この世で最も許されざる犯罪の一つ、児童虐待。漢字で書けばたったの四文字ですが、そこにはいくつもの種別があります。殴る蹴るといった暴力を振るう身体的虐待、子どもを性欲の対象とする性的虐待、罵ったり兄弟姉妹間で扱いに差を付けたりする心理的虐待。以前は児童虐待と言えばこの三種類のうちどれかに区分されることが多かったようですが、現在よく取り沙汰される虐待はもう一つあります。それが、生活する上で必要な世話を怠り、最悪、死に至らしめることもある<育児放棄>です。日本は諸外国と比べて治安が良く、子どもが戸外に一人でいたり、車内にずっと放置されていても問題視されにくかったため、一昔前は虐待事件として扱われることも少なかったようです。
育児放棄を扱った小説といえば、当ブログで過去に美輪和音さんの『ウェンディのあやまち』を取り上げました。また、山田詠美さんは、二〇一〇年に大阪で起きた幼児二人の餓死事件をもとに『つみびと』を執筆されています。最近読んだこの作品にも、胸が痛くなるような育児放棄が出てきました。降田天さんの『朝と夕の犯罪』です。
こんな人におすすめ
児童虐待をテーマにしたミステリーに興味がある人
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日本という国にとって、桜は特別な花です。様々な組織でシンボルマークとして使われ、桜のシーズンにはあちこちで花見が催され、桜をテーマにした歌や絵画は数知れず。薄紅色の花びらを一斉に付けた、華やかでいながら清々しい様子が愛される所以でしょうか。
その一方で、桜には妖しく底知れないイメージもあります。梶井基次郎は著作『桜の樹の下には』で「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と書いていますし、そこから進化したのか「桜の花びらが薄紅色なのは、下に埋まった死体の血を吸っているからだ」などという怪談まで存在します。同じ美しい花でも、元気一杯に咲くチューリップや向日葵とは違う、どこか寂しげで妖艶な様のせいかもしれませんね。今回は、ちょっと季節外れですが、桜の持つミステリアスな雰囲気を活かした小説をご紹介したいと思います。花房観音さんの『鬼の家』です。
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妖しくも哀しい怪談短編集が読みたい人
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本好きなら恐らく誰もが持つ娯楽、それが本屋巡りです。当たり前の話ですが、本屋は見渡す限り本、本、本。新刊コーナーをチェックしたり、気になる本をめくって内容を確認したりするだけで、時間はあっという間に潰れます。コロナ禍ではどうか分かりませんが、以前は店内の各所にソファやテーブルが設置され、購入前に座ってゆっくり読むこともできました。初めて本屋で閲覧席を見た時、ここは地上の楽園かと思ったことを、今でもよく覚えています。
そして、本屋巡りの楽しみの一つに、特設コーナーの存在があります。季節や社会情勢、大きな賞の受賞など、その時々の状況に応じてテーマが設けられ、相応しい本が集められた特設コーナー。書店員さんが工夫を凝らした演出も多く、ここで読みたい本を見つけることも多いです。今回ご紹介する本も、とある本屋の特設コーナーで見つけました。誉田哲也さんの『ボーダレス』です。
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群像劇から成るサスペンスが読みたい人
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古今東西、数多く存在する<心中>の形の中で、<ネット心中>の異質さは際立っています。そもそも<心中>とは、引き裂かれそうな恋人同士があの世で結ばれることを願ってとか、家族が生活苦から逃れるためとか、そこに何らかの個人的な感情が絡むもの。一方、ネット心中の場合、縁もゆかりもない人間達が「一人で死ぬのは嫌だから」という動機で集まり、一緒に死ぬもの。当然、お互いに対する深い愛憎はありません。インターネットが発達し、何の接点もない人間同士が簡単にコミュニケーションを取れるようになったからこそ現れた心中方法です。
世相を反映しているとも言えるネット心中ですが、それが登場する小説となると、私はあまり読んだことがありませんでした。ぱっと思いつくのは、樋口明雄さんの『ミッドナイト・ラン!』くらいでしょうか。なので、この小説を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さんの『OJOGIWA』です。
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スピーディなエンタメ・サスペンス小説が読みたい人
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歌を聞く時、真っ先に注目するのはどこでしょうか。メロディが一番大事という人が多い気がしますが、同じくらい歌詞も重要だと思います。人の興味を惹きつける魅力的な歌詞は、長い時間を経ても語り継がれるもの。さらに、歌詞からは、その歌が作られた時代の社会情勢や文化が分かるという面白さがあります。一昔前は<夢><希望>といった前向きな歌詞の歌が流行ったようですが、今は<自分探し>をテーマにした歌詞が一番人気なんだとか。これも時代というものなのでしょう。
歌をテーマにした創作物となると、映画なら『スタンド・バイ・ミー』『プリティ・ウーマン』『精霊流し』『涙そうそう』等々、有名作がたくさんありますが、小説となると少ないです。小説の世界観を歌にする、というパターンなら結構あるんですけどね。なので、この作品を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さんの『あなたに会えて困った』です。
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コミカルなどんでん返しミステリーが読みたい人
