はいくる

「逢魔」 唯川恵

本は好きだから国語も好き。でも古典は苦手・・・という人って多いのではないでしょうか。かくいう私もそうでした。何と言っても文体が違いますし、<音きこゆ>だの<さう思へ>だのといった文章を訳するだけで一苦労。学生時代の古典の先生が結構怖かったこともあり、作品を楽しむより授業を無事終えられるかどうかばかり気にしていました。

それが変わったのは、大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読んだことがきっかけです。概ね原作の『源氏物語』に忠実ながら、現代でも分かりやすいオリジナルの描写やエピソードが挟まれていたことで、物語の世界観をすんなり受け入れることができました。この頃から段々と「古典も面白いじゃん!」と思い始めましたし、古典を下敷きにした創作物への興味も生まれました。今回ご紹介するのも、古典をモチーフにした小説です。唯川恵さん『逢魔』です。

 

こんな人におすすめ

・男女の愛憎をテーマにしたホラーが好きな人

・古典をアレンジした小説に興味がある人

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身分違いの男女の愛情の行方、虐げられた娘同士の禁断の愛、人外の存在に愛された男の運命、野心的な女の打算への報い、安宿で旅人が語る戦慄の恋物語、愚かな横恋慕の果てに起きた悲劇、山で迷った親子を助ける女の正体、気位の高い女が陥る恋の地獄・・・・・なぜこれほどに憎らしく、恨めしく、愛おしい。古典文学を下敷きにした、八つの怪談小説集

 

現代女性の生き方を描くことが多い唯川さんですが、本作は『源氏物語』『四谷怪談』といった古典がテーマとなっています。ですが、唯川さんらしい丁寧・丹念な心理描写のせいで読みにくさは皆無。この辺り、人間の愛憎は何百年経っても変わらないということなのかもしれませんね。ジャンルとしてはホラーなのでしょうが、怖さというより人の業の愚かさや哀しさが全面に押し出されているので、ホラーが苦手な方でも安心です。

 

「朱夏は濡れゆく 牡丹燈籠」・・・親の財産のおかげで悠々自適な生活を送る浪人・新三郎。ある日、彼は旗本の娘であり、天下一の美女と名高い露と知り合う。たちまち恋に落ちる二人だが、浪人と旗本の娘ではあまりに身分違い。二人は結ばれない運命かと思われたが・・・・・

『牡丹燈籠』はもともと落語だったこともあり、解釈が色々と分かれる作品です。当初は追う女に逃げる男という解釈が一般的だったようですが、唯川さんはまた別の描き方をしています。新三郎と露が辿る運命は間違いなく悲劇なのでしょうが、とにかく描写が情緒たっぷりなので、最後は美しい恋物語に見えてくるから不思議・・・二人にとってはこれがハッピーエンドなのかもしれません。

 

「蠱惑する指 番長皿屋敷」・・・若くして裕福な役人の妾となった加代。心身を蹂躙される日々の中、女中の菊の存在を支えとしていた。そんなある日、二人は家宝である皿を割ってしまう。正妻からの折檻に耐えかねた菊は、ついに井戸に身投げして・・・・・

辛い毎日を送る内、体と心で支え合うようになった加代・菊の関係は、同性愛というより同士と言った方が近い気がします。「一枚、二枚・・・」と皿を数える有名シーンの通り、菊が死んでしまうのはお約束。ですが、菊ではなく加代が主役であること、菊の死後の加代の姿を描くことで、物語のなまめかしさがより強く感じられました。この時代で女同士の愛を成就させるのは難しいだろうし、第一話同様、これも二人にとっては幸福なのでしょう。

 

「陶酔の舌 蛇性の淫」・・・網元の家に生まれながら体力に自信がなく、張りのない毎日を送る主人公・豊雄。ある時、豊雄は雨宿りする美しい女に心奪われてしまう。思いは通じ、豊雄と女は恋仲となるが、実は彼女は人間ではなく・・・・・

第一話で主人公が別の決断をしたら・・・というのが、このエピソードの主人公の運命です。私は原作『雨月物語』を読んだ時、あまりにさばさばした豊雄にビミョーな気分にさせられました。どちらかというと、唯川さんが描く豊雄が自分の行動を悩み、悔いている様子の方が納得できますね。命は助かったのに、第一話・第二話の主人公たちと比べて幸せそうじゃないところも印象的です。

 

「漆黒の闇は報いる 怪猫伝」・・・貧しい境遇から旗本の側室にまで成り上がり、この世の春を謳歌する豊。だが、主人が別の女に心惹かれていることを知り、彼女を殺害しようとする。その一部始終を、彼女の飼い猫が目撃していて・・・・・

