学生時代、とてもスタイルの良い女性の先生がいました。背が高く、手足が長く、スーツ姿で佇む様子は舞台女優さながら。そんな見た目とは裏腹に、とある疾患を抱えていて、長時間立ったり歩いたりすることが難しいそうです。ただ、何しろ容姿が健康的かつ華やかなので、バスや電車で優先席に座っていると「年寄りに席を譲れ」と怒られることもあるとのことでした。
外から見て症状が分かる病気と分からない病気。どちらもそれぞれ大変さがあるわけですが、後者の場合、<人に辛さが伝わりにくい>という苦労があります。また、この世には、<手術で病巣を除去しました。ハイ、完治>というわけにはいかない病気がたくさんあります。この本を読んで、そういった病と向き合い、乗り越えようと努める人達について考えさせられました。瀬尾まいこさんの『夜明けのすべて』です。
こんな人におすすめ
生き辛さを抱えた主人公が出てくるヒューマンストーリーが読みたい人

日本は島国であるため、比較的気軽にマリンスポーツを楽しむことができます。私自身、子どもの頃は親に連れられて海水浴に行ったり、海辺で花火をしたりしました。そういう時、海によってはボードを抱えたサーファーを目にすることもあり、「あれはどういうスポーツなんだろう?」と不思議に思ったものです。波打ち際でちゃぷちゃぷ遊ぶのと違い、サーフィンには技術や道具が必要ということもあって、今でもなんとなく縁遠いです。
「最初から最後まできっちり読み通したことはないけど、大まかなあらすじは知っている」「漫画版や実写版しか見たことない」という小説って、意外と多いです。私の場合、ぱっと思いつくのは森鷗外の『舞姫』や太宰治の『人間失格』。一昔前の文豪の作品は、文体が現代と異なっていることもあり、なんとなくとっつきにくく感じてしまいます。
「人は中身が大事」「外見より心の美しさの方が価値がある」誰しも一度は聞いたことのあるフレーズだと思います。そうであってほしいと心底思うものの、悲しいかな、人の立ち位置を決める上で、容姿が重要なファクターとなることは事実。美しい人間が尊ばれ、そうでない人間が蔑まれる場面は、日常の至る所に溢れています。
ミステリーやホラーのように<真相究明><問題解決>に重きが置かれる作品の場合、「なぜ主人公は必死に事件に取り組むのか」という動機付けが重要となります。ここをすんなりクリアするための方法の一つは、主人公の職業をマスコミ関係者にすること。何しろ調査・取材することが仕事ですし、犯罪性が高くないと捜査できない警察と違い、まだ物理的な被害が出ていない(判明していない)事件や、何十年も前に起きた未解決事件に対してでも動けます。
人がホテルに求めるものは一体何でしょう。楽しい旅のひと時を過ごすため、静かな空間でリフレッシュするため、落ち着いて仕事をするため・・・追手の目から隠れるため、などという理由もあるかもしれません。旅館と比べると、ホテルは従業員が客室内に出入りする機会が少なく、個人の空間が保たれるというのが特徴です。
<兄弟は他人のはじまり>ということわざがあります。意味は<血を分けた兄弟(姉妹)でも、成長するにつれ環境や価値観が変わり、情が薄れ、他人のようになっていく>ということ。ちょっと寂しいですが、肉親とはいえ違う人間なのですから、仕方ないことなのかもしれません。
「長編小説は読むのに時間がかかる。短い時間でも気軽に読める短編小説の方が好き」という意見をしばしば耳にします。長編と短編、どちらが優れているかは決められないものの、所要時間の少なさという点では、短編に軍配が上がるでしょう。その短編よりさらに短い小説が<ショートショート>です。何をもってショートショートとするか、明確な定義はないようですが、<一ページから数ページに収まる長さであり、意外な結末を迎えるもの>という解釈が一般的なようですね。
私は昔から食べることが大好きです。嫌なことがあれば好物を食べてリフレッシュしようとするし、旅先でまず調べるのは現地の美味しいお店や名物料理。だからこそ、美味しい料理を作ってくれるコックさんのことは無条件で尊敬してしまいます。
<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。