はいくる

「極上の罠をあなたに」 深木章子

結婚や出産を経験してからというもの、昔と比べて家の衛生状態が気になるようになりました。エアコンや網戸、ベランダの汚れなど、自分一人の時は特に気にも留めていませんでしたが、同居人がいるとなると話は別。さっさと掃除してしまえれば話は簡単ですが、子どもが小さいとなかなか手が回りません。そういう時、我が家は近所の便利屋さんに頼むことにしています。それなりに料金はかかるものの、仕事は確実ですし、作業中、私は子どもの相手や他の家事を行えるところが有難かったです。

場合によっては人のプライベートに深く関わるところ、警察官や医者に比べると堅苦しさが少ない(と感じるのは私だけ?)ところなどから、便利屋はフィクションの世界に登場させやすい存在です。私がぱっと思いつくのは、三浦しをんさんの『まほろ駅前シリーズ』。瑛太さんと松田龍平さん主演で映画・ドラマ化されているので、ご存知の方も多いと思います。今回ご紹介する小説にも、印象的な便利屋が出てきました。深木章子さん『極上の罠をあなたに』です。

 

こんな人におすすめ

悪党だらけの連作ミステリーが読みたい人

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簡単な雑用から重大な任務まで、なんでもお引き受けいたします---――ある日、突然届く謎めいたダイレクトメール。いかにも怪しげなそれに、悩める人々は一縷の望みを託す。悪徳政治家の息子が巻き込まれた誘拐事件の顛末、妻と弟の不貞を疑った社長の運命、別人に生まれ変わって罪から逃れようと目論む男の末路、ドラ息子に悩まされる母親が受けた衝撃の告白・・・・・すべての事件の陰には<奴>がいる。悪党たちの権謀術数と、その裏で動く便利屋の活躍を描いた連作ミステリー短編集

 

深木さんにとって二作目の短編小説集です。本作のポイントは、登場人物の大多数が悪党であるということ。おまけにその全員が、政治家だったり会社社長だったり医者だったり刑事だったりと、それなりの地位や影響力を持つ立場だから始末に負えません。彼らの悪辣さや欲深さの描写はものすごーーーく生々しく、もしや深木さん、弁護士時代に本当に関わった人たちをモデルにしてるんじゃ・・・?と勘繰ってしまいました。悪党たちに共感できない分、彼らの依頼を受けつつも決して利用はされない<便利屋>が魅力的に思えてきます。

 

「便利屋」・・・市議会議員・権田の息子が誘拐された。犯人からの要求額は五千万。権田はちょうど同額の現金を所有しているが、後ろ暗い経緯で作った金であるため、警察を介入させることができない。おまけに、金を用意する途中で秘書が何者かに襲撃され・・・

誘拐事件に巻き込まれた議員一家と、<便利屋>を使って何らかの犯罪を成し遂げようとする男。二つの視点で物語が進んでいきます。普通に考えれば、この男が誘拐事件の犯人になるのでしょうが、そう簡単にいかないのがお約束。ひねりまくったオチと、個性のまったくない容姿ながらキレッキレの働きを見せる<便利屋>に魅せられました。

 

「動かぬ証拠」・・・妻と弟が不倫関係を結んでいるのではないか。そんな疑いを抱いた会社社長・綱島は証拠探しのため弟の家に忍び込むが、そこにはなんと当の弟の死体があった。容疑者となった綱島を救うため、妻は奔走するのだが・・・・・

このエピソードでは、民法の相続問題が絡んできます。こんな風に法律問題が出てくると、深木ワールド感が一層高まりますね。本人視点だと<伴侶の裏切りに苦しむ夫>だった綱島が、妻視点だとまた違う面を見せるという描写も、いかにもありそうで面白いです。あえて顛末をはっきり見せず、今後の波乱を予感させて終わるラストも好みでした。

 

「死体が入用」・・・背任・詐欺・業務上横領など、これまで犯してきた悪事のツケが回り、崖っぷちの奥田。こうなった以上、一度死んだことにして、別人として人生をやり直すしかない。起死回生の死亡劇を成功させようとする奥田だが、それには協力者が必要で・・・

このエピソードから登場人物たちは<黒寄りのグレー>ではなく<真っ黒>になります。罪は犯したけれど逮捕されるのは嫌という奥田を筆頭に、右を向いても左を向いても欲にまみれた悪人ばかり。さらに、第一話に出てきた刑事・都築が再び登場し、謎多き<便利屋>の足跡を追っていきます。これらの陰謀と策略の中を、<便利屋>が飄々と渡っていく様は実に愉快。いや、冷静に考えたら、<便利屋>のしていることも別に善行じゃないんですけどね。

 

「悪花繚乱」・・・ビジネスで成功を収めた片倉繭子の頭痛の種は、一人息子の憲太。豪胆な母親に似ない道楽者で、いい年をして母親に頼ってばかりなのだ。なんと今度は美人局に遭った挙句、弾みで人を殺してしまったという。息子に泣きつかれた繭子は、悩んだ末にある人物に相談し・・・

まさにタイトル通り、悪人たちが咲き乱れます。今までの三話は、一個人のレベルでの悪行だったのですが、このエピソードを見る限り、どうやら舞台となるP県槻津市自体が悪の温床となっていた様子。その辺りの描写があまりに不穏すぎて、片倉親子が関わる騒動のインパクトが薄まって感じられたのが少し残念でした。

 

本格ミステリーというよりは悪党たちの欲望劇に重点が置かれた作品であるため、従来通りの深木作品を期待していると「あれれ?」と思うかもしれませんが、よく練られた良作だと思います。便利屋の正体や警察内部の動きが謎のままということからして、続編を期待しちゃいますね。『私立探偵・榊原シリーズ』が終了したことですし、新たな人気シリーズになりそうです。

 

こんな悪徳だらけの町は嫌だ・・・度★★★★★

便利屋は嘘をつきません度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    深木さんの短編ミステリーはまだ未読です。
    悪党の欲望劇に重点を置きそこに便利屋が絡んでくる~便利屋の存在が気になります。
    便利屋を装って刑事側、悪党側が敵地に忍び込み証拠や情報を持ってくる、ある仕掛けや罠を施す、などミステリーでよくありますが、どちら側か分からないというのもまた興味深いです。

    1. ライオンまる より:

      長編とはまた違ったテイストですよ。
      便利屋の背景や感情が本当に謎、正義でも悪でもなくただただ「依頼を遂行する」という姿勢で面白いです。
      これからシリーズ化されれば、少しずつ背景が明らかになるのかなと期待しています。

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