はいくる

「暗鬼」 乃南アサ

「結婚においては本人同士の気持ちが一番大事」「相手の家族なんて関係ない」。昨今ではこういう考え方が主流だと思います。もちろん、それも一つの真理なのでしょうが、やはり揉め事は少ない方が有難いもの。配偶者の家族が善人で、結婚後も円満に付き合っていけるなら、これほど嬉しいことはありません。

人類誕生時からの不変のテーマだからか(大袈裟?)、義実家とのあれこれを描いた小説はたくさんあります。伊坂幸太郎さんの『シーソーモンスター』や群ようこさんの『それ行け!トシコさん』では義家族との果てなきバトルが、山口恵以子さんの『食堂のおばちゃんシリーズ』では支え合う嫁姑の絆が、当ブログでも取り上げた小池真理子さんの『唐沢家の四本の百合』では魅力的な舅を中心とした愛憎劇が描かれました。では、この小説ではどうでしょうか。乃南アサさん『暗鬼』です。

 

こんな人におすすめ

家族の秘密をテーマにしたサスペンスが読みたい人

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両親、祖父母、曾祖母、弟妹が同居する志藤に嫁いだ主人公・法子。最初こそ不安だったが、家族はみんな法子を大事にしてくれる上、夫も頼り甲斐があって優しい。結婚して良かった。心の底から幸せを噛み締める法子だが、近所で起きた心中事件を機に、理想的な家族の姿が綻び始める。深夜に法子抜きで行われる家族会議、異様に近い家族同士の距離感、下半身不随のはずなのに秘かに動いている曾祖母・・・・・果たして、この家族にはどんな秘密があるのか。不安と恐怖に翻弄される法子がたどり着いた真実とは---――

 

最初、私はタイトルが一体何のことなのか分かりませんでした。少しして「あ、<疑心暗鬼>の<暗鬼>か」と気づき、さらにその意味が<妄想から引き起こされる恐怖心>だと知って納得・・・自分の不安はただの考えすぎなのか、根拠のない妄想なのか。混乱し狼狽するヒロインとこのタイトルがぴったりマッチしていたと思います。

 

主人公・法子は見合い結婚で東京へ嫁いできたばかりの専業主婦。写真を見て一目惚れして臨んだ見合いですが、相手の和人は両親・祖父母・曾祖母・弟妹と同居しており、祖父と曾祖母は要介護の身、さらに弟には知的障害があり、決していい条件の話とは言えません。同居を望まれた法子は怖気づくものの、意外なことに和人の家族は全員とても優しく、法子をいつも気遣い、家事や介護を押し付けることもありませんでした。愛と安らぎに満ちた日々を堪能する法子でしたが、次第にその幸福に影が差し始めます。近所で起きた心中事件と、我が家は何か関係しているのか。なぜ法子が寝た後を見計らって、深夜に家族会議を行っているのか。法子が見ていない時、歩けないはずの曾祖母が歩き、寝たきりのはずの祖父が普通に喋っているのはなぜなのか。家族旅行先で経験した異様な出来事は一体何だったのか。すべては自分の勘繰りすぎなのか。疑心暗鬼にとらわれた法子は、親友の知美に相談してみるのですが・・・・・

 

まあ、作者が乃南アサさんなのだから、「全部主人公の思い過ごしでした」とならないことは何となく予想できていました。でも、終盤真相が分かってみると、予想以上に闇深い家族の秘密に唖然・・・ただ、ここまで極端ではないにせよ、こういうことって一昔前はそこそこあったような気がするんですよね。特に日本って、<血の絆>とか<一族の繋がり>とかを重視する傾向にあるので、余計にそう思います。

 

それにしても、乃南アサさんは本当に<はっきりと言い表せない不快感>を描写するのが上手い作家さんです。本作には、クライマックスを除くと、明確な形で主人公を傷つける人間は一人も登場しません。夫・和人をはじめ義家族は全員法子を大歓迎し、労わり、事あるごとに「法子さんは宝だ」「百点満点だ」と繰り返します。その場では何となく誤魔化され、納得してしまう法子ですが、後で考えてみるとやっぱり不自然、なんか変・・・このモヤモヤの描き方が絶妙なんですよ。気の強い人から見れば、法子のキャラクターはあまりに消極的でイライラするのかもしれませんが、誰だって家庭は円満でいてほしいもの。法子の場合、<嫁ぎ先の大家族の中、新参者は自分一人>という状況設定もあり、はっきりした態度に出られない気持ちも分かるんです。でも、読み終えてみると、中村うさぎさんによる解説の「家族とは、ひとつの宗教である」という一文が染みるなぁ。

 

ちなみに本作、<嫁ぎ先の幸せ一家に何か秘密がある>という導入部は、森村誠一さんの『ファミリー』と似ています。とはいえ、その後の切り口はまったく別物。同じテーマでもこれだけ違う物語ができあがるのだから、つくづく小説の世界は奥が深いですね。ご興味がある方は、ぜひ読み比べてみることをおすすめします。

 

これはまさに宗教の洗脳手段・・・度★★★★★

かくして主人公は不幸のどん底へ度☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

     乃南アサさんらしい家族の内部事情に踏み込んだサスペンスですね。
     昔、ドラマでみた嫁に入った裕福な家族の異常な内情を描いたストーリーが後から乃南アサさんの作品だと知りました。野際陽子さん、岡田真澄さん、鶴田真由さんが出演されていた内容を思い出してその内容に近いものを感じました。
     同じくテレビドラマにされた作品で逆に嫁の良いように家を乗っ取られてしまうパターンもありました。
     これも読んでみたいです。

    1. ライオンまる より:

      乃南アサさんは、警察を巻き込んだ大がかりな事件より、こういう身近な家庭内でのドロドロを扱った作品の方が好きです。
      野際陽子さん・岡田真澄さん出演のドラマは知りませんでしたが、調べたら、短編「ママは何でも知っている」が原作らしいですね。
      原作は男性主役ですが、ドラマ版が鶴田真由さんがヒロインとのことで、描写がどんな風に変わっているのか、かなり気になります。
      嫁が家を乗っ取るのは、「ウツボカズラの夢」かな。
      あの嫁のしたたかさ、けっこう好きです。

  2. しんくん より:

     読み終えました。法子が大家族の異常な雰囲気に疑心暗鬼になったり落ち着いたり、友人の忠告にまた不安になったりする場面が印象的でした。
     何か秘密があるのに違いないが、なかなか尻尾を出さない~ラストにジワジワと法子が洗脳されて秘密が一気に明かされて本当の意味で家族の一員となる。
     中村うさぎさんの解説「まさに家族とは、一つの宗教である」という言葉に共感しました。
     核家族どころか結婚しない人も増えていく中、このような考えは無くなっていくのか余計に宗教化していくのか?と思わず考えました。

    1. ライオンまる より:

      法子は、ミステリーやサスペンスによく出てくる<勇敢な戦うヒロイン>ではないけれど、そこが却ってリアリティありました。
      一見にこやかで円満な家庭なわけだから、法子の立場からすれば「私の気のせいかも・・・でも・・・」となってしまうのも分かります。
      ラストの様子からして、きっと法子にとってはハッピーエンドなんでしょうね。

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