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自分で言うのもなんですが、私はけっこう信心深い人間です。祖父母の家によく出入りしていたせいもあるのか、里帰りするとまず神棚と仏壇に手を合わせますし、厄年や大きな旅行に出かける時は必ずお祓いをしてもらいます。神仏に手を合わせる。簡単な動作ですが、なんだか落ち着いた気持ちになってきます。
日本は神仏と距離の近い国であるものの、神社やお寺がテーマになった小説はそれほど多くない気がします。ぱっと思いつくのは三島由紀夫氏の『金閣寺』ですが、あれは神仏の力をテーマにしているわけじゃないし、かといって神秘のパワーで神々が大暴れする!みたいな小説はあまり読まないし・・・と思っていたら、いい作品を見つけました。花房観音さんの『神さま、お願い』です。
こんな人におすすめ
人間の悪意を描いたホラー短編集が読みたい人
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「一番印象に残っている時代は?」というアンケートがあるとしたら、どんな答えが集まるでしょうか。回答者の立場によって違うと思いますが、ある世代以上の人達なら、恐らくバブルの時代を挙げると思います。これは一九八六年から一九九一年にかけて起きた好景気のことで、地価高騰やリゾート地開発、就職活動における売り手市場など、様々な社会現象が発生しました。私自身は小さかったためほとんど意識しませんでしたが、「バブルの頃はね・・・」と思い出話をされた経験は数えきれないほどあります。きっと、それほど強烈な印象を残す時代だったのでしょう。
バブルの時代を扱った小説の例を挙げると、黒木亮さんの『トリプルA 小説格付会社』、楡周平さんの『修羅の宴』、当ブログで過去に紹介した貫井徳郎さんの『罪と祈り』などがあります。いずれも、バブルの波に揉まれ、踊らされる人間の業の深さをテーマにしていました。そういう話ももちろん面白いのですが、ずっしりした小説を読んだ後には、明るく口当たりのいい小説が読みたくなるもの。今回は、バブル期に前向きに逞しく生きていく女性達の小説を取り上げたいと思います。林真理子さんの『トーキョー国盗り物語』です。
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女性の幸せ探しをテーマにした小説が読みたい人
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小説が世間の注目を集めるきっかけは、<映像化される>もしくは<文学賞を受賞する>の二つが多いと思います。もちろん、口コミのみで広がっていく名作もたくさんありますが、有名監督の手で映像化されたり、賞を獲ったことがメディアに取り上げられたりすると、普段本を読まない層の関心を惹くこともできます。当ブログでも、掲載した作品がドラマ化されたことで、その記事の閲覧数が一気に何千件に跳ね上がったりすることもありました。
こうした有名作品も面白いものですが、それと同時に、世の中には<隠れた名作>というものも存在します。今のところ大々的に映像化されたわけでも、名のある賞を受賞したわけでもなく、世間一般の知名度はやや低いものの、面白さは保証つきの作品。かつてブログで紹介した歌野晶午さんの『家守』などはそれに当たるのではないかと、個人的に思っています。今回取り上げる作品もそうではないでしょうか。東野圭吾さんの『むかし僕が死んだ家』です。
こんな人におすすめ
記憶にまつわるホラーミステリーが読みたい人
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昔、私は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が好きで、手持無沙汰な時間にちょこちょこ覗いていました。以前と比べると頻度が落ちましたが、唯一、<後味の悪い話>というスレッドのみ、今も定期的に進行をチェックしています。タイトルが示す通り、自分の知っている後味の悪い話を投稿するスレッドで、実体験・小説・映画・アニメなどジャンルは不問。イヤミス好きな私の心をくすぐる投稿も多く、ここでこれから読む本を見つけることもありました。
このスレッドを見ていてつくづく思うのは、「後味の悪い話を簡潔かつ面白くまとめるのって難しいな」ということです。もちろん、どんな話だって難しいんでしょうが、後味の悪い話の場合、内容が重苦しい分、だらだら文章を書き連ねると<読みにくい><中身が暗い>のダブルパンチでウンザリ度合も上がるというか・・・真梨幸子さんや櫛木理宇さんのようなどんより暗い長編イヤミス作品も大好きですが、コンパクトで切れ味鋭い短編イヤミスを見つけた時は嬉しさもひとしおです。今回は、そんな短くも後味悪い小説を集めた短編集を取り上げたいと思います。誉田哲也さんの『あなたの本』です。
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『世にも奇妙な物語』のような短編小説が読みたい人
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芸能人が小説を書くケースは多いです。その際、「芸能人に小説が書けるのか」という批判が巻き起こるのはお約束。特に、その芸能人が華やかな経歴の持ち主だった場合、批判が激しくなる傾向にあるようです。
ですが、芸能人に小説が書けないと決めつけるのは偏見というものでしょう。文学史上の例を挙げると、『クリスマス・キャロル』などで有名な世界的文豪チャールズ・ディケンズは、役者としての顔も持っていました。現代日本にだって、優れた小説を書く芸能人、あるいは元芸能人は大勢います。その中で私のお気に入りは藤崎翔さん。最近読んだ『指名手配作家』も、スピード感に溢れていて面白かったです。
こんな人におすすめ
コメディタッチの逃亡劇が読みたい人
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