一カ所に集めて建設した地区、またはそこに立地している建造物のことで、住宅団地、工業団地、商業団地などがあります。「団地」と聞くと、住宅団地を真っ先に思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
多くの人や物が行き交う性質上、団地を舞台にした小説は数多く存在します。本間洋平さんの『家族ゲーム』、久保寺健彦さんの『みなさん、さようなら』など、映像化された作品も少なくありません。一つの建物内にたくさんの人が住み、様々な喜怒哀楽が渦巻く団地は、創作のテーマとして魅力的だからでしょうね。今日は、団地に巣食う闇を取り上げた短編集は紹介します。「映島巡」名義で漫画原作やゲームノベライズなども手がける、永嶋恵美さんの『インターフォン』です。
市営プールで親しげに話しかけてきた女性の正体、要領の悪い妹にかけられた疑惑、暇を持て余した主婦たちの秘密の楽しみ、非常階段から飛び降りた中学生の死の真相、幼馴染とともに夢中になった禁断のゲーム・・・・・団地という舞台の上で、様々な欲望が交錯する。団地に関わる人々の恐るべき人間模様を描いたミステリー小説短編集。
永嶋さんお得意の「普通の人々が持つ悪意」を描いた短編集です。登場するのは、犯罪者でもなんでもない、ごくごく平凡な一般人ばかり。そんな人間達がちらりと見せる狂気と闇に背筋が寒くなりました。
「インターフォン」・・・子連れで市民プールに出掛けたヒロインは、そこで過去に同じ団地に住んでいたという女性に話しかけられる。すっかり気を許し、なりゆきで彼女に三歳の娘を預けるヒロインだが・・・・・
こういうやり口で誘拐を実行されたら、阻止するのはかなり難しいんじゃないでしょうか。謎の女性の正体は割と簡単に分かるものの、本当に怖いのはその後。元凶と思われる人間の正体にはゾッとさせられます。
「妹」・・・妹とともに、とある犯罪の容疑をかけられてしまった中学生のヒロイン。濡れ衣は晴らしたものの、なぜ愚鈍な妹にそんな容疑がかかったか分からない。探りを入れる内、ヒロインは一つの可能性に気付き・・・
こういう子どものエゴや残酷さを扱った話、大好きです。前半、濡れ衣を着せられた妹のため行動するヒロインは立派ですが、そこで終わらないのが永嶋ワールド。この姉妹がこの先どうなるのか、物語とはいえ不安が募ります。
「隣人」・・・団地で暮らすヒロインには悩みがある。それは隣室に住む老女が何かと口実をつけて家にやって来ることと、たびたびかかってくる無言電話だ。さらに、隣室から老女を激しく怒鳴りつける声まで聞こえてきて・・・
老いて自由の利かなくなった老人の孤独が胸に迫る一作。寂しさを紛らわすため、あれやこれやと理由を作ってヒロイン宅を訪れる老婆の姿が切なくも恐ろしいです。少子高齢化が叫ばれる現代、こういうことってきっと現実にもあるんじゃないでしょうか。
「団地妻」・・・時間を持て余す専業主婦のヒロインの楽しみは、同じような境遇の主婦たちと集まってお喋りすること。お喋り仲間の主婦たちは、時々、交代で仕事の面接に出かけるのだが・・・・・
収録作品中、間違いなく一番男性読者の反感を買う話でしょう(笑)経済的に安定し、夫婦仲も悪くなく、ほどほど幸せなはずの主婦たちの唯一の悩みは「暇」。そんな彼女たちが見つけた暇潰し方法を知ったら、世間の男性陣は女性不信に陥るんじゃないでしょうか。
「非常階段」・・・友人と歩く道すがら、ヒロインはかつて同じ学校の女生徒が団地の非常階段から投身自殺を遂げたことを思い出す。その女生徒は、今一緒に歩く友人にいじめられて自殺したと噂されたのだが・・・・・
「妹」に続き、子どもの愚かさや怖さが描かれた作品です。「妹」との違いは、あちらが確信犯的に犯罪行為を行っているのに対し、本作は誰もそこまでの悪意は持っていないこと。だからこそ、ラストで真相に気付いたヒロインの驚愕が胸に突き刺さるようでした。