こういう怨念渦巻く復讐譚には、猫という生き物はぴったりですね。犬や小鳥では、このねっちりした湿っぽい感じは出ないと思います。飼い主を殺した豊ではなく、夫と息子に祟るというやり口も実に巧妙!この夫と息子、女に弱いながら作中では特に悪いことはしていないので、巻き込まれてひたすら気の毒でした。

 

「夢魔の甘き唇 ろくろ首」・・・旅人の男が女将に打ち明ける秘密。かつて男は旅先で出会った娘と恋仲になり、結婚の約束をする。だが、結局その約束を反故にし、江戸で許嫁と祝言を挙げる。ある夜、男のもとに捨てた娘の顔が現れた。その顔からは、長く首が伸びていて・・・

ろくろ首というと、どことなくユーモラスな存在を連想しがちな私ですが、このエピソードを読んで考えが変わりました。いつまで経っても帰らない相手を首を長くして待ち続け、本当に首が長くなってしまった女性。誘拐や客死が多かったであろう時代、大切な人の帰りを待つ女性の一念がろくろ首を生んだのだとしたら、怖さより哀しさを感じます。まあ、だからといって、こんなもの見せられた女将は堪ったもんじゃないでしょうが。

 

「無垢なる陰獣 四谷怪談」・・・豊かな御家人の娘・梅は、心優しい十五歳の少女。四谷に住む貧しい武家娘・岩を姉のように慕っている。ある時、梅はならず者に絡まれているところを助けてくれた武士に恋をするが、彼はなんと岩の許嫁だった。嫉妬に駆られた梅は、岩に毒を盛るのだが・・・・・

『牡丹燈籠』『番長皿屋敷』と並び、日本三大怪談と呼ばれる『四谷怪談』は、なんといっても怨霊と化す岩の存在が最大の恐怖であり魅力です。このエピソードの場合、原作ではさほど目立たない梅を主役にすることで、岩の情念の強さがより際立っていました。梅と岩が姉妹のように仲睦まじく~という辺りは唯川さんの創作のようですが、箱入り娘の梅が毒を盛るほど憎悪を感じる理由付けとしてなかなか巧いのではないでしょうか。

 

「真白き乳房 山姥」・・・江戸に向かう途中、夜の山道で迷ってしまった父子。そんな彼らを助けたのは、庵に住む美しい女だった。だが、夜が明けると、父親は六歳の息子を残して姿を消していた。「仕事のため先に出発したが、すぐ戻る」と女は息子に語るのだが・・・

収録作品中、このエピソードのみ、暖かさや優しさのようなものを感じました。この女が山姥であることは、読者には早い内に分かるのですが、幼い少年にとっては唯一頼れる存在。互いに段々と情を抱き始める二人と、その結末が切ないです。この山姥、もともとは普通の優しさを持っていたんだろうになぁ・・・

 

「白鷺は夜に狂う 六条御息所」・・・先の皇太子の妻であり、今は風雅な貴婦人として君臨する六条御息所。そんな彼女の毎日は、光源氏と恋仲となって一変する。源氏を激しく愛しながら、年齢差や気位の高さゆえ素直になれず、葛藤する日々。おまけに源氏には、他にも妻や恋人がいて・・・・・

恐らく『源氏物語』中で一番インパクトのある女性・六条御息所が主役です。でも六条御息所って、やたら人間出来た藤壺や紫の上に比べて人間味があり、感情移入する読者も多いのではないでしょうか。彼女から見た源氏の妻や恋人の描写もなかなか興味深く、『源氏物語』ファンなら「ほほう」と思うこと必至だと思います。

 

どの話も官能的な描写が多いのですが、古典文学が下敷きだからか、エロティックというより艶やかという雰囲気が強いです。何より、悪事を企んだ連中がきちんと報いを受ける展開がいいですね!現実はなかなかうまくいかない分、物語くらいこうであってほしいです。

 

古典の恋愛ってどれも濃厚・・・度★★★★☆

男と女がいる限り、愛憎劇がいつの世も起こる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    古文・漢文は好きでしたが、ストーリーの内容は楽しんでいましたが成績はイマイチでした。古文のポイントである助動詞や漢文の文体を理解していなかったのが原因だったと今更ながら思います。本を読んでも楽しむだけで内容を覚えていない~つくづく容量が悪かった、受験向きの勉強ではなかったと後悔してます。
    唯川恵さんの作品は、男女の愛憎劇や官能的な場面も多いですが、それを古典的に当てはめた作品は面白そうです。西洋の古い作品はよく読みましたが日本の古い作品はあまり読まない。時代劇は好きですが古典的な作品はあまり読まないので、これをきっかけに古典的な作品を読むきっかけになれば~と思います。

    1. ライオンまる より:

      現代劇のイメージが強い作家さんなので、古典をテーマというのがかなり意外でした。
      でも、どの話も原典を大事にしつつオリジナルの要素が混ぜてあって、すごく面白かったです。
      ぜひとも原典を読み直し、違いを比べてみたいです。

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