さ行

はいくる

「短劇」 坂木司

「長編小説は読むのに時間がかかる。短い時間でも気軽に読める短編小説の方が好き」という意見をしばしば耳にします。長編と短編、どちらが優れているかは決められないものの、所要時間の少なさという点では、短編に軍配が上がるでしょう。その短編よりさらに短い小説が<ショートショート>です。何をもってショートショートとするか、明確な定義はないようですが、<一ページから数ページに収まる長さであり、意外な結末を迎えるもの>という解釈が一般的なようですね。

ショートショート作家と聞いて多くの日本人が思い浮かべるのは、恐らく星新一さんでしょう。<ショートショートの神様>と呼ばれ、生涯において生み出したショートショートの数は一〇〇〇編以上。『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』『ゆきとどいた生活』など、翻訳され世界中で読まれている作品も数多くあります。星新一さん亡き後は、阿刀田高さんや江坂遊さんが優れたショートショートを書いてくれていますが、一つのジャンルを盛り上げるためには、やはり新たな人材にもどんどん出てきてほしいもの。あんまりショートショートのイメージはないけれど、この方には期待しています。坂木司さん『短劇』です。

 

こんな人におすすめ

ブラックユーモアが効いたショートショートが読みたい人

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「お勝手のあん」 柴田よしき

私は昔から食べることが大好きです。嫌なことがあれば好物を食べてリフレッシュしようとするし、旅先でまず調べるのは現地の美味しいお店や名物料理。だからこそ、美味しい料理を作ってくれるコックさんのことは無条件で尊敬してしまいます。

調理師を主役にした小説は数えきれないほどありますが、どちらかというと男性を主人公にしたものの方が多い気がします。調理師の世界は筋力・腕力が求められる上、職人気質が色濃く長年に渡って修行する必要があるため、妊娠や出産でキャリアを中断するケースが多い女性はまだまだ少ないのだとか。とはいえ、だからといって女性の味覚や料理のセンスが劣っているということにはなりません。優れた料理の腕を持つ女性は、今も昔も大勢存在します。今回ご紹介するのは、柴田よしきさん『お勝手のあん』。初の時代小説ということで楽しみにしていましたが、期待以上の良作でした。

 

こんな人におすすめ

・幕末を舞台にした小説が好きな人

・料理人の成長物語が読みたい人

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「夜夢」 柴田よしき

<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。

夜をテーマにした小説は数えきれないほどありますが、私が印象に残っているのは赤川次郎さんの『夜』と、恩田陸さんの『夜のピクニック』。前者は大地震で孤立した人々の夜を描くパニックサスペンス、後者は<歩行祭>という行事を通して成長していく高校生達を描いた青春小説でした。どちらも読み応えある良作ですが、そこそこボリュームがあるため、空き時間にさらりと読むには不向きかもしれません。というわけで今回は、夜をテーマにした読みやすい短編集を取り上げたいと思います。柴田よしきさん『夜夢』です。

 

こんな人におすすめ

人の業を描いたホラー小説が読みたい人

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「水銀虫」 朱川湊人

実は私、頭に大が付く虫嫌いです。刺されたとか噛まれたとかいう経験があるわけでもないのですが、あの細い手足やもぞもぞした動きが嫌で嫌で・・・ゴキブリやスズメバチはもちろんのこと、チョウチョやテントウ虫さえ冷や汗をかくレベルです。

ただ、実物が目に映らなければ比較的大丈夫ですので、虫が登場する小説は何冊か読みました。世界的に有名なフランツ・カフカの『変身』、その『変身』をどことなく連想させる黒澤いづみさんの『人間に向いてない』、生理的な気色悪さが読者を襲う貴志祐介さんの『天使の囀り』などは、初読みの時のインパクトを今でもはっきり覚えています。これらはすべて、物理的に虫が存在する作品ですので、今回は嫌悪感やおぞましさの象徴として虫が出てくる作品を取り上げたいと思います。朱川湊人さん『水銀虫』です。

 

こんな人におすすめ

後味の悪い短編ホラー小説が読みたい人

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「ファミリーランド」 澤村伊智

SF小説の舞台になりやすい設定として、<違う惑星><異次元>と並んで多いのが<未来社会>です。私個人としては、今からほんの少し先の時代を描いた近未来小説が好きだったりします。何百年、何千年も未来の話だとファンタジーとしか思えませんが、何十年レベルの未来なら「こういうこともありそうだな」と感情移入しやすいです。

<状況がリアルに想像できる>という性質からか、近未来を舞台にした小説は、闇を感じさせたり希望がなかったりするケースが多い気がします。恩田陸さんの『ロミオとロミオは永遠に』や中村文則さんの『R帝国』などでは、時代が進んだが故の狂気や絶望が描かれました。今回取り上げるのは、澤村伊智さん『ファミリーランド』。少し文明が進んだ時代の恐怖が楽しめます。

 