「追い剥ぎ」・・・同じ団地に怪しげな男が住んでいることに気付いたヒロインは、主婦仲間とともに彼を監視することにする。男の立ち居振る舞いには不審な点がいくつもあり、主婦たちは危機感を募らせるものの・・・・・
ヒロインをはじめとする主婦たちに苛々して仕方ありませんでした!何一つ実害を被っていないにもかかわらず、「なんか胡散臭い」というだけで人を犯罪者扱いする女たち。コミカルに締めくくられているものの、こんな目に遭わされたら私なら訴えてやりたいです。
「梅見月」・・・年老いて仕事も見つからず、娘夫婦の家に同居する主人公。ある時、娘婿が会社にも行かず一人うなだれる現場を見てしまう。もしやリストラに遭ったことを家族に言えずにいるのでは?主人公は娘婿の追跡を開始するが・・・
「隣人」とは逆で、不自由の多くなった老人が主人公です。娘夫婦のために尽力しようとするも、老いのせいで満足に動くことができず、電車での移動にさえ失敗してしまう主人公が切ないったら・・・予想外の真実を知ってしまった彼の今後が心配です。
「小火」・・・主人公はふとしたきっかけで幼馴染の少女のことを思い出す。彼女とは二人で遊ぶことが多く、よく飲食物に異物を混ぜ、何を入れたか当てるゲームをした。時を経て明らかになる、危険なゲームの真実とは。
主人公、怖すぎる・・・危険なゲームを仕掛けた幼馴染の少女も怖いのですが、主人公の抱える闇には及びません。家族を庇う心のあった「妹」の主人公と違い、本作の主人公はひたすらダーク。ここから何かが始まりそうな不穏なラストが印象的です。
「花笑み」・・・離婚や闘病中の実母の世話で疲れ切ったヒロイン。ある時、子どもの頃に親しかったおばさんと出くわし、心休まるひと時を過ごす。おばさんは不思議なくらい昔のままなのだが・・・・・
ミステリー小説が中心の収録作の中、唯一、ホラー色のある話でした。ホラーといっても、感じるのは怖さではなく哀しさ。かつて親切にしてくれた女性との交流を経て癒されるヒロイン・・・かと思いきや!!花の描写がすごく美しいところがまた切ないです。
「迷子」・・・妻との離婚後、団地の消防委員を引き受ける羽目になった主人公。ある日、住民の老人が迷子になり、男子大学生とともに渋々捜索に出かける。この大学生、ろくに敬語も使えない困った奴なのだが・・・・・
陰鬱な気分にさせられる話の中、本作のみラストに希望を感じました。軽薄なように見えて、実は人を思いやれる大学生のキャラが素敵!主人公もそれなりに自分を省みれる性格のようですし、今後、いい友人関係を築いてくれたらいいなと思います。
夜に読んだらどよーんと落ち込みそうなくらいダークな話ばかりですが、最終話がハッピーエンドなので、読後感は悪くないと思います。まあ、団地に住むのがちょっと怖くなるかもしれませんが・・・何より、「こんなことは現実では絶対ない」とは言い切れないところが一番怖いです。
団地の人間模様は複雑怪奇・・・度★★★★★
狂気は誰の中にもある度★★★★☆
こんな人におすすめ
人の心の闇を描いたミステリー短編小説が読みたい人
今は団地という言葉は職業での工業団地・商業団地という言葉しか聞かなくなったように思います。自分の職場も工業団地にあるのでそう思います。
それでも年代的に住宅団地という言葉は懐かしい~今の分譲マンション・賃貸マンションより昔の長屋のように人との繋がりが濃いようなイメージです。
小学校の時、友達が団地住まいだったのでよく遊びに行きました。
そんな昔ながらの団地での人との関わり合いを描いたミステリー短編集はかなり興味深いです。
事実は小説より奇なり~を地で感じるような展開は読んでみたいですね。
「インターフォン」と「妹」「花笑み」が面白そうです。
私の子どもの頃は団地住まいの友達も結構いて、何度か遊びに行きました。
私は実際に住んだことがないので確かなことは言えませんが、小説の世界では、良くも悪くも人間関係が濃密な場所として描かれますよね。
私は、子どもの狡猾さを描いた「妹」が一番好みです。