こんな人におすすめ

・近未来を舞台にした小説が読みたい人

・嫁姑や介護など、家族の問題をテーマにしたホラーに興味がある人

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「猫と魚、あたしと恋」 柴田よしき

「最近疲れて病んでるんだよね」「あの人、ヤバいよ。壊れてるって」そんな会話を交わしたことがある人も多いのではないでしょうか。<病む>とか<壊れる>とかいう言い方は、気軽に使われることがけっこうあります。私自身、簡単に「めっちゃ病み気味なんだ」とか言っちゃう方かもしれません。

ですが、本当に<病んで><壊れた>人間がいた場合、この言葉はとても重くなります。それは、スティーブヴン・キングの『ミザリー』や五十嵐貴久さんの『リカ』などを読めばよく分かりますね。この短編集にも、それぞれの理由で壊れてしまった女性たちが登場します。柴田よしきさん『猫と魚、あたしと恋』です。

 

こんな人におすすめ

女性中心の心理サスペンス小説が読みたい人

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「先生と僕」 坂木司

私は学生時代、家庭教師を付けていたことがあります。相手は大学生の女性で、勉強だけでなくプライベートの話も色々することができました。ああいうやり取りは、塾ではできないものだったでしょう。

家に招き入れるという性質上、家庭教師と生徒の距離は、学校や塾のそれより近くなりがちですし、時に家庭内のトラブルに関わることもあり得ます。いい師弟関係を築ければ最高ですが、家庭教師という存在が家の中に思わぬ波紋を呼ぶこともないとは言い切れません。本間洋平さんの『家族ゲーム』では、強烈な家庭教師が一つの家族を揺るがす様を描いていました。では、この家庭教師はどうでしょうか。坂木司さん『先生と僕』です。

 

こんな人におすすめ

利発な少年が登場するコージーミステリーが読みたい人

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「僕の明日を照らして」 瀬尾まいこ

テレビや新聞のニュースを見ていると、数日と置かずして家庭内暴力に関する事件が目に付きます。言葉の使用法としては、配偶者への暴力を<ドメスティックバイオレンス>、子どもへの暴力を<児童虐待>と使い分けるんだとか。もちろん、暴力は誰に対してだろうと悪いことなのですが、腕力のない女性や子どもが犠牲になると、「許せない」という気持ちが一層強まります。

しかし、虐待がどんなに酷いものであったとしても、日本が法治国家である以上、「虐待犯は全員海に沈めました。めでたしめでたし」というわけにはいきません。加害者はなぜ虐待に走ってしまったのか。暴力がまかり通った背景は何なのか。そこをしっかり解明し、再発防止に努めないと、第二、第三の犠牲者が出る可能性すらあります。今回ご紹介するのは、瀬尾まいこさん『僕の明日を照らして』。家族間で行われる暴力について、改めて考えさせられました。

 

こんな人におすすめ

児童虐待にまつわる小説に興味がある人

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「ひとんち」 澤村伊智

ホラー作品は、大きく分けて二つのタイプがあると思います。それは<自業自得>系と<理不尽>系。前者は、恐怖体験をする原因が(善意悪意は問わず)自分自身にあるタイプで、五十嵐貴久さんの『リカ』や今邑彩さんの『赤いべべ着せよ・・・』などがこれに当たります。

後者の<理不尽>系はというと、主人公サイドには何の落ち度も因果もなく、「そこにいたから」「怪異に目を付けられたから」という理由で恐ろしい思いをするタイプの作品です。登場人物が何か原因となる行動を取ったわけではないので、読者に「もしかしたら私もこんな目に遭うかも・・・」と思わせる怖さがありますね。例を挙げると、明野照葉さんの『棲家』や、ブログでも紹介した小池真理子さんの『墓地を見おろす家』などがあります。先日読んだホラー小説も、このタイプの作品でした。澤村伊智さん『ひとんち』です。

 

こんな人におすすめ

バラエティー豊かなホラー短編集が読みたい人

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はいくる

「怖い女の話」 柴田哲孝

今までこのブログでは、<怖い女>が登場する小説をたくさん取り上げてきました。別に狙ったわけではありませんが、それらの小説の大半は、作者が女性だった気がします。女性作家の手で綴られる女の狂気や愛憎の恐ろしさはやはり格別。読んでいて鳥肌が立ちそうになることすらあるほどです。

その一方、男性作家が描く<怖い女>の中にも、強烈な猛者がうようよいます。男性作家の場合、悪女に翻弄される男性被害者の描写にも力が入るんですよね。この辺りは、中山七里さんの『嗤う淑女』や、五十嵐貴久さんの『リカ』などを読めば実感できると思います。例に挙げた二作品は、どちらも一人の<怖い女>が活躍(?)する話なので、今回は多種多様な<怖い女>が登場する作品をご紹介します。作家だけでなく冒険家としての顔も持つ、柴田哲孝さん『怖い女の話』です。

 

こんな人におすすめ

女性の狂気をテーマにしたサイコサスペンスが読みたい人

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